第29話 VSリウ① 『リウの実力』


★ユキア・シャーレイ



 ネモフィラの広い大通りの中。ムクドリと二人、高速でリウの周囲を駆けまわる。


 近づきすぎず、二人の立ち位置は常にリウを挟むように。リウがどちらかに意識を向ければ、必ずもう一方が視界から外れるように。


 足場は地面だけではない。建物の壁、屋根、塀、街路樹なども踏み蹴って、高低差をも利用してリウを翻弄する。


 ……だが。


「――――っ」


 着地した地面から、三本のワイヤーが足に巻き付いてこようとする。ギリギリで跳躍して躱すが、そこへリウがワイヤーを束ねて作った鞭を振るってくる。蹴りで弾くが、ストレイであるワイヤーはふくらはぎの肉を浅く抉ってきた。痛みに顔をしかめ、距離を取る。


「はっ、汚く防ぎやがったな。当たり所によっちゃ機動力を削げたかもしれねえが、なかなか汚い足さばきだ」


「……あまり女性に対して『汚い』という言葉を多用するものではないぞ」


「つれねえな、褒めてんだが」


 独特の単語チョイスで軽口を言いながらも、リウの動きは淀みない。常にユキアとムクドリ両方の動きに気を配り、攻撃の隙が生まれないようにしている。


「おっと、そこだな」


 リウがひょいと身体を捻ると、遠くから飛来してきたエネルギー弾が脇をすり抜けた。シャルマの狙撃が読まれ、躱されたのだ。


『また避けられた!? なんで僕が撃ってくる方角やタイミングがわかるんだ……?』


 グスフォから、焦りの声が聞こえてくる。リウは射線が通らないよう建物の陰に移動しつつ、ニヤリと笑む。


「狙撃してきてんのはさっきの金髪のガキか? 変形機能のある銃を使ってるようだが、狙撃場所選びがセオリー通りすぎるぜ。戦い慣れしてる奴なら、簡単に先読みできちまう」


『……!』


「惑わされるなシャルマ。君の援護は間違いなく役に立っている」


 歯噛みしたらしきシャルマに、早口で諭す。戦闘経験の差は当然あるだろうが、リウの意識を分散できている時点で十分な仕事量だ。


 ……そして周囲への警戒が緩んでいれば、あの少年の特技を十二分に生かせる。


「う――っ」


 リウが、飛び退くように片足を上げる。先ほどまで足首があった場所を、血液の刃が斬り裂く。


 どこかに隠れているシアンが放った攻撃だ。音も殺意も消した斬撃は、リウでも予測ができない。


 無理な回避を行ったことで、リウがバランスを崩す。そこへ迫るは、『風束しづか』の柄を握るムクドリ。


閃風流せんふうりゅう抜刀術――『風統しずまり』!」


 右手が消えたかのような、速すぎる抜刀。放たれる斬撃の数は七。


 多方向から、七本の刃が同時にリウを襲う。閃風流の技はストレイのワイヤーを容易く切断し、男の身体を斬り抉った――――


 ――――かのように見えたが、鮮血が舞うことはなく、地面に落ちたのは細切れになったワイヤーだけだった。


「あぶねえあぶねえ、当たってたら痛いじゃすまねえなこりゃ」


 いつの間にか、リウはムクドリの間合いの外にいた。ワイヤーで人型のデコイを作って身代わりにしたようだ。使用した分、身に纏っていた『硬線衣ルーズアーマー』が短くなり半裸に近くなっていたが(汚らしい外見の割に分厚い筋肉に覆われていた)、すぐにワイヤーが伸びて修復される。


 リウは血の刃が伸びてきた方向を睨んだが、そちらにあった路地にはもう人影はない。攻撃後、シアンは即座にまた姿を眩ませたようだ。


「……シアンの野郎、またちょこまかと逃げ隠れながら戦うつもりか」


 リウは舌打ちしつつ呟き、再び大通りを走り出す。ユキアとムクドリも、それを追う。


 今回、シアンは奇襲によるトドメではなく援護に集中してもらう。彼が本気で隠れればリウですら見つけられなくなるし、隙を衝いて攻撃するのならユキアやムクドリの方が高威力を出せる。それならば隠れたままリウの隙を作り出す役回りにした方がいいという判断だ。


