第20話 情報共有


★シアン・イルアス



 シャルマの両手首と両足首を縛ったところで、気絶したムクドリを連れたユキアが戻ってきた。


 岩塊の上だと目立つため、まず地上へと降りる。シャルマの近くに旅の荷物も置いてあったため、それも一緒に下ろした。ムクドリも手足を縛った上で揺り動かし、目を覚まさせる(一応女性への配慮ということで、ムクドリへの対応はユキアに任せた)。


「……それじゃ、話してもらおうか。お前ら、なんで『魅魁みかいの民』について知ってる? オレ達を攻撃してきた理由はなんだ?」


 後ろ手に縛られ座り込んだ二人を見下ろして、シアンは問いかける。


「…………」


「…………」


 シャルマとムクドリは無言のまま、シアンを睨みつけてくる。二人ともストレイは取り上げたままなので、それ以外の抵抗はできない状態だった。


 沈黙が続き、シアンの隣に立つユキアが鼻を鳴らす。


「だんまりとは見上げた態度だな。あまり反抗的だと、ムクドリの下着を脱がしてシアンに食わせるぞ」


「食わねえよ。人を洒落にならない変態に仕立て上げようとするな」


「む。シアン、そこは話を合わせてくれないと情報が得られないだろう」


「情報の代わりにオレの色んなものが失われるんだよ! そういうのいいから普通に話聞こうぜ」


 とんでもないキャラ印象を植え付けようとするユキアを下がらせ、しゃがみ込んで二人と目線を合わせる。


「まず一つ、お前らが勘違いしてるっぽい部分を訂正させてもらう。オレは、『魅魁の民』じゃねえ。少なくとも今はな」


 二人が『魅魁の民』と敵対する立場にあるのであれば、ここを解消しておかないとまともに会話すらできなさそうだ。


 幸いムクドリは沈黙を破り、口を開いてくれた。


「……どういうこと? 以前は『魅魁の民』だったの?」


「オレの詳しい背景については、お前らが質問に答えた後だ」


 ムクドリの問いには答えない。話の主導権を握りたいというのもあるが、シャルマとムクドリが『民』のことをどこまで知っているかわからない以上、下手に情報を与えない方がいい。必要以上にシアンの事情に巻き込ませてしまう恐れがあるからだ。


 ムクドリは不機嫌そうに顔をしかめた後、シャルマの方を見た。シャルマはその視線を受け、薄く頷いた。


「……僕達は一年前、『魅魁の民』に故郷の村を滅ぼされました。なので、復讐を考えています」


「……、」


『民』が定期的に行っている、小さな村の殲滅。序列の低い『民』を一時的に地上に出し、人間狩りという名のお遊びをさせるというものだ。


『民』が地上に出るためには、彼らが持っているワープストレイを使う必要がある。そのため人間狩りは、地上で活動しワープストレイを持ち歩いている最上位の『民』が先導して行われる。シアンは二年前、先導役だったリウを振り切って逃げだした。


 また、対象として選ばれるのは孤立していて他の町と交流がほとんどない村だ。そうすることで村が消えても周囲に知れ渡ることがなくなり、『民』の存在が露呈しなくなる。


「……『僕達』って、お前ら同郷なのか? ムクドリは見るからに日和ひより出身に見えるけど」


 ルサウェイ大陸の東側に位置する小国『日和』。ムクドリが着ている着物も、黒く美しい髪も、刀を使った戦い方も、日和出身者に見られる特徴だ。


 だがムクドリはかぶりを振った。


「私の両親は日和で生まれたけど、旅が好きで各地を回っていたの。そうして最終的にシャルマのいた村に留まって、そこで私が生まれたのよ。シャルマとは、三歳離れてるけど幼馴染になるわね」


「なるほど……」


 日和出身の親に育てられはしたが、生まれも育ちも日和ではなくシャルマの出身地ということだ。日和でなくても町や行商などから着物を買うことはできるし、ムクドリが着ているのもそうやって手に入れたのだろう。


 そして二人が住んでいた村が、『魅魁の民』に狙われてしまった。


『民』が村を襲うこと自体はおかしくないが、疑問が残る。


「村が滅ぼされたなら、なんでお前らは生きてる? あいつらが子供二人殺し損ねるとは思えねえんだが」


 シャルマとムクドリは年齢に似合わぬ戦闘能力を有しているが、『魅魁の民』ほどではない。複数人で村を襲った『民』が相手では、戦って勝つのも逃げ切るのも不可能のはずだ。


「キィという名前の女の人が助けてくれたんです」


「キィ……?」


「情報屋を名乗っていましたが、僕も詳しい素性はわかりません。ですが彼女が仲間と協力して、敵を返り討ちにしてくれたんです。奴らが『魅魁の民』という集団であることも、キィさんから聞きました」


 ……『民』を返り討ちにしたというのは、相当な技能だ。子供を助け出したということは、『民』の犠牲者を減らそうとしているのだろう。シアンと同じく、『民』の存在を認知しつつ敵対している人物ということか。


