第18話 シアンVSシャルマ


★シアン・イルアス



 ユキアとムクドリが岩石群の向こうへ消えていってから十秒ほど。


 ようやく、腹の傷が完治した。岩陰に下ろしてくれたので、蒼炎で回復する様子をシャルマに見られることもなかった。


 ――さて……シャルマの相手を引き受けちまったけど、どうやってあいつがいる場所まで近づこうかね。


 シアンの攻撃手段は、基本的に血液を操る『紅滴腫こうてきしゅ』のみ。今はキラーキラービーの毒針もあるが、シャルマにこれを使うと殺してしまうので選択肢からは外れる。いずれにしても、戦う場合相手に接近しなくてはいけない。


 シアンの持つ隠密技術も、遠距離では効果が薄い。狙撃手の相手というのは、実際のところ得意ではなかった。負けるつもりは毛頭ないが。


 手鏡を取り出し、岩陰から突き出してシャルマの方を探る。かなり遠いが、岩塊の上にかろうじて姿が見えた。金髪の少年が、こちらに向けて狙撃銃を構えている。


「っ!」


 バリンと音を立てて、手鏡が砕け散った。撃ち抜かれたようだ。やはり、相当な狙撃の腕だ。


 鏡の破片が手に浅く傷を付けたが、蒼炎ですぐに治す。


 ――逃げたユキアは追わずに、隠れてるオレの方を見張ってやがったか。ユキアがわざわざ岩陰にオレを下ろしたから、警戒させちまったのかな。


 これで、シアンが回復していることがシャルマにバレてしまった。既に仕留めたものと油断してくれていれば、楽に奇襲できたのだが。


 ――ま、こんだけ隠れる場所があればどうとでもなるけどな。


 岩陰から飛び出し、突っ走る。すぐさま小さな光弾が飛んでくるが、足元を掠めるだけに留まった。そのまま、よりシャルマに近い岩塊の後ろへと飛び込む。


 上着の端を岩陰からはためかせ、そちらを撃ってきたところを反対側に飛び出して次の岩塊へ移動する。今度はすぐに動かず、十秒ほど間をおいてからまた上着だけ見せつけて撃ち抜かせる。ここで更に五秒ほどタイミングをずらし、相手が焦れてきたところで移動する。


 敵を翻弄する術は、いくらでもある。苦手な狙撃手が相手だろうと、シアンならば十分に隙を作れる。そうして、どんどんシャルマとの距離を詰めていく。


 ――狙撃手の強みは、相手が手を出せない位置から一方的に攻撃できることだ。でもだからこそ、敵が近づいてくるのは精神的な圧迫感がでかいよな……?


 シャルマが冷静さを失っていけば、よりこちらがやりやすくなる。距離が縮まれば縮まるほど、シアンが有利になっていくのだ。


 何度目かの移動により、細長い形の岩塊の後ろに跳び込んだ。他の岩と比べるとかなり小さめだったが、シアンの身体を隠すには十分だ。


 岩陰から次の潜伏場所を見定めていると――――轟音と共に、背にした岩塊が吹き飛ばされた。


「なっ……ぐ!?」


 ――爆撃!?


 全身をしたたかに打ち据えてくる岩の欠片から頭を守りつつ、シャルマの方を見る。


 シャルマの手にあるのは、狙撃銃ではなかった。色は同じく黄色だったが、大きな筒のような形をしている。持ち運べる大砲のようだった。


 シャルマが大砲の側面にある突起を捻ると、瞬く間に形が変わって狙撃銃に変わる。岩塊が失われ姿が丸見えになったシアンに、狙いを定めてくる。


 ――やべえ……!


 手のひらから血液の紐を伸ばし、一番近い岩塊に食い込ませる。紐を縮めることで高速移動を行うと、直前までシアンがいた場所を光弾が斬り裂いた。岩陰に滑り込み、間一髪で回避できたことに安堵する。


 ――そういやあいつの武器は、変形機能のある銃型ストレイだったか……。


 今隠れている大きめの岩塊ならば、爆撃されても吹き飛ばない。心臓の鼓動を落ち着かせつつ、倒れたカバ車近くでシャルマと会った時を思い出す。


 二丁拳銃にも狙撃銃にもなる黄色い銃。先ほどの大砲も変形パターンの内の一つだろう。爆発するエネルギー弾を撃ち出せるようだ。


 ――さっきの狙撃は、狙いづらい足を狙ってた。オレを殺すつもりなら真っ先に頭か心臓を潰すはず。それをやらないってことは、あいつはオレを殺す気がねえ。


 シアンは不死身なので、即死してもすぐに蘇生できる。だが蘇生までに数秒のラグがあるので、シアンと戦う場合一度殺すことは大きなアドバンテージになるのだ。シャルマがシアンを狙う理由は不明のままだが、少なくともシアンが不死身であることは知らないらしい。『民』の仲間ではなさそうだ。


 ――なら、さっさと終わらせちまうか。


 もしユキアがムクドリに苦戦していた場合加勢する必要があるし、こちらは短期決戦でいかせてもらう。


 再び、岩陰から岩陰へと飛び移る形でシャルマとの距離を詰め始める。シアンの接近により焦りが生まれているのか、短い間隔で何発も撃ってくるようになった。だが一発ごとの精度は下がっており、全く当たらない。


