第30話 VSリウ② 『仲間達』


★ユキア・シャーレイ



 ぐちゅりという、耳障りな音。噴き出し、ぼたぼたと地面を濡らす血液。


 リウの服から伸びたワイヤーの槍が、シアンの左胸を貫いていた。


「シアン!」


 地面に縛り付けられ、身動き一つ取れないユキアは、叫ぶことしかできない。


 槍はシアンの心臓を貫通し、背後の塀へと突き刺さっている。即死したシアンの肉体は、ぶらりと脱力していた。束ねられたワイヤーに貫かれているため、まるで干された洗濯物のようだった。


 数秒の後、シアンの傷口に蒼い炎が灯る。不死鳥の力が発動し、蘇生したのだ。垂れ下がっていた腕が、僅かに持ち上がる。


 ……だが、それだけだ。シアンの心臓があるべき場所は、今もワイヤーが貫通している。この状態では、修復など不可能だ。


 蒼い炎が何度も何度もシアンの身体を治そうとする。しかしその度に、ワイヤーに阻まれる。その、繰り返しが続く。


「シアンの蘇生は、本人の意思とは無関係に発動する。だが治すべき心臓が貫かれたままなら、生き返りようがねえ」


 冷めた口調で、リウは話す。


「そして蘇生の炎は、無限に出続けるわけじゃねえ。休息もせずに繰り返し死ねば、いずれ不死鳥の力は尽きる。……少しは期待してたが、もうてめえにゃ興味ねえよ。そこで死ぬまで死に続けてろ」


 吐き捨てるように言って、リウはシアンから視線を切った。


 貫かれたままのシアンは、蘇生と死亡を繰り返す。ただただ、不死鳥の力を消費していく。


 ――このままじゃ、シアンが本当に死ぬ……! だが、この状況じゃ……。


 渾身の力で、絡みついたワイヤーを引きちぎろうとする。しかし、まるで動かない。拘束の量が、多すぎる。


 もがくユキアを、リウがつまらなそうに見下ろしてくる。


「さっきはシアンをおびき出すためにああ言ったが、てめえを殺す気はねえよ。貴重な『掃滅偶人カームドゥーム』だしな、生かしたままエクリプスに持ち帰らせてもらうぜ」


「く……っ」


『掃滅偶人』。やはりそれが、ユキアのストレイとしての正式名称なのか。「貴重な」ということは、同じような存在が他にもいるのだろうか。


 ずっと探し求めてきた、自分の同類へのヒント。だが今は、そちらに意識を向けることができない。


 ――どうにかして、シアンを助け出さないと……。何か、ないのか……!?


 シアンを、死なせないと誓った。彼が涅槃ネハンを打ち倒し、平穏な日々を手に入れる未来を共に掴むと決めたのだ。こんなところで、殺させない。


 そんなユキアの思いが通じた――かはともかく。

 百メートル離れた場所で、動く少年の姿があった。





★シャルマ・ジナー



「い……っ」


 焼けるような激痛を堪え、シャルマは立ち上がる。


 肩に突き刺さった槍は、既にワイヤーの束へと戻り傷口から垂れ下がっている。リウの操作を離れたためか。


 ――抜かない方が、いいよね。


 刺さっているつかえが取れたら、大量の血液が溢れてくる。それは、危険すぎる。束ねられたワイヤーはそれなりに重かったが、今はこのままにしておく。


 取り落としてしまった、狙撃銃形態の『万化銃ばんかじゅうカレイドスコープ』を拾う。だが再度窓から狙おうとしても、また槍を投げ込まれるかもしれない。


 一番持ち運びが楽な二丁拳銃に変形させ、激痛に耐えつつ廊下を走る。ここは宿舎だったらしい。割れたガラスが廊下に散乱しており、踏まないように気を付ける。


 ――あれが、『魅魁みかいの民』の上位の人間……確かに、今まで戦ったことのないレベルの強さだ。


 ……だが、このまま殺されるつもりも、仲間を殺させるつもりもない。


 この一年、努力していたのはムクドリだけではない。シャルマも、彼女を守れるよう必死に自分を鍛えてきた。


 各地の村を襲い、罪なき幼女を殺す『魅魁の民』は許せない。ムクドリの玉の肌に傷を負わせたリウは、更に更に許せない。どうにかして、報いを受けさせてやりたい。


「……ここからなら」


『カレイドスコープ』を狙撃銃に変形させ、移動してきた窓から突き出させる。肩の傷は痛むが、百メートル程度の狙撃ならばなんとかなりそうだ。


 この窓からは、リウの姿は見えない。建物の死角になっているからだ。つまり、槍を投げて迎撃されることもない。


「砲筒は、まだリロードされてないか……」


 爆発する砲弾なら、建物を吹き飛ばすことでリウに瓦礫の雨を降らせることもできた。近くにいるシアンとユキアも巻き込まれただろうが、彼らなら瓦礫で死ぬこともない。リウが負傷したり防御のためにユキアの拘束を解けば、彼女がシアンを助け出して体勢を立て直せたはずだ。