「村を襲った『民』の中に、周りの奴らを率いてる奴がいたよな? そいつは別格の力を持ってたはずだ。そのキィとかいう女達は、全員仕留めちまったのか?」


「いいえ……私も満身創痍だったからはっきりとは見ていないけど、ロシルバっていう女にだけは逃げられたそうよ。それ以外の『民』は、全員首を刎ねられて殺されてたわ」


「ロシルバ……あいつか」


 口内で名を呟く。


 シアンと同年代だが、高い実力があり序列もトップに近い。彼女もワープストレイを持っているが、地上を好まず『民』の住む町に籠っていることが多かった。


「……そのキィって女とは、一緒に行動してはいないのか?」


「ええ。キィさんは、僕達には『民』と関わらずどこかの町で平和に暮らしてほしかったようで、僕達が復讐を決意したことで口論になったんです。最終的に、『復讐の旅に協力はできない』って言われて、別行動を取るようになったんです」


「そうか……」


『民』と戦う同志がいるのなら協力を求めたかったが、一年も前に別れているのならもう居場所はわからないだろう。


 気にはなるが、それよりも今は目の前にいる二人の方が重要だ。


「……ちなみにお前ら、今までどれだけの人間の前で、『民』の名前を口にした?」


 硬い口調で問う。


『魅魁の民』は、自分達の存在を知っている者を残らず殺す。シャルマとムクドリが仇を探すため各地で聞き込みをしていたのなら、訊かれた者達にも危険が及ぶかもしれない。


「いえ……『魅魁の民』を知っている人は、奴らから狙われるんですよね? キィさんがそう言っていました。無関係な人を巻き込むわけにはいかないので、僕達側から『魅魁の民』の名前を出すことはしていません」


「あ……そうなのか」


 ほっと胸を撫で下ろす。やはりキィという女性は、なるべく人が『民』に殺されないようにしているようだ。


 だがムクドリは、渋面のまま嘆息した。


「お陰で捜索はかなり難航したけどね。こっちから名前を出せない以上聞き込みも難しいし、小さな村の消失事件なんかを追っても情報はほとんど得られないし。そうやって一年間大陸を渡り歩いて、ようやく見つけたのがあなただったのよ」


 大きな瞳に見上げられる。あどけない顔立ちだが、視線は冷たい。


「あなたの足運びは、村を襲った『魅魁の民』の一人とすごく似てたわ。出身地を訊いたらはぐらかしたし、間違いなく奴らの仲間だと確信できた」


「シアン……君、もう少しうまく誤魔化せなかったのか?」


「うるせえな、子供だと思って油断してたんだよ」


 ユキアにジト目を向けられ、思わず顔を背ける。確かに、少し迂闊だったかもしれない。今後は気を付けることにする。


 ユキアの視線が、ムクドリの方へと移動する。


「しかし、ボクも襲われたということはボクも人殺しの仲間だと思ったのか? これでも割と誠実に生きてきたつもりだったんだけどな」


「……確かに、人型ストレイとして有名なあなたが一緒にいるのは違和感があったわ。でもあなたはその男の仲間だって言ったし、『魅魁の民』についても知ってるみたいだった。人殺しに加担してるってことじゃないの?」


「いや君、ボクがシアンの仲間だって言う前に斬りつけてきたじゃないか」


「あれは様子見よ。わざと浅く斬って、どう対応するか確認したの。そうしたらその男を連れて逃げたから、ああやっぱり『魅魁の民』の仲間なのかなって疑いが濃くなったわ」


 あの時シアンが引っ張るまでもなく、ムクドリは攻撃を掠らせるつもりだったようだ。確認のためとはいえ無罪の可能性がある者を傷つけるのはどうかと思うが。それだけシアンとユキアが他人に見えなかったということか。


「……あ、そうだ。良い機会だしちょっと試してみるか。ユキア、ちょっと傷見せてくれ」


「うん?」


 ユキアは首を傾げつつ、薄く出血している腕を出してくる。その傷口に手をかざし、蒼い炎で炙った。


 すると切り傷が見る見る治っていき、三秒ほどで跡形もなくなった。


「わ、もう痛くない……君のその力、他人も癒せたのか!」


「ストレイの身体にも効くかはわかんなかったけどな。超頑丈なこと以外は普通の人体みたいだし、普通に回復できたな」


 嬉しそうに手をにぎにぎするユキアに、少し安堵する。もし今後ユキアが負傷したとしても、不死鳥の力で治すことができそうだ。


 そんな様子を見ていたシャルマが、おずおずと口を開く。


「……あの。あなたは本当に、『魅魁の民』じゃないんですか……?」


 こちらの顔色を窺うように問うてくる。始めは疑っていたようだが、シアンを見ている内に「人殺しを愉しむ危険人物には見えない」と思い直したのかもしれない。


 シャルマ達にしてみれば、冷や汗ものだろう。殺人鬼だと思って攻撃した相手が、実は殺人鬼じゃなかったのだから。


「そうだな……お前らのことはざっと話してもらったし、今度はこっちの話をしようか」


 既に『魅魁の民』について知っているシャルマ達に、情報を渋る必要はない。包み隠さず話すつもりだ。


 何しろ彼らは、シアンの求めていた追加戦力になり得るのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る