 ――しかし……なかなか攻めきれないな……。


 動き回りながら、ユキアは焦れる心を抑える。


 シャルマの狙撃で注意を逸らし、シアンが隙を作り、ユキアとムクドリが痛撃を加える。つい昨日結成したチームなので完璧なチームワークとはいかないが、個々のポテンシャルも相まって十分な連携はできている。


 それでもリウは的確に迎え撃ってきて、まともな攻撃を入れられずにいる。やはり、『魅魁みかいの民』の実力は尋常じゃない。


 ――それに、この場所も厄介だ。


 リウの前に回り込もうと通りを駆けていたムクドリが、しかし途中で立ち止まり、ルートを変える。その結果リウには逃げられ、挟撃を維持できなくなってくる。


 ムクドリが方向転換した理由は、地面の数十センチ上に張られたワイヤーだ。その端は塀の上や建物の窓に仕掛けられたボウガンや銃に繋がっている。ワイヤーに引っかかれば連動して撃ち抜かれてしまう、ブービートラップである。


 リウは予め、ネモフィラの至る所に罠を仕掛けていた。そのためユキア達の動きも制限され、万全な立ち回りができなくなっているのだ。


「……気になってんだけどよ。てめえらは、なんで俺と戦うんだ?」


 動きながら、リウが問うてくる。


「ユキア・シャーレイ。てめえは賞金稼ぎで、俺の首を狙ってたよな? じゃあそこの着物のガキも同じか? 俺をとっ捕まえて賞金を手に入れたいのか?」


「……、」


 質問の意図は、すぐに理解できた。ユキアとムクドリ達が、『魅魁の民』について知っているかを探っているのだ。


『魅魁の民』は、自分達の存在が明るみに出ることを恐れている。だからシアンからユキア達に情報が漏れていないか、確認せずにはいられない。


 そしてこちらの返答は、決まっていた。


「いいや……ボク達は貴様の持っている『碧楽へきらく繋ぐ小窓』が欲しいんだ。貴様らの本拠地である、エクリプスへ行くためにな」


「ええ。あなた達『魅魁の民』と、戦うためにね」


「――――」


 リウの表情から、笑みが消えた。遊びの無い殺意が、噴き出してくる。竦みそうになる身体に理性で鞭打ち、動きを継続させる。


「そうかよ。じゃあてめえら、この町から生きて出させるわけにはいかねえな」


 ――これでいい。


 向けられた害意に歯を食いしばりながらも、ユキアは薄く頷く。


 もうリウは、ユキア達四人を全員殺すまで逃げることはなくなった。シアンのみを殺せば目的達成、という状況ではなくなったのだ。


 後戻りができなくなったとも言えるが、覚悟など既にできている。


 ――仕掛けるぞ。


 ムクドリに、アイコンタクトで合図する。薄く顎を引き、了承を返してくる。


「はぁあっ!」


 雄たけびと共に蹴りを放ち、街路樹を一本へし折る。ストレイのパワーにより幹が丸ごと引きちぎれ、樹が勢いよく倒れていく。


 その圧倒的重量を、リウ目掛けて蹴り飛ばした。


「っ……」


 顔を歪めるリウへ、巨体が迫る。『民』の化け物だろうと、直撃すれば重傷は避けられない。


 ユキアとリウの間にはワイヤーが一本張られていたが、そんなもので樹の勢いは止まらない。ブービートラップが作動しても、飛んできた矢が刺さるのは樹なので問題ない。


「……はっ。汚い脚力だが、重い分速度が足りてねえぞ」


 ひらりと身を躱し、突っ込んでくる大木を掻い潜るリウ。同じ回避行動でも、シアンの動きとは違った。


 躱した勢いのまま、ユキアへとワイヤーの鞭を振るってくる。攻撃を避けつつ反撃に転じる、流れるような動作だ。『民』が戦闘技術を人にのを好むというシアンの言に、納得させられる。


