第25話 幼女の話


★ユキア・シャーレイ



「リウ……? いや、特に情報は来ていないな。旅人が消息を絶ったという話も聞いていないし、こちら側に現れてはいないんじゃないかな」


「そうか、助かった。ありがとう」


 北門の門衛に礼を言い、ユキアは踵を返した。


 シアンとムクドリが鍛錬を始めてしまったらしいので、残ったユキアとシャルマはリウの居場所の情報がないか聞き込みをすることにした。西門から北門にかけて門衛や酒場の店員を当たってみたが、情報は一切得られていない。


 ――奴から逃げてまだ一日しか経っていないし、手がかりが見つかる可能性の方が低いからな……。とりあえず、探れるだけ探っておくけど。


 門から続く広い通りを進むと、別々に聞き込みをしていたシャルマを発見する。


「うわあ、可愛らしいお子さんですね! お行儀もいいですし、すごく利発そうじゃないですか!」


 幼い女の子の頭を撫でながら、母親らしき女性と歓談していた。ユキアと話す時のような冷静な口調ではなく、気さくでフレンドリーな少年という感じの物腰だ。どう考えても、リウの情報を集めているようには見えない。


 シャルマはしばらく幼女の頭を撫で続けた後、笑顔で母親と別れた。


「ふぅ……堪能しぶぇっ!?」


「聞き込みをしろ」


 晴れやかな表情のシャルマの顔面に軽く手刀を叩き込む。シャルマは鼻を抑えて目を白黒させていたが、やがて目の前にいるユキアに気が付いた。


「あ……ユキアさん、そちらは何か情報を掴めましたか?」


「全然だよ。人が真面目に働いてる時に何やってるんだ君は」


「あんな可愛い幼女がいたら撫でるしかないじゃないですか」


「開き直るなよ……大体、ついさっき絵を描いたんだから幼女成分とやらを溜める必要はないんじゃないのか?」


「はあ……まったくこれだから理解のない人は」


 シャルマはやれやれという風に首を振る。


「いいですか? 幼女成分というのはなにも絵を描くためだけのリソースではないんですよ。人が優れたコンディションを維持するためには、澄んだ思考をし続けるためには、集中力を高めるためには、やはり幼女成分を摂取するのが何よりも――」


「それ以上意味不明な講義を続けたら次はグーでいくよ」


「あ、はい、すみません……ちゃんと聞き込みします」


 割と本気でイラッとしたので拳を見せつけて黙らせた。


 肩を落として通りを進むシャルマ。次は東門がある方角へ向かう。またサボらないよう、今度はユキアも一緒に歩く。


「……、」


 東門まではまだ距離があるし、こちら側には酒場もない。せっかくなので、話をしてみることにする。


「シャルマ」


「幼女の話ですか?」


「……、ムクドリについてだ」


「幼女の話ですね」


 ……いや、確かにムクドリは幼女だが、彼女に関する話を全て「幼女の話」と括るのも違くないか。こんなことを議論したくないのでスルーするが。


「ムクドリは、君の幼馴染なんだよな? 君は、まだ幼いあの子が命をかけて戦おうとしている現状をどう思っているんだ?」


 ムクドリが幼女であることも含めて、彼女はシャルマにとって大切な存在であるはずだ。ストイックな生き方で自分を追い込み『民』に立ち向かおうとする姿は、シャルマにどう映っているのだろう。


「…………、」


 歩を進めつつ、シャルマはしばらく黙っていた。ホルスターに入れられた、二丁拳銃形態の『カレイドスコープ』に一度手を添える。


「……一年前、ムクドリが奴らと戦いたいと言い出した時、僕は始め止めました。あの子の身を危険に晒したくなかったですし、戦ったところで勝負になるとは思えませんでしたし。二度とムクドリの頭を撫でられなくなるのも嫌ですしね」


 一瞬ふざけているのかと思ったが、シャルマの口調は大真面目だった。冗談を言う意図は全くなかったらしい。


「でもあの子は、静止なんて少しも聞きませんでした」


 ぎゅっと、『カレイドスコープ』を握りしめる。


「つい一年前まで、あの子は普通の子供らしく笑っていたんですよ。でも『民』に立ち向かうと決めた日から、彼女の笑顔は激減しました。物事への考え方も、あらゆる能力に対する向上心も、まるで別人のようになって……本当に別人のように、凄まじい勢いで成長していきました」