 だが、砲筒形態は高威力な分エネルギー弾のリロードに時間がかかる。一発しか装填できない上、撃てば三十分近く経たないと再装填されない。今も、あと十分は待たないと撃つことができなかった。


 だからシャルマはまだ弾が残っている狙撃銃で、別の場所を狙った。


 それは、倒れているムクドリから三メートルほど離れた場所に転がっている『疾刀しっとう風束しづか』。


 あの時……他の誰もが見逃した瞬間を、シャルマだけが見ていた。動体視力に優れ、彼女の技を長年見続けてきた、シャルマだからこそ。


「いくよ……ムクドリ」





★サエン・ムクドリ



 地面に倒れているムクドリには、実はずっと意識があった。


 撃たれた時、咄嗟に抜刀術を繰り出して弾を弾いていたのだ。不完全な体勢による斬撃だったので、弾道を僅かに逸らすのみに留まり、結局負傷してしまったが。


 弾道が逸れたお陰で、弾は脇腹を浅く抉るのみに留まった。出血は多いが、死ぬほどの傷ではない。


 だが、倒れた拍子に『風束』が腰から外れ、数メートル先まで転がってしまった。


 十二歳の少女であるムクドリが高い身体能力を有していたのは、『風束』による筋力強化の恩恵が大きい。『風束』が離れてしまったら、年相応の貧弱な身体に戻ってしまうのだ。


 ――遠い……。


 ムクドリはいつでも、飛び起きて『風束』を拾いに行くことはできた。だが、この身体で刀にたどり着くまでに何秒かかるだろう。


 リウは今、ムクドリが銃弾の直撃を受けたため死にかけていると思っている。しかし傷が浅かったと知れば、即座に殺そうとしてくるだろう。そして『風束』のないムクドリでは、一秒もかからず死亡する。


 だから。ムクドリは、倒れたまま意識のない振りをし続けるしかない。


 ――私がずっと探し求めてきた『魅魁の民』が、すぐそこにいるのに……なんで私は、こんなところで倒れてるのよ……!


 怒りが、憎悪が、湧き上がってくる。『魅魁の民』であるリウに。そして、死に物狂いで努力してきたにも拘らずあっさりと倒れてしまった自分自身に。


 だが、今動いても殺されるだけだ。何の策もなしに立ち上がるのが悪手であることは、明白だ。


 激情が、焦燥感を増幅させる。このまま何もできないまま、シアンもシャルマも自分も殺され、ユキアが連れ去られるのか。


 そんなムクドリの心を平静に戻してくれたのは、聞き慣れた少年の声だった。


『行くよ……ムクドリ』


 グスフォから届いた、シャルマの囁きだ。


 直後、一発の弾丸が『風束』をムクドリの方へと弾き飛ばした。


「……!」


 ムクドリの意識があることを理解して、シャルマが『風束』を狙撃してくれたのだ。彼だけは、ムクドリが銃弾の直撃を避けたのを見ていたらしい。長年付き合いのある幼馴染であるが故か。


「ありがとう、シャルマ……!」


 飛び起きて、『風束』をキャッチする。同時に、筋力強化を発動。身体能力が戻る。今のムクドリなら、腹の傷も無視できる。


「っ! てめえ、銃弾は躱してやがったのか!?」


 リウが、こちらに気付く。だがその時には刀を腰に差し直し、リウに向けて走り出していた。


 周囲から、十本を超えるワイヤーが襲い掛かってくる。ムクドリは冷静に全ての軌道を把握し、鯉口を切る。


閃風流せんふうりゅう抜刀術――『風賑しにぎわ』!!」


 全方位に同時に放たれる、多数の斬撃。それは誰に視認されることもなく、結果が訪れる頃には納刀が終わっている。迫るワイヤーを全て斬り払い、減速することなくリウへと肉薄する。


 縛られたユキアを地面に押さえつけているのは、地中を通してリウと繋がっているワイヤーだ。リウの服から切り離した後のワイヤーは視認していないと操れないから、そうせざるを得なかったのだ。つまりユキアを地面に固定し続けるためには、リウもその場から動くことができない。


 ――私がもう動けないと思い込んでたからこその油断……! 容赦なく突かせてもらうわ!


