第22話 幼女成分


★シアン・イルアス



 シャルマはサンセマムに着き、旅行者の証を門衛から受け取るや否や、真っ先に町の北にある孤児院へと直行した。


 シアン達も少し遅れて孤児院に着いてみると、子供達と遊びながら満面の笑みを浮かべているシャルマの姿があった。


「ねえシャルマにぃ、粘土でキメラを作ったよ、見て!」


「わあ、かっこよくできてるね。迫力が感じられるよ」


「シャルマ兄、お人形遊び、しよ?」


「いいよ、こっちの方でやろうか」


「わたしね、この前シャルマ兄に教えてもらったやり方で紙飛行機作ったんだよ! すごく飛んだの!」


「へえ、後で一緒に飛ばそうか。僕ももう一枚折ってみるから、紙を持ってきてくれる?」


 木造の建物の中、十歳にも満たないような小さな子供達がすごい勢いでシャルマに群がっていた。


「……なんか、すげえ人気だな」


 孤児院の入り口で中を眺めながら、シアンが呟く。ユキアも隣で複雑な表情をしていた。ちなみに二人とも、街中なのでフードと帽子を被っている。


「この孤児院は女の子が多いから、シャルマのお気に入りなのよ」


 建物の外壁に背を預けながら、冷めた口調でムクドリが言う。彼女にとっては見飽きた光景のようだ。


 結構な額を寄付したらしく、職員らしき女性が何度もシャルマにお礼を言って頭を下げている。意外とシャルマはお金持ちなのだろうか。


「でも、あいつ……その、ロリコン、なんだよな……?」


「あなたがどういう想像をしてるのか知らないけど、べつに女の子に害を与えるような人ではないわよ」


「ん、そうなのか……?」


 首を傾げるシアンに、ムクドリはシャルマを指差してみせる。


「よく見て。シャルマの手を」


「手……? そういや、ことあるごとに子供達の頭を撫でてるみたいだが」


 子供達と遊びながら、シャルマは一人一人の頭を撫でている。だがよく見ると、女児しか撫でていない。男児からも慕われてはいるようだが、対応にいくらかの違いがあった。


「シャルマはね、幼い女の子の頭を撫でることを生き甲斐にしているのよ。それ以上のことは何もしないわ」


「確かに無害っちゃ無害だけど、なんだその生き甲斐!?」


 傍から見る分にはただの人気者だし、撫でるのが頭である以上何の問題もない。なので人の性癖にとやかく言うつもりは全くないのだが……それを生き甲斐にしてしまっていいのか心配になってしまう。


 今はシャルマも少年と呼べる年齢なので、子供達と戯れていてもおかしくはない。だが年を重ねると不審者扱いされる可能性もあるし、協力関係になったシアンとしては少し自重してほしい。


「ねえシャルマ兄、あたしが大きくなったら結婚してくれる?」


「ごめんね、僕は小さい子にしか興味がないから、大きくなったら結婚できないんだ」


 ……いや、まず大きくならないと結婚自体ができないのだが。遠回しな一生独身宣言だった。


 というか、幼女に対してもあけっぴろげすぎないか。


「……ムクドリも、頭を撫でられることがあるのか?」


 恐る恐る、ユキアが尋ねる。ムクドリは気にした様子もなく肩を竦めた。


「孤児院が近くにない時はよく撫でられてるわ。お金稼ぎにもなるし、もう慣れたけど」


「え、あいつお前にお金払って頭撫でてんの? 犯罪感やべえな……」


「あ、違っ、そういう意味じゃなくて……っ」


 ドン引きするシアンに、ムクドリが慌てて首を振る。


 幸い誤解だったようだが、ムクドリが詳しい説明をする前にシャルマが戻ってきた。とても晴れやかな表情をしていた。


「ふぅ……堪能した」


「…………」


 ……可愛い子供の頭を撫でたいという欲求はべつにおかしいと思わないが、過剰に満たされたようなリアクションに顔をしかめてしまう。


「なんですか? 僕が幼女成分を補充したことに不満でもあるんですか?」


「え、なに幼女成分って……」


 初めて聞く言葉だ。おそらくシャルマの造語だろう、というか造語であってほしい。


「この湧き上がるインスピレーションを無駄にしたくありません。シアンさん、この近くにサンセマムの町を一望できるような場所はありますか?」


「なんだよ、まだ何かやるのか? ……丘の上にある公園なら、見晴らし良いとは思うぞ」


「よし、そこに行きましょう。案内してください」


「……、」


 この少年、礼儀正しく見えるが意外と我が道を行くタイプだ。助けを求めるようにムクドリの方を見る。


 ムクドリはポリポリと頬を掻いて苦笑いした。


「……ここは言う通りにして。悪い結果にはならないから」





 見晴らしの良い公園に着いたシャルマが行ったのは、絵を描くことだった。


 取り出したスケッチブックに、サンセマムの風景を描いていく。使っているのは鉛筆と色鉛筆だけだったが、目を見張るような速度と画力だった。


「すげえ……素人のオレにもメチャクチャ上手いってわかるほどの絵がどんどん出来上がっていく……」


 公園のベンチに座って鉛筆を走らせるシャルマを後ろから眺め、シアンはあんぐりと口を開けていた。


 同じくシャルマの絵を覗き込んでいたユキアが、顎に指を添える。


「このタッチ……『マジナ』のものに似ているな」


「ん、なんだそれ?」


「最近話題の画家だ。鉛筆と色鉛筆だけで息を呑むような絵をいくつも描き上げていて、その絵は相当な高値で取引されている。ただマジナの素性は謎とされていて、年齢や性別も知られていないんだ。…………」