 ムクドリには元々、閃風流せんふうりゅうの技を使う才能があったという話だった。その才能を自力でこじ開け無理やり開花させた結果が、今の幼女らしからぬ強さ。齢十二にしてボスザルキメラを一撃で斬り殺すほどの、力。


「ムクドリの決意は……僕に止められるような生半可なものではなかったんです」


「……あのさ。ムクドリが戦う理由は、両親から受け継いだ閃風流を大切に思うからだろう? でももし『民』と戦って殺されたりしたら、その時点で流派は失われてしまう。あの子の行いは、自らの手で閃風流を廃れさせようとしているとも言えるんじゃないか?」


 ともすれば、せっかく仲間になったムクドリを戦いから遠ざけてしまいかねない質問だ。だが、見て見ぬ振りできる問題でもない。


 シャルマは、目を伏せて頷いた。


「ええ、そうですね。、それを指摘することで止められたかもしれません」


「え……?」


 ムクドリが嘘をついていた、ということか。だが岩石地帯で聞いた彼女の言葉からは、確かな強い意思が感じられた。


「もちろん、全てが嘘ではありません。ムクドリにとって閃風流は間違いなく大切ですし、『民』に勝つことで力を証明したいという思いもあるでしょう。でも心情の奥底にあるのは、純粋な復讐心です。結局あの子は、故郷や両親を殺した者達が許せないんですよ」


「……、」


 復讐。そういえばシャルマが始め『民』と戦う理由を話した時にも、その言葉を使っていた。


「それも、あの子にとっては必要なことですが」


「必要……復讐心が?」


「たった十一歳で、家族と故郷も失ったムクドリの悲しみは計り知れません。その心の傷を埋めるためには、少しでも痛みを紛らわすためには、怒りや憎しみなどの激情に身を任せるしかなかったんです。ムクドリ自身は、あくまで閃風流のために戦っていると思っているみたいですけどね」


「っ……」


 精神的苦痛を忘れるための回避行動。心に傷を負った者にとって、復讐に生きることは精神を安定させる要因にもなる。ムクドリの年齢でそんな生き方を強いられてしまっているという事実に、胸が詰まる。


「ですが僕も、『民』が許せないのは同じです。今もどこかの村で罪なき幼女が奴らに殺されているかもしれないと思うと、途方もない憎悪が湧き上がってきます」


「……『民』が殺すのは幼女だけじゃないけどな」


「あの子のためにも、僕はあの子を止められません。だから代わりに、一緒に戦うことにしました。そうして、共にあの極悪非道な人でなしに天誅を下してやるんです」


 そこまで言い切って、シャルマはようやくカレイドスコープから手を離した。空いた手のひらを、再度握る。


「敵は強大かもしれませんけど、僕はムクドリを死なせるつもりは微塵もありませんよ。あの子には絶対に『民』に勝って、生きてもらいます。そのためなら、僕だっていくらでも命を懸けます」


「……、」


「幼女を死なせるなんて、この世で一番の損害ですから」


「あ、べつにムクドリが特別というわけでもないんだね……」


 変わり者ではあるが、シャルマの信念は本物のようだった。


 他人のために、命を懸けられる。大切なもののために、全力で戦える。ユキアもシアンを生かすために戦うつもりだが、シャルマはそれを不特定多数の幼女のために行うのか。


「……案外、君みたいな人が将来英雄として名を残したりするのかもな」


「なんですか突然? 褒めても撫でませんよ」


「褒めても何も出ませんよみたいに言うな。べつに撫でられたくないよ」


 シャルマの幼女好きも、「英雄色を好む」という言葉が当てはまったりするのだろうか。そんなことを、ぼんやりと考える。


「ムクドリの復讐を成功させるのは絶対ですが、僕の希望としては『民』にはいなくなってほしいです。そういう意味では、シアンさんの目的には全面的に協力したいですね」


「……ああ」


 長が死ねば、『魅魁みかいの民』に大きな打撃が与えられる。


 もし長が死んで『民』が弱体化したら、各国に『民』の存在を明かして殲滅を計るという話も現実味を帯びてくるかもしれない。


 無論弱体化しようが、『民』を殺し尽くすには相当な犠牲が出るだろう。人を死なせることを何よりも恐れるシアンには話せないが、いつかこの案を実行に移す時が来るかもしれない。


「……そうだな。お互い人の目的をサポートする者同士、頑張ろう」


 ここでようやく二人は東門にたどり着き、聞き込みを再開した。

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