「――――」


「っ!」


 ワイヤーの鞭が振るわれる。斬撃で斬り飛ばそうとしたが、ガキィ! という硬い音と共にムクドリの動きが止まった。


 ――弾かれた……!


 打ち合わされた際に斬れたワイヤーが、何本か宙を舞う。だがリウの鞭は、『風束』の斬撃を以てしても完全に切断することができなかった。十数本のワイヤーをギチギチに束ねているため、相当な強度を誇っているようだ。


 斬撃が弾かれたことで、『風束』の刀身が一瞬だけ露になった。即座に鞘に戻し構え直したが、刀身を見たリウが口笛を吹く。


「フュウ♪ 随分と汚い刀じゃねえか」


「言ってくれるわね……。毎日手入れは万全にしてるんだけど」


「だから褒めてんだろ。波みてえな刃文に光が反射して、汚く煌めいてる様に目を奪われる。良い刀だ」


「……、褒められてる気がしないわね」


 再度接近を試みるが、やはりワイヤーの鞭に阻まれる。リーチの差からして、一対一で正面からぶつかっても勝ち目は薄い。


 だが、二度目の踏み込みはただリウを害するためのものではなかった。斬撃を弾かれつつも、ムクドリはリウの右側へと大きく回り込む。


 そこにいるのは、リウの服から伸びたワイヤーの槍に胸を貫かれたままのシアン。


「閃風流抜刀術――『風統しずまり』!!」


 七本の斬撃による集中攻撃。ワイヤーの槍の、シアンの胸付近をぶった斬る。束ねられたワイヤーも、複数の斬撃を集中させれば切断できた。


 支えが失われ、シアンの身体がぐちゃりと音を立てて地面に倒れる。だがすぐに蒼い炎が燃え上がり、シアンの傷口を治していく。今度は、阻まれることなく心臓が修復される。


 ――話には聞いてたけど、本当にすごい能力ね……。


 シアンの人間離れした体質には舌を巻くが、そちらに気を取られるわけにはいかない。すぐさまリウに向き直り、『風束』の柄を握りしめる。


「いいな、それくらいはやってくれないと面白くねえ」


 戦況が大きく変わっても、リウは楽しそうに笑う。強者の余裕、ではなく純粋に戦闘を楽しんでいるようだ。


 斬られたワイヤーの束が、すぐに槍の形になって迫ってくる。合わせて、リウがワイヤーの鞭を叩きつけてきた。


 二方向からの、ムクドリへの強襲。不死身のシアンは一旦放置して、こちらを狙ってきた。


「――『風合しあわせ』!!」


 Ⅴ字に繰り出す二本の斬撃。それぞれの軌道を逸らし、回避へと繋げる。


 ……だが二つのワイヤーの束は、斬撃とぶつかる直前にばらけた。


「っ!?」


 分裂し、二本ではなく八本の束へと変化した。三本は斬撃で弾いたが、残りがムクドリの肉体へと突き刺さってくる。


「あ、ぐ……っ!」


 太腿と脇腹に鋭い先端が食い込み、肩と二の腕が斬り裂かれる。心臓を狙った一本だけは、腕で受け止めて防いだ。


『風束』による筋力強化がなければ、即死していたかもしれない。それでも、全身が火にあぶられているような激痛に苛まれる。


「うく……あぁああ……!」


 痛い。とんでもなく痛い。だがそれ以上にマズいのは、身体の動きが大きく鈍ることだ。


 次の攻撃が、避けられない。


「実に勿体ない話だが、てめえを生かすわけにはいかねえからな。そら、死亡一人目だ」


 再度形成された槍が、ムクドリの心臓に矛先を向ける。死の恐怖が、冷たい手のように首筋を撫でる。


 ――そんな……。


 『民』への怒りが、凍り付いていくような気がした。


 躱せない。リウは絶対に、心臓への狙いを外さない。その事実を理解できてしまい、絶望してしまう。




 槍が放たれる、一瞬前。

 倒れていたシアンの姿が、突如消え失せた。

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