 ……などと考える余裕があったのは、こちらの攻撃がまだ終わっていないからだ。


「キン」という音と共に、リウの背後で樹が両断される。その間から姿を現しリウへと肉薄するのは、刀の柄を握るムクドリ。


「――読んでねえとでも思ったか!」


 リウはすぐさま身体を回転させ、ユキアに振るいかけた鞭をムクドリへと叩きつけようとする。だがその鞭が、どこからか伸びてきた血のロープによって止められる。


「――、シアンてめえ……っ」


紅滴腫こうてきしゅ』による行動阻害。完璧なタイミングだ。今度は、デコイを作って逃げる暇もない。


 動きが止まるリウへ、ムクドリの抜刀術が繰り出される。


「閃ふ――――」




 パァン!! という銃声が鳴り響き、ムクドリは鮮血を散らしながら倒れ込んだ。




「…………え?」


 予想だにしていなかった光景に、気の抜けた声が漏れてしまう。グスフォから、シャルマの悲痛な叫びが聞こえる。


 リウへ技を叩き込もうとしていたムクドリが、撃たれた。それも、


 ――リウに、仲間がいたのか……!?


 弾が飛んできた方向に目を向ける。銃口から煙を上げている銃が、建物の窓に取り付けられているのが見えた。それはネモフィラにいくつもある罠の一つで、引き金を引いた人物は見当たらなかった。


 ――違う……ワイヤーを操って、遠隔でトラップを作動させたのか!


 切り離した後のワイヤーも、視認していれば自由に動かせるのだ。


 リウのブービートラップは、敵が引っかかるのを待つだけではない。引き金に括りつけられているワイヤーを引くだけで、仕掛けられた銃からいつでも弾を放つことができるのである。


「一番汚いのは俺だったみたいだなぁ」


「――――っ!」


 せせら笑いと共に放たれたワイヤーの鞭を、横っ飛びで躱す。


 体勢を立て直しつつ、落ち着くよう自分に言い聞かせる。今は戦闘中だ。ムクドリは心配だが、リウに集中していないと次は自分がやられる。


「シアンは、またいねえか。マジで汚い隠密技術だな、殺しに使わないのが理解できねえぜ」


 周囲に目を走らせ、鼻を鳴らすリウ。その奥で倒れたムクドリは、起き上がる気配がない。


 俯いているため顔は見えないが、意識はあるのだろうか。身体の下に血だまりができているのを見るに、傷は深そうだ。撃たれたのは、腹か。


 倒れた拍子に腰から外れてしまったのか、『風束』が離れた場所に転がっている。今はストレイによる筋力強化もなくなっているはずだ。すぐに手当てしないと、危険なのではないか。落ち着こうとしても、気持ちが焦ってしまう。


「とりあえず、確実にトドメは刺しとくか」


「っ、やめろ!」


 リウの殺意がムクドリに向くのを感じ、二人の間に回り込もうとする。と、足に冷たい感触があり、視界が回転する。


 いつの間にか、地面から一本のワイヤーが生えてユキアの足首に巻き付いていた。リウが地中から伸ばしてきたものだ。


「ぐっ!」


 地面に倒れ込んでしまう。同時に周囲から何本ものワイヤーが群がってきて、両脚をまとめて縛り上げ、胴体と両腕にも巻き付いてくる。


「釣りやすいよな、てめえみたいな人間は。おっと、てめえは人間じゃなかったか」


「っ……!」


 ワイヤーの一本を掴み、力尽くで引きちぎる。だが四方八方から次々にワイヤーが巻き付いてきて、対処が間に合わない。両腕ごとがんじがらめにされ、動けなくなったところに地面からも更に何本も生えてきて、ユキアの身体は地面に仰向けに押さえつけられてしまった。


 ――マズい……!


