第28話 ワープストレイ『カスタネクト』


★ユキア・シャーレイ



 リウに勝つには、シアン・ユキア・シャルマ・ムクドリの四人が全員で戦う状況にする必要がある。それがキィの見立てだった。


 だが、人質を取られている状況ではそれは難しい。リウはシアン一人でネモフィラへ来ることを命じており、それに背けば人質が殺されてしまう。


 ユキアは一昨日の時点でリウと接触しているため、このタイミングでネモフィラに近づけばシアンの仲間であることは即座に見破られる。リウに存在すら認識されていないシャルマとムクドリならば無関係の旅人を装えるが、それが成功してもネモフィラに入れるのは三人のみであり、人質の存在がネックなのも変わらない。


 ユキアも一緒にネモフィラに侵入でき、なおかつ人質を解放する方法。それを見つけることができたのは、キィによる助力のお陰だった。





『ネモフィラの北に、イキシアっていう名前の町があってね。そこで最近、ワープストレイを手に入れた男がいるらしいんだ』


 キィがもたらしたのは、そんな情報だった。


 シアンが腕を組んで目を細める。


「ワープストレイって……『小窓』みたいな?」


『あそこまで強力なものじゃないけどね』


「……? コマドってなんだ?」


 首を傾げるユキアに、シアンは「ああ」と声を漏らす。


「そういえば言ってなかったな。『碧楽へきらく繋ぐ小窓』――『魅魁みかいの民』が持ってるワープストレイの名前だよ。手鏡みたいな形で、同じものが全部で十一個あるんだ。お互い鏡面に顔を映して通話できる上、通話中の相手がいる場所に瞬間移動することもできる」


「ふむ。ボク達がリウを倒して手に入れようとしているというやつか」


 それを使えば、『民』の本拠地であるエクリプスに行くことができる。現状の自分達が手に入れるべき最も重要なアイテムだ。


涅槃ネハンもロシルバも、それぞれ『小窓』を持ってる。リウから『小窓』を奪えれば、オレ達は直接宿敵のいる場所までワープできるわけだ」


『一応言っとくけど、リウを倒して『小窓』を奪えてもその足でエクリプス行ったりしないでね。少なくともアタシやアタシの仲間が合流するまでは、使用禁止ってことで』


「元々そのつもりだっつの。さすがに四人だけでエクリプスに特攻はしねえよ」


「ん……? だが『小窓』を持ったままだと、別の『民』がボク達のところにワープしてきてしまうんじゃないか?」


「いや、スイッチ切ってる間は機能停止するからその心配はいらねえよ。だから『小窓』手に入れた後は即停止させとくぞ」


 確かに、今のユキア達だけで『民』の巣窟に無策で乗り込むのはただの愚行と言える。現時点では移動手段の入手だけに留め、その後の動きはキィが同行してからにすべきだ。


「話戻すね。イキシアの男が持ってるのは、『カスタネクト』っていうワープストレイだよ。二つのカスタネット型のストレイで、片方がある場所からもう片方がある場所に人や物を瞬間移動させる効果がある。通話機能はないから、『小窓』の下位互換って感じだね」


「……そりゃ確かに便利な道具だけど、その男は『民』とは何の関係もねえんだろ? さすがにリウとの戦いには巻き込めねえぞ」


「べつに男の手を借りろって言ってるわけじゃないよ。君達なら、ストレイを譲ってもらうことも不可能じゃないでしょ? アタシが何回シャルマお兄さんの絵を売る手伝いしてると思ってんの?」


「あ……」


 皆の視線が、シャルマに集中する。シャルマはああ、と小さく声を漏らした。


「僕がマジナとして稼いだお金で、買い取るってことですね」


「そうそう。もちろん貴重なストレイを譲るなんて嫌がるとは思うけど、その辺りは交渉次第でしょ。ワープストレイがあればやれることはかなり増えるし、この不利な状況も覆せるんじゃない?」





 まず、シアンは一人別れてサンセマムから徒歩でネモフィラを目指す。その間、ユキアはシャルマとムクドリを抱えてイキシアへと全速力で移動した。リウに見つからないようネモフィラからは十分な距離を取って、だ。


 イキシアに着いた三人は『カスタネクト』を持つ男に接触し、ストレイを売ってもらうよう交渉した。当然難色を示されたが、『マジナ』としての稼ぎがあるシャルマなら法外な金額を提示されても支払える。……と、思っていた。


