第19話 辺境にあった村
★サエン・ムクドリ
ガルテラ村。それが、ムクドリの生まれた村だった。
両親は共に、大陸東にある『
村はかなりの辺境にあり、他の町や村との交流は無いに等しい。だが排他的ということは全くなく、余所者である両親を同じ村民として受け入れてくれた。ムクドリも、村の子供達と一緒に遊び、学び、成長していった。
特に仲が良かったのは、村長の息子である三歳年上のシャルマという少年だ。世話焼きで要領の良い彼は村の人気者だったが、ムクドリととある共通点があった。
その共通点とは、ストレイを使用することだ。ムクドリの両親は刀型ストレイ『
二人とも戦闘のセンスは高く、すぐに大人達に匹敵するほどにまで到達した。その後も互いをライバル視しながら、ぐんぐんと実力を高めていった。
ムクドリとシャルマがいれば周辺に生息するキメラも容易く撃退できるし、辺境のため盗賊が襲ってくることもない。故に村での暮らしは安定し、平和な日々が続いていた。
それが終わりを迎えたのは、今から一年前――ムクドリが十一歳の時。
一人の男が、村を襲った。
若い、おそらくまだ二十歳にも満たない青年だ。だが凄まじい戦闘技術を持ち、ムクドリとシャルマが二人がかりで立ち向かってもなお届かなかった。
「なに、こいつ……! 変な足運びで、全然捉えられない……」
ムクドリは肩で息をしながら、男と対峙していた。村は既に男の持つ槍型ストレイによって半壊し、何人もの村人が殺されていた。離れた位置で銃を構えるシャルマも、深手を負っている。
「ははは、ガキの癖に粘るじゃねえか。地上にもこんな奴がいるんだな。これだから村狩りはやめられねえ」
男は醜く口を歪めてせせら笑う。ムクドリの高速抜刀術は全て空を切っていて、敵は未だ無傷だ。
――シャルマ……!
目配せのみで意思を読み合い、二人同時に攻撃する。エネルギー弾と高速斬撃が交差し、男を襲う。
だが男は突如消え失せ、気づいた時にはムクドリの真後ろにいた。
「っ!?」
「意外と楽しめたぜ。じゃあな」
男の持つ槍型ストレイが光り、高密度のエネルギーが放たれる。
家屋を容易く破壊する威力だ。『風束』で強化されたムクドリの身体も、消し飛ばしてしまえるだろう。
「――ムクドリ!」
だが一瞬早く、シャルマが勢いよく体当たりしてきた。かろうじて直撃は避け、二人の身体は形を保ったまま吹き飛ばされる。
瓦礫の山に叩きつけられ、意識が消えかける。即死はしなかったが傷は深く、激痛に包まれた全身はピクリとも動かない。シャルマも近くに倒れているが、生きているかの判別もできなかった。
「へえ、直撃は避けたか。だがその傷じゃ、生きてはいねえだろ。無駄な努力だったな」
男はあざ笑うように吐き捨て、ムクドリ達に背を向ける。『風束』による肉体強化を見誤っているようだ。
九死に一生を得た。しかし、身動き一つ取れない状況だ。
「なんだ、まだこんな所で遊んでやがったのか」
村の奥の方から、少女の声が聞こえた。
薄れた意識の中、どうにか視線を向ける。四人、見知らぬ男女が歩いてきていた。そしてその後ろでは、村を構成していた全ての家が倒壊していた。
リーダー格らしき人物は、シャルマより少し年上ぐらいの少女だった。黒ずんだ桃髪と、獣のような鋭い眼光が目を引いた。
「あれ、ロシルバさん。村はもう終わったんですかい?」
年下であるはずの少女に、男は上目遣いで問う。それだけで、少女の方が遥かに上の立場であることが窺えた。
「歯ごたえのねえ奴らだったよ。少しやれたのはこの夫婦ぐらいか。でも、本来の力を発揮してねえって感じだったな」
ロシルバと呼ばれた少女はつまらなそうに、二つの死体を放り投げる。ムクドリの両親だった。
――――っ!
『疾刀・風束』は今ムクドリが持っているため、両親は『閃風流』の技を使えない。普通の刀を使用しても小型のキメラを狩れるぐらいの実力はあるはずだが、ロシルバには敵わなかったらしい。
「そいつら、
「ああ? じゃあてめえだけがストレイ使いとやりあえてたのか。ったく、久々に地上に出てきたってのに、刺激のねえ狩りだったぜ。……ちょっと待て、そのガキども、まだ息があんぞ」
ロシルバの鋭い瞳が、ムクドリとシャルマを見据える。恐怖が、胸の奥を凍り付かせる。
「う……っ」
歯を食いしばって起き上がろうとするが、身体は動かない。近くで倒れたシャルマも動いていないが、ロシルバが『ガキども』と言っていたことを考えるとまだ死んではいないのか。
「んだよ、まだ生きてたのか」
男が舌打ちし、歩み寄ってくる。槍型ストレイの矛先が、ムクドリの心臓に向けられる。
逃げられない。殺される。自分もシャルマも、両親と同じように惨たらしく死を迎える。
その時ムクドリの心に湧き上がってきたのは、怒りだった。死の恐ろしさよりも、家族を殺された悲しみよりも、こんな状況を引き起こした謎の五人組への憎悪が真っ先に表出していた。
その激情が、神に届いたのか。
風切り音と共に、男の頭部と胴体が斬り離された。
――え……?
