第21話 協力


★シアン・イルアス



 シャルマとムクドリに、シアン側の背景を全て話した。


 元『魅魁みかいの民』であること。出来損ないの人殺しで、二年前に逃げ出したこと。罪の意識から『民』の長である涅槃ネハン打倒を決意したこと。今はリウを追っていて、昨日からユキアと手を組んでいること。


「…………そうですか。命をかけて、『魅魁の民』と……」


「…………」


 聞き終わったシャルマとムクドリは、俯いて黙り込んでしまった。さー……っと、二人の額を冷や汗が伝っている。


 そんな二人の前で、ユキアが仁王立ちする。


「つまり君達は百パーセント勘違いで、『魅魁の民』と戦うという同じ志を持った善人であるボク達を一方的に攻撃してきたわけなんだよね。はい、何か言うことは?」


「「ごめんなさい……」」


 反論の余地などあるはずもなく、項垂れて謝る。それを見て、ユキアはにや~っと笑みを浮かべる。


「あーいたたた、さっき斬られた腕が痛むなー。もっと謝ってくれないと割に合わないなー。ねえムクドリ?」


「え、さっき蒼い炎で治って……あ、いやその、ごめんなさい……」


「シャルマも、随分とシアンの身体に穴を開けたみたいじゃないか。すぐ回復するから撃っていいと思ったの? いっぱい撃ちたかったの? トリガーハッピーなの?」


「いえトリガーハッピーではないですが、焦って乱射してしまったのは事実なので本当に申し訳ないです……!」


「謝罪に誠意が感じられないなぁ。もっとこう、頭を地面に擦り付けて……」


「ユキア、その辺にしとけ」


 ここぞとばかりに二人を責め立てるユキアを再度下がらせる。


「あんまり年下を虐めんなよ。オレは撃たれたこと大して気にしてねえし」


「目覚めた年から数えるとボクが一番若いけどな……。というか、君はもう少し怒るべきだろう。もう回復したとはいえ、結構な重症を負わされてたじゃないか」


「いいんだよ。オレは痛みへの不快感も麻痺してるし、何発も喰らったのだって捨て身で突進したからだしな」


 言いたい事が全くないわけでもないが、シャルマ達を糾弾しすぎるとこの後の話がしづらくなる。ユキアが色々言ってくれたので、ここは自分が制止役になってバランスを取っておく。


「シャルマ、ムクドリ。『民』への復讐を考えているって話だったが、村を滅ぼした奴らはロシルバ以外もう死んじまったんだよな? じゃあ、ロシルバを殺すのがお前らの目的か?」


「……殺そうとまでは考えていないわ。でも、あの女を見つけ出して戦いたいっていうのはその通りよ」


「殺さないってことは、見つけたら警察にでも突き出すのか?」


「まあそうなるわね。私にとって大事なのは、閃風流せんふうりゅうの技であいつに勝つことだもの」


「……センフウリュウ?」


 聞き慣れない単語のため聞き返す。ムクドリはユキアが持ったままの刀型ストレイに目を向けた。


「私のご先祖様達が長い時間をかけて作り上げた刀の流派よ。百年近く研鑽と相伝を続けていて、その刀……『疾刀しっとう風束しづか』の力を最大限発揮するための技がいくつも編み出されているわ」


「カッコいいよねっ」


 ユキアがちょっと鼻息荒くしていた。こういうところは確かに一番年下っぽい。


「私も幼い頃から、その技を伝えられてきたわ。私には才能があるって、お父さんはいつも褒めてくれた。……でも私の力は『民』の一人にすら届かなくて、シャルマと一緒に殺されかけた。お父さんもお母さんも、他の村の人たちも全員殺された」


 ムクドリの口調に、闘志の熱が灯っていく。声音は静かなまま、感情が込められていく。


「あんなクズ達によって閃風流が消されたら、ご先祖様達が百年かけて伝えてきた努力が全部否定されるようなもの。閃風流は、そんな有象無象のザコ流派じゃないわ……! だから私はこの技であの女を討って、力を証明するの」


 十二歳ほどの少女とは思えないような、意思に満ちた言葉だった。纏っている張り詰めた空気だけで、肌が切られそうなほどに。


 ムクドリはつい一年前まで、村で暮らす普通の子供だったはずだ。彼女がここまでの戦意を燃やすに至る決意の強さは、計り知れない。


 ムクドリの隣で座るシャルマに、顔を向ける。


「お前も、閃風流の力を証明したいのか?」


「いえ、僕は流派に属した人間ではないのでその部分の拘りはありません。……ただ、純粋に故郷を滅ぼした者達が許せません。僕が直接戦った男はもうキィさんの仲間に殺されたようですが、奴らを率いていた女が今も大陸のどこかで楽しく暮らしていて、また小さな村を焼き払おうとしているなんて耐えられません。なので、ムクドリと一緒に復讐を考えているんです」


「……なるほど」


 頷く。彼らなら、問題なさそうだ。


「よし。ここで一つ、お前らの標的であるロシルバって女についての情報提供だ。あいつも最上位の『民』だからワープストレイを持ってはいるが、地上が好きじゃねえらしくて『民』の町にいることが大半だ。戦うなら、あそこに乗り込む必要がある」


「え……それって」


「だからな。お前ら、ここは協力し合わないか?」


「「……、」」


 シアンの提案に、シャルマとムクドリは黙り込む。だが、彼らもなんとなくこの展開を予想していたのだろう。それほど驚きは感じられなかった。


「理由や細かい目的に違いはあれど、オレ達はみんな『魅魁の民』の打倒のために行動してる。そして、涅槃もロシルバも『民』の拠点にいる。だったら、少なくともその拠点に着くまでは一緒に戦うべきだろ」


