第26話 情報屋キィ


★シアン・イルアス



 平穏の終わりは、唐突に訪れた。


「すみません、シアン・イルアスさんというのはあなたでよかったですか?」


「……ん?」


 シャルマ達と手を組んだ次の日の朝。宿の一階で四人朝食を取っていると、声をかけられた。宿で働く若い従業員の女性だった。


「シアンさん宛に、先ほど手紙が届きましたよ」


「は、手紙……? 誰から?」


「差出人はわかりませんが、渡してきたのはカバ車の護衛をしている方でした。シアンさんがこの宿に泊まっていることは、門衛さんから聞いたみたいです。妙に挙動不審というか、何かに怯えているみたいでした」


 心当たりがなく、首を傾げながら手紙を受け取る。封を切り、手紙に目を通してみる。




『カバ車を襲撃し、五人の商人を人質に取った』




「――――」


 お世辞にも綺麗とは言えない筆跡で書かれた一文目を読み、血の気が引くのを感じた。


 ――リウか……!


「シアン、どうした……?」


 隣に座るユキアが覗き込もうとしてくるが、その前に手紙を閉じる。手紙を渡してきた従業員含め、ここは一般人が多すぎる。


 訝しむ表情のシャルマとムクドリに目配せし、立ち上がる。


「……一旦、オレが泊まってる部屋に行こう」





『カバ車を襲撃し、五人の商人を人質に取った。

 人質を殺されたくなければ、今日の午前十一時までにネモフィラまで一人で来い。

 この手紙はカバ車に乗ってた雑魚護衛に預けたが、そいつ含め襲撃があったことは他言しないよう全乗客に命じてある。

 協力者の存在が確認できた時点で人質は殺す。

 くれぐれも、汚い気を起こさないように。  リウ・ディートウィーア』


 それが、手紙の内容だった。


 サンセマムに籠城するシアンを引きずり出すための、リウの策だ。誰も見殺しにできないシアンに対して、極めて有効な。


「クソが……どっちが汚いんだっつの」


「ネモフィラって、サンセマムの北にあった町だよな? 五年前に大型キメラに襲われて、今は廃墟になっているんだったか」


 部屋のベッドに腰かけたユキアが、腕を組んで唸る。


 ネモフィラ――かつてはサンセマムと同じくらいの大きさの町として存在し、カバ車の進行ルートにも入っていた。だが縄張りを広めてきた大型キメラの群れに襲われ、滅んでしまったのだ。


 何十人もの町民が殺され、生き残った者達も他の町に避難している。後にキメラはハンターによって退治されたが、町の家屋は多くが破壊されており、再度作り直すのも費用がかかる。元々住んでいた者達も既に散り散りになっていて、復興の話がほとんど上がらないため放置されていた。


「とりあえず、リウと戦う前にキィと接触するってプランは変更だ。今日の十一時までにオレがネモフィラに行かねえと人質が死ぬ」


 幸いサンセマムからの距離はそれほどないので、徒歩で目指しても間に合う。ユキアに途中まで運んでもらえば、かなり余裕だ。ユキアとの協力関係をリウに見られたら人質が殺されてしまうので、かなり離れた位置で別れておく必要があるが。


「待ってください! 本当に手紙の通り一人で行くつもりですか? 一人で勝てる相手ではないんでしょう?」


 シャルマが声を荒げて口を挟んでくる。


「こちらには高速移動ができるユキアさんがいるんです。一気に接近して畳みかけることも可能なんじゃないですか?」


「それはオレも考えたけど、あの辺りの地形って隠れられるところないからな……」


 ネモフィラ周辺の地図を、机の上に広げてみせる。


 ネモフィラは、だだっ広い荒野に囲まれている。どの方向から近づいたとしても、町から丸見えになってしまうのだ。


「仮にユキアが全力疾走で町に入ろうとしたとしても、リウが町の周りを見張ってたら間違いなく到着前に見つかっちまう。そうすりゃ、オレが約束破ったことがバレて人質が殺される」


