第33話 覚醒、そして……


★シアン・イルアス



「ん……?」


 目を開けると、見覚えのある天井が見えた。サンセマムの宿の、自分が泊まっていた部屋だ。


 ――あれ……オレ、なんで宿にいるんだっけ……?


 ぼんやりとした思考で記憶を探る。と、近くでどさりという重い音が鳴った。


 顔を向けると、ユキアが大きなリュックサックを床に下ろしているのが見えた。シアンの旅の荷物だった。


「おお、シアン。目が覚めたんだな」


「ユキア……んん? なんでオレが泊まってる部屋に……?」


「君が気絶してしまったから、勝手に必要な作業を進めさせてもらっている。悪いがこの部屋に入る時は、君のポケットの鍵を使わせてもらったぞ」


「気絶……」


 徐々にだが、思い出してきた。


 死にかけのユキアを不死鳥の炎で助けた後、シアンはムクドリとシャルマも同じように治療した。だが繰り返しリウに殺された上に気配遮断状態で戦闘を行ったことで、シアンは心身共に疲弊しきっていた。そのため、治療が終わると同時に気を失ってしまったのだ。


「あー……悪いな、心配かけて。んで、なんでお前、オレの荷物を持ってんだ? というか、荷物まとめてくれたのか」


 見渡すと、部屋の中は片付けられていた。シアンが部屋に出していた道具類は、全てリュックサックの中に詰め込まれているようだ。下着などは元々リュックの奥底に仕舞っていたので気まずさはないが、寝ている間にそこまでしてもらっていると申し訳なく思ってしまう。


「君のお陰でリウに勝てたんだ。さっきだって命を救ってもらったし、これくらいはさせてくれ。リウが倒されたことはすぐ『民』に伝わるだろうし、ここを出るのは早い方がいいだろう」


「ああ……そうだったな」


 リウから奪った『碧楽へきらく繋ぐ小窓』は、機能停止させた状態でシアンのポケットに入っている。『小窓』持ちの一人が急に連絡できなくなれば『民』も不審に思うし、リウが行動していたサンセマム周辺に他の『民』を向かわせてくる可能性が高い。


 街中ではフードで青髪を隠しているとはいえ、顔見知りである『魅魁みかいの民』に姿を見られたらシアンだとバレてしまうかもしれない。不意に『民』と鉢合わせるという展開は、なるべく避けたい。


 故に、シアン達は少しでも早くこの町を出発する必要があるのだ。


「つか、ネモフィラから直接サンセマムに戻ってきたのか? 『カスタネクト』の片方はまだイキシアの宿に置いてあるんだろ? 助けた商人達もそこにいたはずだよな?」


「さすがに彼らを放置はしないよ。イキシアには、『カスタネクト』でシャルマをワープさせた。先ほどグスフォで話したが、商人達もイキシアにいる衛兵に送り届けたようだぞ」


「あ、なるほど、抜かりねえな」


「シャルマを飛ばした後、ボクは君を背負ってムクドリと一緒にサンセマムへ徒歩で帰還した。ついさっき、シャルマの分含めて荷物をまとめたムクドリをイキシアへ飛ばしたところだ。ボクの荷物も既に飛ばしてあるので、あとは君と君の荷物だけだな」


 シアンが寝ている間に、面倒ごとの多くを片付けてくれていたようだ。頼もしい仲間達に思わず気が抜けてしまう。


 そして改めて思うが、ワープストレイは実に便利だ。人も物も、移動がとてつもなく楽になる。つくづく、良い買い物をしたものである。


「……そういや、『カスタネクト』を買い取った時に有り金ほとんど使っちまったんだよな? じゃあオレら今、ほぼ無一文?」


「そうでもないぞ。ボクが元々、何故リウを追っていたか忘れたか? あいつには、懸賞金が懸けられていたんだ」


 ユキアはそう言って、大量の硬貨が入った袋を渡してくる。ずっしりとした重みから、かなりの金額であることがわかる。


「『スパイク・スパイン』でリウの身体はバラバラになってしまったが、顔の判別はかろうじてできたからな。頭部だけサンセマムの衛兵に持っていったら、賞金を貰うことができた」


「……穴の空いた生首だけ渡された衛兵は相当ビビっただろうな」


「まあ、どうせお金はシャルマがすぐに稼いでくれそうだが。一先ず今は、君をイキシアへワープさせるぞ」


 ユキアがリュックサックに向けて『カスタネクト』を打ち鳴らすと、一瞬でリュックサックが消え失せる。イキシアにいるシャルマの所に飛ばしたようだ。


「あ……『カスタネクト』って、それ自体をワープさせることはできないんだよな。てことはお前はこの後、徒歩でイキシアまで『カスタネクト』を持ってこないといけないのか」


「そうなるな。ボクはそれほど疲れていないし、ストレイの身体能力なら一、二時間で着くだろう。宿のチェックアウトや、旅人の証である木札の返却はボクの方でやっておくから安心してくれ」


「――――」


『カスタネクト』がシアンに向けられる。


 ――ユキア……。


 話していて、ずっと違和感があった。


 冗談を、言わない。シアンをからかう言動が、全くない。


 リウとの戦闘が終わり、気を緩めてもいい状況だ。平常時のユキアなら、ここぞとばかりにシアンを弄ってきそうなものだ。


「なあ、ユキ――」


「それじゃあ、また後で」


 シアンの言葉を遮って、ユキアは『カスタネクト』を打ち鳴らした。


 身体が浮くような感覚。かつて、『小窓』を通って地上に出た時に似ている。


 不思議な感覚は一瞬で終わり、気づいたら見知らぬ宿の部屋にいた。近くにはシャルマとムクドリがおり、先ほどユキアが飛ばしたシアンの荷物もあった。


「シアン、目が覚めたのね。体調はどう?」


「……あ、ああ。お陰様で、ちゃんと回復したよ。オレが寝てる間に色々動いてくれたみたいで助かったぜ」


 話しかけてくるムクドリには普段通り受け答えしつつも、シアンの心中は硬かった。


 ――やっぱあいつ、なんか抱え込んでんじゃねえかよ。


 ユキアは間違いなく、悩んでいる。


 彼女に変化があったのは、リウに殺されかけた後からだ。『スパイク・スパイン』について妙に詳しかったのも気になるし、あの時言っていた「思い出した」という言葉はもしかしたら、十年前以前の記憶が戻ったのかもしれない。


 それに、リウが自殺直前に言っていた言葉も印象的だった。


戦人形いくさにんぎょう』。一体、どんな意味が込められていたのだろう。

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