「…………」


 シアンとユキアの顔が、ゆっくりとムクドリの方へ向く。視線への返答は、首肯だった。


「お察しの通り、マジナの正体はシャルマよ。本名の『シャルマ・ジナー』の中間だけ切り取ってペンネームにしたの」


「……こいつ、そんなすげえ人なの?」


 幼女の頭を撫でて「堪能した……」とか言ってた姿とのギャップが凄い。思わず眉間に皺を寄せてしまう。


「シャルマは絵を描くことに関しては昔から天才的だったわ。でもその力はいつでも発揮されるわけじゃなくて、幼い女の子の頭を撫でた後じゃないとうまく描けないの」


「は? え? 幼女と画力に関係あんの?」


「シャルマが言うには、幼い女の子の頭を撫でると『幼女成分』とかいうのが蓄積されて、それが上手な絵を描く原動力になるらしいわ。絵が高値で売れるからお金は簡単に稼げるんだけど、撫でる対象がいない場合は私が頭を差し出す必要があるのよ」


「あー……さっき言ってた『お金稼ぎ』ってそういう意味か」


 幼女の頭を撫でると絵が上手くなる。とんだ面白人間がいたものである。お金に困らなくなりそうなのは助かるが。


「天才は変な奴が多いって本当なんだな……」


「君も暗殺の天才なんだろう? 実はシャルマみたいな特殊な性癖があったりしないのか?」


「ねえよ、一緒にすんな」


「本当は?」


「本当はってなんだ。マジでねえんだよ」


 失礼な疑いをかけてくるユキアを押し返し、ふと気になったことをムクドリに尋ねる。


「マジナの年齢や性別が謎だって話だったけど、どうやって絵を売ってるんだ? シャルマが直接人に売りつけてるわけじゃねえってことだよな?」


「ええ、子供だとどれだけ絵が良くても正当な評価が得られないことも多いからね。絵はまずキィさんに渡して、キィさんが更に別の人を使って各地のお金持ちに売ってくれるのよ。仲介料は取られるけど、マジナが子供だと知られるよりはずっといいわ」


「……え?」


 ユキアがパチパチと目を瞬かせる。


「キィって、一年前に君達を助けた女性だよな? 確か、喧嘩別れになったって言っていなかったか?」


「別行動を取っているだけで、関係自体は今も続いているわよ。『民』関係の話は一切してくれないけど、それ以外の情報交換はしてるし、たまに会って絵を売るための仲介をしてもらってるわ」


「そうだったのか……紛らわしい言い方しやがって」


 ジロリとシャルマの方を睨む。と、絵が完成したらしくシャルマがベンチから立ち上がった。


「今回も、良い物が描けました。……あれ、僕なんかまた睨まれてます?」


「……シャルマ。キィって女とは、今もやり取りが続いてるのか?」


「ええ、まあ。定期的に通信で話したりしていますよ」


 さらっと答えるシャルマに、少し脱力する。


 シアンの予定としては、新たな仲間であるシャルマ達と共にリウを見つけ出し、捕らえるつもりだった。そうして、他の人型ストレイの情報を吐かせつつワープストレイを奪うのだ。


 ワープストレイは、機能停止させておけば他の『民』が飛んでくることはない。そのためリウを倒したらすぐにエクリプスには乗り込まず、涅槃ネハン戦のための戦力を一旦探そうと思っていた。


 だがキィと接触が可能ならば話は変わってくる。キィは『民』と敵対していて、かつ複数人の『民』を殺せる力を持つ仲間もいるらしい。まさに、シアンの求める同志達だ。できるなら、リウと戦う前に会っておきたい。


「キィさんに、『民』と戦うための協力を頼むんですか? 僕達も一年間頼み続けていますが、頑なに応じてくれませんよ?」


「オレ達が同行してる今でも断るかどうかはわかんねえだろ。その女としても、元『魅魁みかいの民』であるオレのことは無視できねえはずだ。通信で連絡できるんだよな、今繋がるか?」


「あ、いえ、それなんですが……」


 シャルマが耳に付けているアクセサリーを外して見せる。緑色の鉱石が付いた通信機器『グリーンストーンフォン』だ。ルサウェイ大陸で広く使われており、一般的に『グスフォ』と略されている。


 操作する際には連動している手のひらサイズの操作盤を用い、別のグスフォを登録しておくことで、お互い遠距離でも通話が可能になる。


「グスフォか。さっきシャルマとムクドリが遠距離で連携してたのはそれを使ってたんだな」


「便利ですし、持っていないのならシアンさん達も買った方が良いですよ。……それはともかく、僕はキィさんのグスフォを登録はしていますが、いつでも通話できるわけではないんです」


「どういうことだ?」


「キィさんはかなり忙しい人らしくて、なかなかまとまった時間が取れないらしいんです。だから僕とキィさんが話せるのは数日に一度、特定の一時間だけなんですよ。それ以外の時間に連絡しても、通話を拒否されてしまいます」


「……そう、なのか」


 何をしているのかわからないが、数日に一度しか話せないというのは相当だ。『民』への対応のため広範囲で活動しているのだろうか。


「まあ、全く会話できないよりはずっとマシか。次話せるようになるのはいつだ?」


「明日の夜の二十一時です」


「お、割とすぐだな」


 サンセマムの中にいれば、リウに襲われる心配はない。もし『民』が増援を投入したら町ごと滅ぼすことも可能だろうが、リウは団体行動を極度に嫌っているし、そもそも奴らがそこまで目立つ行動を取ることはあり得ない。


「……じゃ、とりあえず明日の夜まで休息とするか」

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