 両手足に何重にも絡みつかれたら、ストレイのパワーと言えど引きちぎれない。


 完全に動きを封じられ、ユキアはリウの小汚い顔を見返すことしかできなくなってしまった。





★シアン・イルアス



 ――やべえ……。


 リウがいる通りに面した家屋の塀の中、シアンは焦りを覚えていた。


 塀にはキメラに穿たれたらしき亀裂があり、向こう側が僅かに見通せるので、そこからリウの様子を確認している。リウの足元ではユキアが四肢を縛られ、地面に引き倒されていた。少し離れた場所に、銃弾に撃ち抜かれたムクドリも倒れている。


 シアンの技は、リウの虚を突くことはできる。だが決定的な一打にはなり得ないし、一度見つかったら再度隠れるのも難しい。


 敵の意識を奪う手段は、あるにはある。だがリウ相手にそれを行うには、かなりの隙が必要だ。シアン一人では、不可能に近い。


「どうせ近くで見てんだろ? シアン」


「――――」


 リウの声に、心臓が跳ねる。


「てめえが『民』の情報を与えて、てめえが連れてきた所為で、そこの着物のガキは撃たれた。相当な深手だし、今頃生死を彷徨ってるか、下手すりゃもう死んでるかもな。てめえと出会わなきゃ、こうはならなかっただろうに」


「――――――――っ」


 自分の胸を鷲掴み、歯を食いしばる。


 自分の所為で、人が死ぬ。それはシアンにとって、何よりも恐ろしいことだった。

 夢の中でムクドリが憎悪をぶつけてくる様を幻視してしまう。目を瞑り、雑念を振り払う。


 ――違う……ムクドリはまだ死んでねえ。あいつがこんなあっさり死ぬわけねえ。


 狼狽を押さえつけ、気配遮断を必死に維持する。心を乱されたらリウの思う壺だ。今はシアンの隠密能力が、一番の武器なのだから。


 だがリウは容赦なく、次の一手を打ってくる。


 伸ばしたワイヤーを切り離し、束ねて作り出したのは一本の槍。その矛先を、ユキアの心臓へと突き付けた。


「シアン、五秒以内に出てこい。でないと次は、こいつが死ぬ」


「……っ!」


 ストレイであるワイヤーで構成された槍は、ユキアの身体も貫ける。彼女の頑丈な肉体は、意味を為さない。


 ――死ぬ……次はユキアが……オレの所為で……。


 五秒というのは、絶妙な時間だ。策を考えるにはあまりにも足りない、けれどただ姿を現すだけなら十分すぎる。そして人を焦らせ、判断能力を鈍らせるという意味でも。


『シアンさん、僕が狙撃します! 同時に奇襲して、ユキアさんを解放してください!』


 グスフォから聞こえたシャルマの声に、シアンは従うしかなかった。


 姿を現さなければユキアが死ぬ。ならばこの奇襲で、リウを仕留めきる。


 気配を消したまま、塀を飛び出す。その時シアンが目にしたのは、百メートル離れた背の高い建物に向かって槍を投げ飛ばすリウだった。


 人の腕力とは思えない速度で投擲されたワイヤーの槍は、高層階の窓からリウを狙撃しようとしていたシャルマの肩を貫いていた。


『が――――ぁっ!』


 グスフォから苦痛に喘ぐ声が届く。

 シャルマの狙撃は失敗した。またリウに読まれ、逆に槍で迎撃されてしまった。


 ――クソ……ッ!


 リウへ血液の刃を叩き込むが、ワイヤーの壁に容易く防がれる。


「なんだよ、その破れかぶれな奇襲は。平常時のてめえはもっと汚かったが、ちょっと揺さぶったらこんなもんか」


「っ……!」


 肉を裂く、痛々しくも瑞々しい音が響いた。

 自分の、体内から。




 見下ろすと、ワイヤーの束が、シアンの胸を、貫いて、いた――――。

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