 シアンとユキアが手を組んでいることはまだリウに知られていないはずだが、このタイミングでユキアがネモフィラに近づけば無関係とは思われない。一昨日シアンがユキアのいる崖下に飛び降りたところまではリウも見ているし、あの後協力したという予測を立てるのは容易だ。


 それに、人質が五人いるというのも厄介だ。人質が一人ならば殺すことを躊躇う可能性もあるが、複数いるのなら容赦なく殺して見せることができる。


「でも、少なくとも私とシャルマはリウに顔すら知られていないわ。私達がサンセマムとは別方向からネモフィラに接近すれば、シアンと無関係の旅人を装えるんじゃないかしら。昨日買ったそれを使えば、遠距離でも連携できるし」


 ムクドリが示したのは、シアンとユキアの耳に付けられた耳飾りだ。


 グリーンストーンフォン――通称グスフォ。昨日の夕方、四人が再度合流した時に購入したのだ。既にお互いの機器を登録してある。


 ウサギ耳に付けたグスフォに手を添え(クリップで挟むタイプなので人間の耳でなくても付けられる)、しかしユキアは難しい顔をする。


「その策は確かに有効だが……やはり人質がいる状況をどうにかする必要があるよな。君達とシアンが町に入り、うまく隙を突いてリウを攻撃できたとしても、仕留めきれなければ人質を盾にされて動けなくなる」


「それは……そうだけど……」


 ユキアの指摘に、ムクドリは目を伏せる。


 正直、三人でリウへの奇襲を行ったとしても、それで倒し切れるとは思えない。こちらも実力者ぞろいではあるが、『魅魁みかいの民』はそれ以上の化け物なのだ。


 無論シアンとしても、素直に一人だけで向かおうとは思っていない。だがそれほど時間の余裕もないし、人質への対策も思いつかない。ムクドリの案も悪くはないが、失敗してシアン達も人質も全員殺される可能性はやはり高い。


 ――クソ……やっぱ人質取られた時点で分が悪すぎる。何か、手はねえか……?


 思考を巡らせるが、良い策は思いつかない。あまりここで時を重ね過ぎたら、十一時までにネモフィラにたどり着けなくなる可能性もある。


 焦りが、思考を乱してくる。


「……あっ?」


 その時、シャルマの耳に付けられたグスフォがパタパタと震えた。着信が来たらしい。


 シャルマがグスフォの操作盤を見て、目を見開く。


「キィさんです!」


「え……っ!」


 残りの三人も、思わず立ち上がる。シャルマの話では、今日の二十一時にならないと電話が繋がらないのではなかったか。


 シャルマはグスフォを耳から外し、机の上に置く。全員に聞こえるよう音量を上げ、通話を開始した。


「……キィさん、ですか?」


『ああ、シャルマお兄さん久しぶり。情報屋『トラの威を借るイタチ』のキィ・バウマットだよー』


 思いの外軽い口調の、女性の声が聞こえてきた。


 ――シャ、シャルマお兄さん……?


 声は明らかに大人のもので、少なくともシアンより年下ということはないと思うが、何故そんな呼び方をしているのか。……いや、今はそんなことを気にしている状況ではない。


「キィさん、約束では通話できるのは今夜ですよね? 何故今……というか、あなたからかけてくるなんて珍しいですね」


『緊急事態みたいだからね。アタシだって、自分から人に連絡することぐらいあるよ』


「……ちょっと待て」


 話を聞いたシアンが、グスフォに近づく。


「緊急事態って、まさかオレ達の状況を知ってるのか……?」


『うん、アタシは情報屋だから、結構耳が早いんだ。『魅魁の民』のリウが、シアンお兄さんをおびき出そうとネモフィラで人質取ってるんだよね』


「……、」


 本当に、状況を理解している。リウの手紙によるとカバ車を襲撃したことは一般人に知られていないようだったが、何故知っているのか。シアンのことも把握しているようだし、耳が早いという次元を超えている気がする。


