第27話 ネモフィラへと近づく者達


★リウ・ディートウィーア



 五年前に大型キメラに滅ぼされて以来、ネモフィラは無人の廃墟群として放置されてきた。


 キメラの肉や骨を求めてやってきたハンター達によって大型キメラは狩りつくされているが、その後も復興する気配はない。


 最近では盗賊が隠れ家にして住み着いていたようだが、邪魔だったので皆殺しにした。低級な盗賊が何人集まろうと、リウにとっては虫けら同然だった。


「あのガキは、まだこねえか……」


 ネモフィラ内の北側にそびえ立つ時計塔の上層にある展望台で、リウはサンセマムがある方角を見つめていた。


 かつてネモフィラのランドマークだった、高さ五十メートルを超える時計塔だ。キメラが暴れたためか今は各所がボロボロだった。いつ崩れるかわからないので、リウのワイヤーで補強している。


 ここからなら、ネモフィラの周囲を全方向見渡せる。サンセマムがある南側に限らず、どの方角から誰が接近してきても気づくことができる。


「もうすぐ、約束の十一時だ。人を見殺しにできねえっつってたあいつなら、そろそろ姿を現すはずだ」


 シアンに指示した「十一時」という刻限は、情報を受け取ったシアンがギリギリネモフィラまで徒歩でたどり着ける時間だ。すなわち、大した策を立てる暇もなく慌ててネモフィラまで駆けつけるしかない。そこまで計算した上で手紙を出した。


 だがシアンも抜け出したとはいえ元『魅魁みかいの民』。こんな安易な人質作戦一つでやり込めはしないだろう。


 ――精々、汚い手を用意してきな。上からたたき伏せてやるからよ。


 それなりに骨のある敵と戦えることに、気分が高揚する。『魅魁の民』としての血が、戦闘への興奮を盛り上げている。無精髭に覆われた口元が笑みに歪む。


「……あ?」


 遠くに、ネモフィラに近づいてくる人影を発見した。だが、北側――すなわちサンセマムとは真逆の方角だ。それも一人ではなく、二人。


 双眼鏡を取り出し、人影を確認する。どちらも、シアンではなかった。金髪の少年と、着物姿の少女だ。


 真っ先に、シアンの協力者である可能性を疑う。だが、二人はサンセマムと逆方向から歩いてくる。手紙を読んだ後にネモフィラから距離を置きつつ反対側まで回り込んでくるには、時間が足りない。


 それに……手紙には「一人で来い」と書いたが、実際のところシアンが誰かに助けを求めるとは思っていなかった。


 あれは、人を巻き込むことができない人間だ。シアンが子供二人をわざわざ『民』に近づけるというのは、正直考えづらい。たまたまネモフィラを訪れようとしている旅人である可能性の方が高いだろう。


「……おっと、ようやく来たか」


 サンセマム方面に視線を戻すと、速足で近づいてくる人影が一つ。双眼鏡で見てみると、やはりシアンだ。特徴的な青髪はフードで隠しているようだが、間違いない。


 約束通り、一人で来たようだ。知り合いでもない人質のために、ご苦労なことだ。


 ――しかしこのペースだと、ガキ二人組とシアンがほぼ同時にネモフィラに着いちまうな。


 人質は、ワイヤーで縛って時計塔周辺に転がしてある。子供達が町に入って人質を見つければ、助け出そうとするだろう。


 かといって、二人を殺すために身を隠すのが得意なシアンから目を離すのはリスクが高い。荒野を走ってくる今ならともかく、町に入ってからのシアンからは視線を切るべきではない。


 ――いや、こんだけタイミング良けりゃさすがに偶然じゃあねえか……?


 子供達がシアンと無関係である可能性が弱まる。もし協力しているなら、同時にネモフィラに入れるのはなおさらマズい。


 ……だが、協力関係にあるというのなら。


 振り向き、リウが視線を向けたのは、展望台の外周から垂れ下がる五本のワイヤーだった。それぞれ展望台に打ち込まれた杭に括りつけられ、反対側は地上まで伸びている。


 リウが脳内で命令を下すと、五本のワイヤーは一斉に短くなり、地上からあるものを引っぱり上げてくる。


 それは、ワイヤーに全身を縛り上げられた人質達だった。


 五人の商人は全員展望台の下まで引き上げられ、動けないままぶら下げられている。薬で眠らせてあるので騒ぎ立てることはない。もしリウが一度でも念じればワイヤーは切れ、商人は確実に転落死する。


硬線衣ルーズアーマー』。それがリウの使用する、服型ストレイだ。


 服を構成しているのは、頑丈で極細なワイヤー。その一本一本を自在に操ることができ、束ねれば武器にも盾にもなる。切り離しも自由で、離れたワイヤーも視認していれば操作が可能。また、いくら切り離してもワイヤーは無限に復元される。


「……さて」


 シアンと子供達は、ある程度はネモフィラに近づいている。この距離なら、彼らからも人質が見えるはずだ。


 双眼鏡で確認すると、シアンも――二人の子供も、険しい表情をしているのが見えた。


 何故人が吊るされているのかという疑問や困惑ではない。人質の意味を理解している。

 やはり、あの二人はシアンと協力関係だったようだ。


 人質に気付いた三人は、決死の形相でネモフィラへと走り出した。だが、もう遅い。


「一人で来いっつったよな? 約束破ったから、まず商人一人死亡な」


 ワイヤーの一本を切り離す。若い男性の商人の身体が、落下を始める。シアン達の足では、どうあがいても救出不可能だ。


 残りの人質をより強く意識させる意味でも、一人見せしめに殺しておくのは悪くない。安易に協力者を連れてきたことが、逆にシアンの首を絞めてしまった。リウの髭面に、引き裂くような笑みが浮かぶ。




 その時、金髪の少年がカスタネットのようなものを打ち鳴らした。

 直後、少年の目の前にウサギ耳の少女が現れた。




「な……っ!?」


 現れた少女の姿は、二日前にも見た。人型ストレイの、ユキア・シャーレイだ。


 次の瞬間、ユキアの身体は再び消えた。……否、驚異的な脚力でネモフィラへと突進してきたのだ。ユキアは一瞬にして市壁の上へと跳び乗り、縁を蹴って矢のように街中へと突っ込む。


 そして地面に激突寸前だった商人を、両手で受け止めた。ここまで時間にして三秒弱。ガリガリと地面を削りながら、勢いを殺して止まる。


「はあああっ!?」


 今少年が使用したのは、ワープストレイか。それを用いて、どこからかユキアを瞬間移動させてきたのだ。シアンの仲間は子供達だけではなく、ユキアもいたということだ。


 ――そういや、一昨日シアンはユキアが落ちたのと同じ場所に飛び降りたんだったか……!


 あの後、崖下まで追ってみたがシアンもユキアも見つからなかった。その時点から、二人は共に行動しているのかもしれない。あのシアンが自分の戦いに他人を巻き込んだというのは意外だったが。


「っ――――」


 眼下のユキアから子供達に視線を戻し、息を呑む。金髪の少年の手に、いつの間にか砲筒が握られていた。


 リウのいる展望台へ、直径二十センチほどの光球が撃ち込まれる。


 轟音。リウの身体は、凄まじい爆炎に吹き飛ばされた。

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