「……っ」


 互いの距離が数十メートルにまで縮まったところで、シャルマの銃がまた変形した。今度は始めに見た二丁拳銃だ。


 シアンに向け、乱射する。一発ごとの威力は大したことないので、頭と心臓を腕で守っていれば死ぬことはない。とはいえ当たり所が悪ければ即死もあり得るので、シャルマとしてもなりふり構っていられなくなっているようだ。


 今までの狙撃と比べれば狙いも何もあったものではないが、下手な鉄砲も数撃てば当たる。二の腕と腰を小さな光弾が掠り、鮮血が噴き出す。


 しかしシアンの足は、少したりとも減速しない。片手間に蒼炎で傷を治しながら、一気に岩石地帯を突き進む。


 ――生憎と、痛みじゃオレを止められねえんだよ!


 痛みを感じないわけではないが、それに対する恐怖や忌避感はない。シアンにとって、苦痛は日常の一つだ。


 負傷も死も、怖くない。故に捨て身の攻撃をいくらでも繰り出せる。これも暗殺能力に次ぐ、シアンの武器の一つだった。





★シャルマ・ジナー



「ク……ッ」


 迫ってくる青髪の少年に、シャルマは歯噛みした。


 二丁拳銃での乱射は、シャルマとしても選びたくない最終手段だった。他の『魅魁みかいの民』の情報を吐かせるためには、あの少年は生かして捕らえる必要がある。


 だが自分が殺されるくらいなら、こちらが殺してやる。ムクドリも、許してくれるはずだ。


 ――なんで止まらないんだ……! まるで痛みを感じてないみたいだし……この人、死ぬのが怖くないの……!?


 少年はいくつもの弾丸が飛来する中を、平然と突っ走ってくる。回復効果があるらしき炎を纏い、弾が掠っても即座に治してしまう。その様はシャルマの平静を乱し、更に銃を握る手を乱してくる。


 ――そろそろ、二丁拳銃の弾が切れる。それまでに仕留められなかったら、散弾銃で決めるしかなくなる……!


 シャルマの武器は、『万化銃ばんかじゅうカレイドスコープ』という名のストレイだ。


 色々な形の銃に変形でき、撃ち出すのは全てストレイのエネルギーで構成された弾だ。一つの形態になっている間、それ以外の形態の弾が一定時間ごとに補充されていく。威力が高いほどリロードに時間がかかり、先ほど岩塊を吹き飛ばした砲弾は一発撃てば三十分近く経たないと装填されない。


「っ、弾が……!」


 二丁拳銃の弾を撃ち尽くした。それぞれの銃を重ね合わせると、ラッパのような銃に組み変わった。小さなエネルギー弾を広範囲に飛ばす散弾銃だ。


 同時に、青髪の少年の手のひらから血液の綱が飛び出し、シャルマのいる岩塊の縁に突き刺さった。


「うわ……っ!」


 数歩退き、すぐさま散弾銃を構え直す。敵が高台の上にまで顔を出したところへ、ぶっ放してやる。


「…………、」


 だが、青髪の少年は姿を現さなかった。


 岩塊群を移動してくる時と同じように、タイミングをずらして姿を現すつもりか。


 ――いや……そう思わせて背後!


 確信には程遠い、あてずっぽうに近い勘だった。だがシャルマはそれを信じ、真後ろを振り向きトリガーを引いた。


 破裂音と共に飛び散った光弾の嵐は――――敵の身体を捉えていた。


 青髪の少年は、音もなくシャルマの後ろから迫っていた。岩塊の側面から回り込んできていたのだ。


 奇襲の仕方は読み通りだったが……正確な方向までは、予測しきれなかった。撃ち放った散弾は確かに少年に当たったが、あくまで脇腹から太腿を軽く抉るだけに留まっていた。


「惜しかったな……もし頭が吹っ飛ばされて即死してたら、蘇生まで動きが止まってた。この距離でそうなってたら、お前の勝ちだったかもな」


「何を言って……!?」


 銃がはたき落される。次いで両脚を払われ、尻もちをついたところで喉元に刃物を突き付けられた。血液で形成されたナイフだった。


「これで詰みっと。大人しくしてりゃ下手に傷つけるつもりはねえし、抵抗はやめろよ」


「…………っ」


 動けない。この状況ではどんな攻撃手段を実行しようとしても、血のナイフの方が早い。


 敗北した。悔しさと怒りが、湧き上がってくる。


「……、殺さないんですか……?」


「なんでオレがお前を殺さなきゃいけねえんだよ」


「だってあなたは、『魅魁の民』でしょう……?」


 少年を見上げ、低い声で問う。


 先ほどの完璧な奇襲……あれは、人を殺す能力だ。かつてシャルマが対峙した敵と、近い印象を抱いた。今なら、ムクドリの言っていたことが事実なのだと信じられる。


「…………」


 青髪の少年は目を細め、シャルマを見つめて押し黙る。


「『民』について知ってるのは意外だったけど、詳しい話はユキアと合流してからの方がいいか。悪いけどお前、一旦縛らせてもらうぞ」


 そういって、少年はナイフを突きつけたまま細いロープを取り出した。

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