 ここで何気に役に立ったのが、一昨日シアンがキラーキラービーの毒針を売って得た分のお金だった。男の提示した金額がシャルマの手持ちをいくらか超過していたのだが、ユキアが足りない分を払うことで取引が成立できたのだ。予めシアンから全額受け取っておいてよかった。


 こうして、三人はワープストレイ『カスタネクト』を手に入れた。ユキアはその内の片方を持ったままイキシアで待機し、シャルマとムクドリはもう片方を持って北側からネモフィラへと接近する。


 グスフォで連携を取りながら、シアンとシャルマ達が同時にネモフィラに着くよう調整して近づく。その際、シアンがグスフォを付けているのをリウに見られたら関係がバレるので、フードを被ってグスフォを隠しておく。


 だが、リウもそう簡単にネモフィラへの侵入を許してはくれなかった。三人が町へ近づいたところで、五人の人質を展望台からぶら下げてみせてきたのだ。


 その時のリアクションで三人が協力していることは知られてしまったようだが――既に距離は十分詰めている。


 リウが人質の一人を落下させたが、『カスタネクト』の力で転移してきたユキアが一気に時計塔下まで駆け抜け救出に成功。同時に放ったシャルマの光弾が、リウのいる展望台を爆破させた。


「よし……!」


 爆炎に包まれた展望台を見上げ、ユキアは力強い声を上げる。


 岩をも砕く爆発光弾だが、あれでリウへの決定打になるとは思っていない。しかし爆発はボロボロの時計塔の上部を倒壊させた。


 硬質なストレイのワイヤーも、支えを失えば無力だ。残る四人の人質も、縛られた状態のまま落下を始める。


「――――――――」


 全力で地を蹴り、銃弾のような勢いで空中を飛ぶ。


 いくつもの巨大な瓦礫が降る中、落ちる商人の一人を受け止める。瓦礫の一つを蹴って方向転換、二人目と三人目を抱え込み塔の側面に着地。残る一人目掛けて跳び、掴む手が残っていないので口で衣服の一部を咥えた。


「んんんんんんんっ!」


 口が塞がっているためくぐもった呻きを上げながら身体を回転、四人が地面にぶつからないように自分の身体で全ての衝撃を受け止める。若干の息苦しさは感じたが、ストレイの肉体は傷一つない。


「――――ぷはあっ! 五人、救出成功!」


 大きく息を吐き、商人達を地面に下ろす。落下中は意識がなかったらしき彼らも、さすがに目覚めたらしくキョロキョロと周りを見回している。


「あ、あれ……? 俺達、賞金首のリウに捕まってたんじゃ……」


「大丈夫、助けに来たんだ。ここからすぐに逃がしてあげるよ」


 そこへ、凄まじい勢いでムクドリが駆けつけてくる。『風束しづか』の肉体強化で一気に走ってきたのだ。手にしているのは、先ほどシャルマが使用した『カスタネクト』。


「今からあなた達をイキシアへ飛ばすわ。あっちにもこれと同じストレイが置いてあるけど、そのままにしておいて。下手に触ったら、ここに戻ってきちゃうから」


 そう言って、『カスタネクト』を打ち鳴らすムクドリ。硬い音が鳴る度に、商人達が消えていく。


 もう片方の『カスタネクト』は、今もイキシアの宿の中にある。ストレイ自体はワープさせることができないからだ。だがそのお陰で、商人達をイキシアまで逃がすことができる。


 最初に助けた若い商人も含め、五人ともワープさせた。ワイヤーの拘束を解く余裕はなかったが、その辺りはあっちでなんとかしてもらう。……これで、人質は解放させられた。


 ユキアとムクドリが睨む先は、大通りの真ん中。爆発の直撃を受けたはずのリウが平然と立っていた。ワイヤーを束ねて防いでいたようだ。


「……あのワイヤー、相当硬いみたいだけど『風束』なら余裕で斬れそうね」


 ムクドリが、刀の柄に手を添えて呟く。


『今、ネモフィラ内の高い建物に上って狙撃ポイントを探しています。援護は任せてください』


 グスフォから、シャルマの声が聞こえてくる。


『オレも、南側からネモフィラに入った。姿を隠したまま、リウの隙を伺うぜ』


 シアンの声も届いた。グスフォは三つ以上の機器で同時に通話することも可能なのだ。


「……キィの話では、これでようやく『勝てるかもしれない』レベルなんだっけ? ま、可能性があるなら十分だよね」


 薄く口元を綻ばせて、ユキアも脚に力を籠める。


 そうしてようやく、戦いが始まった――――。

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