「お前、どうやってそれだけの情報を……?」


『アタシが情報屋だから』


「答えになってねえ……」


 教える気はないということか。少し顔をしかめてしまう。


「……このタイミングで連絡してくれたってことは、手を貸してくれるのか?」


『そのつもりだよ。『民』の被害者をなるべく減らしたいっていう思いもあるけど、それ以上にアタシは君達の味方をしたいんだよね』


「オレ達の……?」


 なんだか予想以上に好意的だ。元々手を組めるかどうかもわからない人物だったため、少し拍子抜けしてしまう。


『君達のことはそれなりに把握してるよ。元『魅魁の民』のシアン・イルアスお兄さんと、人型ストレイのユキア・シャーレイお姉さん。今は、シャルマお兄さんとムクドリお姉さんと一緒に『民』と戦おうとしてるんだよね』


「……やっぱり、ムクドリもお姉さん呼びなんだな」


『シャルマお兄さん達だけでは戦力不足だったから『民』と戦うのは反対してたけど、君達が加わってくれるなら話は別。積極的に協力させてもらうよ』


「……シアン達が入っただけで、随分態度を変えるわね」


 ムクドリが少し不満そうに言う。


「この一年、私は何度もあなたに『民』の情報を求めたわよね? ずっと何一つ教えてくれなかったのに、その変わり身は何なのよ」


『だから、戦力不足だって言ってるじゃん。下手に情報を漏らして君達が殺されるのはアタシとしても避けたいんだよ』


「……つまり、今なら情報を教えてもいいだけの強さがあるってこと?」


『そう』


 きっぱりと、キィは肯定した。


『君達四人なら、リウに勝てるかもしれない。だから協力するんだよ。『魅魁の民』を知っていて尚且つ敵対してる人って少ないから、君達には是非とも勝って生き残ってほしいんだ』


「――――」


 勝てるかもしれない。自分達を指して下された評価に、シアンは顔をしかめる。


「勝てる、『かもしれない』……。オレ達四人の力を合わせて、ようやくギリギリリウと勝負になるレベルってことか?」


『そうだね。正直、リウ相手でも結構キツいと思う』


「……、」


 はっきりと告げられ、唇を噛む。


 地上で活動している『民』の実力は、シアン個人よりも明確に上だ。だから測り切れていない部分があったが、ユキアやムクドリ達の能力もかなり高い。四人合わさればリウぐらいならなんとかなると思っていたが、それも甘い見立てだったのか。


『リウは地上で行動してる『民』の中ではだいぶ下の方だけど、それでも相当な力を持ってる。君達が四人集まっても、全滅する可能性はまだまだ高い』


「……だとしても、今捕まってる人質を見殺しにする選択肢はオレにはねえよ。それに、お前が力を貸してくれるんなら勝率は更に上がるんじゃねえのか?」


 キィには、協力な仲間がいるという話だ。彼女本人の力は未知数だが、今よりも戦力が増えるのならリウ一人を相手取るのも難しくないはずだ。


『いや、残念ながらアタシやアタシの仲間は一緒に戦うことはできないよ』


「え……そうなのか」


「協力する」という言い方だったので共闘できるのかと思っていたが、違ったのか。


『それができればよかったんだけどね。リウはあれで引き際を弁えている男だから、自分より明らかに強い敵が相手だと逃げちゃうんだよ。その点君達は実力が拮抗している、というかリウからすれば自分の方が強いと思ってるだろうから、君達が戦うのが一番奴を倒せる可能性が高いんだ』


「……なるほど」


 確かに、リウは負けるとわかっている戦いはしない性格だった。シアン達にキィが加わって天秤が逆転したら、即座に逃げ出す可能性が高い。


『だからここは、本業の方の仕事をさせてもらうよ』


「……本業?」


『言ったでしょ? アタシは情報屋。君が欲してる情報を、提供させてもらうよ』

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