「な、なんだ……!?」
ロシルバを含む四人に、動揺が走り抜ける。皆の視線が集中する中、首から上を失った男の体が地面に倒れ込んだ。大量の血液が、びしゃりと撒き散らされる。
異変は終わらない。謎の斬撃が続き、敵の首が次々に切断されていく。
「チッ……『トラ』に見つかっちまったか!」
ロシルバだけが斬撃を回避し、村の外へと逃げていく。
よくわからないが、自分は助かったらしい。湧いていた怒りの火が、安堵によって燻っていく。
精神が限界を迎え、視界が瞼に閉ざされていった。
「ん、う……」
「お、起きたかな?」
意識が戻ったところで、聞き慣れない女の声が聞こえた。目を開ける。
どうやら自分は、テントの中で寝かされているらしい。起き上がろうとすると、全身に激痛が走った。うめき声を上げてしまう。
「動いちゃだめだよ。治療はしたけど、まだまだ治ってないんだから」
「……、」
ゆっくり首を動かし、声のした方を見る。
丈の長いコートを着た女だ。ムクドリより一回りほど年上で、サングラスをかけている。
「どうも、情報屋『トラの威を借るイタチ』のキィだよ」
重傷を負っているムクドリへの接し方としてどうなんだと思うぐらい軽い口調で、女は名乗る。……名乗られても、よくわからなかったが。
「ここは、村から一キロほど離れた場所だよ。森の中でテントを張ってるの。君が寝てたのは二時間ぐらいかな」
「…………」
口を開く。傷が少し痛むが、声は出せそうだ。
「……私の村は、知らない人達に襲われてた。私も……殺されそうだった。でも突然、あいつらが殺されていくのが見えたわ。あれは、あなたがやったの?」
「うんにゃ、それやったのはアタシの仲間。今は別行動してるけどね」
ひらひらと手を振るキィ。そういえば、逃げる敵が「トラに見つかった」とか言っていた。『トラ』というのが、キィの仲間の呼び名なのだろうか。
「あの人達は……全員、死んだの……?」
「ううん。できれば全員殺しておきたかったけど、ロシルバっていう女だけは逃げられちゃった。逃げ足やばいね、あいつ」
「…………」
ロシルバ。ムクドリの両親を殺した張本人。そしておそらく、村を滅ぼしたあの集団を率いていた立場の人物。再び、怒りが湧き上がってくる。
「残念ながら、助けられたのは君とそこで寝てる少年の二人だけだよ。他には、生き残りはいなかった」
キィが示したのは、テントの向かい側に寝かされたシャルマだった。彼も、ギリギリで命を繋いだようだ。
「もっと早く駆けつけられたらよかったんだけど……ごめんね」
この時だけ、キィは声のトーンを落とした。ムクドリへの本気の謝罪、そしてできるなら全員を助けたかったという思いが感じられた。
「――――」
――そっか……みんな、死んじゃったんだ。もう、みんな、いないんだ……。
この時、ようやく、両親や村人を殺されたという事実に感情が追いついた。今更になって、悲しみが込み上げてくる。
「う……ううぅぅぅ……っ」
肩が震え、涙があふれ、止まらなくなる。十一歳の少女に、故郷を失ったという絶望が容赦なくのしかかってくる。
ムクドリが泣いている間、キィは黙って座っていた。正直、それが一番助かった。
今のムクドリは、怒りと悲しみで心がぐちゃぐちゃになっている。もしキィが頭を撫でたり肩に手を置いたりしてきたら、振り払って強い拒絶の言葉を放ってしまったかもしれない。そうしたら、ムクドリの心は更に乱されていただろう。
だから、ただ目の前でムクドリの感情と向き合ってくれたのが、たぶん、一番よかった。
まだ謎の多い女だが、キィは悪人ではないように思う。
「……私達だけでも助けてくれて、感謝してるわ。ありがとう」
やがて泣き止んだムクドリは、静かにそう言った。キィは、何も言わずに頷いた。
「あのさ。名前、訊いてもいい? そこの少年のも含めて」
「ええ……私は、サエン・ムクドリ。あっちは、シャルマ・ジナーよ」
「ムクドリお姉さんと、シャルマお兄さんか」
「……お、お姉さん?」
キィはムクドリよりだいぶ年上に見えるが……変わった呼び方をする人だ。
「…………、」
だが今は、キィの言葉遣いなどどうでもいい。
冷静さを取り戻してみると、訊きたいことがいくつもある。
「……ねえ、キィさんっていったわよね? あなたは、なんで私達を助けてくれたの? そしてあいつらは……なんなの?」
「……んー……」
問われたキィは、サングラスの奥で目を細めた。
何か、話しづらい理由があるようだ。だが、こちらも聞かずにはいられない。
「ねえ、教えて。私達は、あいつらに何もかもを奪われた。このまま何も知らないままでいることなんて、できないの……!」
強く、意思を訴える。痛む身体など、お構いなしに。
そんなムクドリを見下ろして、やがてキィは深く息を吐いた。
「……あいつらは、『
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