 シャルマとムクドリは既に『民』について知っているし、自分から『民』と戦おうとしている。実力もそれなりに高い。リウからワープストレイを奪うところまでは力を合わせるのがいいだろう。


 肝心の涅槃戦にまでは付き合わせられないが、シアンの欲していた戦力増強だ。リウを四人で相手できるというのは大きい。


「ユキアも、文句ねえか? 腕斬りつけてきた奴と仲良くできなさそうってんなら考えるけど」


「何発も銃で撃たれた君が率先して迎え入れようとしてるのにそんなこと言わないって。ボクも異論ないよ」


 ユキアは肩をすくめて答える。ならば後は、シャルマ達側の意思の問題だ。


 シアンは、『民』に強制されてとはいえ人を殺したことのある人間だ。その事実が、明確な壁になってしまう可能性も十分にある。


「……ねえ。その、シアン、だったかしら」


 ムクドリが、こちらの表情を窺うように見上げてくる。


「あなたは……私みたいな子供が命懸けで戦おうとしてることに、口出しとかしないの?」


「うん? 口出し?」


「私はまだ十二だし、普通なら町で平和に遊んでるような年頃でしょう。そんな子供が、流派を背負うとか復讐だとかで戦うなんておかしい、みたいに思わないの?」


 シアンの顔をじっと見て、尋ねてくる。


 確かに、ムクドリはまだ幼い。命の使い方を決めるのは、早すぎるのかもしれない。

 だがシアンには、止めようという思いはなかった。


「だってお前、マジのマジで命懸けてるじゃねえか」


「え……?」


「お前の戦闘能力も、立ち居振る舞いも、物事への考え方も、とても十二歳には思えねえ。それこそ『魅魁の民』みてえな特殊な環境にでもいないと、そのレベルには至れないんじゃねえかな。お前は故郷を失ってからの一年間、壮絶な生き方で自分を高めてきたんじゃねえのか?」


『魅魁の民』は、生まれや育ちからして普通の人間とは違う。一人の幼い村娘が太刀打ちできる相手ではない。


 それを理解しているからムクドリは、以前までの自分を捨てたのだろう。子供であることを捨て、普通であることを捨て、弱者であることを捨てた。今までのムクドリの言動から、その生半可でない努力の日々を感じられた。


「お前は、一切の遊び無しで『民』を倒そうと考えてる。だったら、オレが口出しするのは野暮だろ。一人の戦士として扱わないと、失礼すぎる」


 ムクドリは一人の剣士として、シアンの足運びから『魅魁の民』であることを見破った。シアンもまた、戦闘技術を高めようとする一人の戦士として、ムクドリの研鑽を感じ取っていた。


「だからオレは、守ってやる必要のある子供じゃなくて、十分な力を持った刀使いであるお前に協力を仰いでるんだ。……ま、そもそも『民』の中で生きてきたオレには、子供は平和に遊ぶのが普通って感覚があんまりないんだが」


『魅魁の民』は子供の頃から殺人の技術を教え込まれるし、子供達自身も喜んで戦闘能力を向上させていく。二年前まで属していたコミュニティの常識は、まだ完全には払拭されていない。


 ムクドリはしばらくシアンを見つめていたが、やがてふっと口元を綻ばせた。


「……そう。私も、共闘するのに文句はないわ」


 本心で答えただけだったが、ムクドリにとっては満足な返答だったようだ。少しほっとする。


 緩んだ表情のまま、ムクドリは傍らの少年に目を向ける。


「シャルマはどう?」


「僕も、君がいいならむしろ歓迎だよ。『魅魁の民』については情報不足すぎるから、彼らの助けが不可欠だしね。人を気に入ることの少ない君が認めたことからも、協力相手として申し分なさそうだし」


「……べつに気に入ってはいないわよ。手を組む相手として悪くはないって思っただけ」


 ぷいと顔を背けるムクドリに苦笑して、シャルマはこちらに顔を戻す。


「シアンさん。あなたの提案、乗らせてください。『魅魁の民』との戦いに、あなた方の力を貸してほしい」


「おう、任せとけ。オレも、お前らの力を当てにさせてもらうぜ」


 既に『民』と戦う覚悟を決めたシャルマ達には、元人殺しである事実など大した問題ではなかったようだ。


 二人を縛っていた縄を解き、ストレイを返す。各々、服に付いた砂を払ったり身体を伸ばしたりする。


「……そういやお前ら、サンセマム行きのカバ車に乗ってたってことはあの町に用があるのか?」


「いえ、確かにサンセマムを目指していましたが、特段目的があったわけではありません。『民』の情報を求めて各地を回っていく中でたまに立ち寄る場所の一つ、というだけです。個人的には、町の中にある孤児院に行くのが少し楽しみですけど」


「ん? 孤児院?」


「はい。僕はロリコンなので、孤児院がある町に寄った時はかならず寄付に伺いつつ幼女と戯れるんです」


 なんでもないことのように、シャルマは言った。それまでと同じく、丁寧で真面目な雰囲気のまま。


「「…………」」


 シアンとユキアは、黙り込んでシャルマを見つめる。十二歳幼女のムクドリの方を一度見て、またシャルマに視線を戻す。ちなみにムクドリは、呆れた表情でため息を吐いていた。


 腕を組み、空を仰ぐ。


 ――こいつ、仲間にして良かったのかな……??

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