第17話 ユキアVSムクドリ
★サエン・ムクドリ
ユキア・シャーレイは記憶喪失の人型ストレイで、賞金稼ぎをしながら旅をしている。そう、ムクドリは聞いていた。
噂のイメージでは、人殺しである『
接近した際には敢えて浅く斬りつけて様子を見た。薄い協力関係ならば少年を見捨てて逃げ出すかと思ったが、ユキアはそうせず少年を連れて逃げた。その後少年を地面に下ろしたが、なるべく痛みを感じないように配慮していたように見えた。
少年との関係を訊いた際にも「仲間だ」と答えていたし、どうやら『魅魁の民』についても知っているようだ。
少年が『魅魁の民』だとわかっていて、その上で仲間だというのなら……ユキアはムクドリの敵だ。
――もう、手加減なんかしないわ。
静かな激情を燃やし、逃亡するユキアを追い続ける。
ストレイの少女は凄まじい勢いで岩場を駆けて行き、距離が一向に縮まらない。だが、妙な違和感があった。始めに追っていた時よりも、僅かに速度が落ちているように思えるのだ。
少年を手放したことで、身体能力を十全に発揮できるようになったはずだ。ならば、ムクドリなどすぐにでも振り切ってしまえるのではないか。
「……っ!?」
突如、岩陰から小さな動物が飛び掛かってきた。即座に抜刀術で斬り捨てる。
オレンジ色のサル型キメラだった。先ほどカバ車の近くで見た種類だ。
はっとして周囲を見回す。いつの間にか、周囲の岩塊の上に何十匹ものサルがいた。皆、縄張りの侵入者であるムクドリを睨みつけてくる。
――キメラの縄張りに誘い込まれた……!?
それが、違和感の理由か。ユキアは敢えてムクドリが追えるスピードを維持して、ここまで連れてきたのだ。
無論、縄張りへの侵入者なのはユキアも同じだ。だが今サルを斬り殺してしまったことで、群れの敵意はムクドリに多く集中してしまっていた。
甲高い声と共に、一斉に十数匹のサルがムクドリへと突っ込んできた。
「っ、
刀の柄を握る。鞘走りの速度に乗せて繰り出すは、全方位を斬り裂く斬撃の舞。
「――――『
一瞬にして、接近していたサルが全て斬り殺される。サル達は、ムクドリが刀を抜いたことすら気づかなかっただろう。
ムクドリの持つストレイは、『
そして『閃風流』は『風束』専用の流派であり、ストレイの力を一瞬だけ使って技を繰り出す。その技術は圧倒的で、ムクドリの細腕でも視認できない速度で無数の斬撃を放つことができる。
「……っ、ユキアがいない……!」
サルに気を取られた僅かな隙に、姿を消していた。視線を走らせるが、その間にも更にサルが群がってくる。
――この……うざったいわね……!
『風束』で強化した筋力で高く跳躍し、いくつかの岩塊の側面を蹴って高台まで上る。
ムクドリほどではないにしても、ユキアもサルに襲われてはいるはずだ。高所から探せば、すぐに見つかる。
「……いた!」
三つほど遠くにある岩塊の近くで、サルから逃げていた。サル以上に身軽な動きで、ひょいひょいと攻撃を躱している。
ムクドリも、強化した筋力ならサルの群れを振り切れる。岩塊を飛び移ろうと身を屈めると、巨大な影がムクドリの上に差した。
「え……っ?」
見上げると――巨大なサルと目が合った。
五メートルはある体躯。筋肉に覆われた長い腕や脚。背中には黒い翼が生えている。群れのボスザルキメラだ。
「やばっ……!」
大きな腕が振り下ろされる。身体ごと殴り潰されそうになるのを、ギリギリで回避する。
ボスザルは巨体に見合わぬ俊敏な動きで、岩塊の上を駆けまわる。さすがに、これを無視してユキアを追うことはできない。
再度振り下ろされた腕を避け、逆にその腕を足場に跳躍する。
「閃風流抜刀術――『
叫びと共に放たれたのは、四本の斬撃。上から二本、下から二本。全てほぼ同時に繰り出されることで形作られた斬撃の牙は、ボスザルキメラの頭部を一撃で噛み斬った。
頭を失い、巨体が崩れ落ちる。ほっと息を吐いて着地しようとするムクドリに――――ユキアが肉薄した。
「――――っ!?」
巨大なキメラを仕留め、緊張が僅かに緩んだ瞬間を突いての急接近。空中故に体勢を整えることができず、技を出すのも遅れてしまう。
ユキアは『風束』を掴み、ムクドリの身体を軽く蹴った。鞘ごと引き抜かれ、刀が身体から離れると、途端にムクドリの身体が重くなる。
「きゃあっ!」
上手く着地できずに岩肌の上に倒れ、声を上げてしまう。腕をすりむいてしまい、痺れるような痛みを覚えた。
即座に飛び起きるが、先ほどまでのように動きのキレはない。というか、外見相応になっている。『風束』での筋力強化が失われたからだ。
「か……返しなさい!」
「返すわけないだろう……。まずは大人しくしてくれ」
ユキアから刀を奪い返そうとするが、頭の上に掲げられてしまう。身長差があるので、こうなると手が届かない。細い手で身体を押したり殴ったりしても、ストレイの身体には何の意味もない。
ムクドリの後頭部に、刀の鞘がぶつけられる。意識が刈り取られ、ムクドリの視界は暗闇に包まれた。
★ユキア・シャーレイ
「……よっと」
気絶させたムクドリが倒れそうになったところで、抱きとめる。小柄な体型に見合った軽さだ。高い戦闘能力を持つ彼女も、眠ってしまえば年相応に思える。
周囲のサル達は、ボスを失ったことで襲って来なくなっていた。徐々に離れながら、遠巻きにこちらを睨んできている。
「恐ろしい子供だったな……結局、『魅魁の民』と関係あるのかわからなかったけど」
脱力したムクドリの矮躯を、荷物のように担ぐユキア。襲ってきた理由については気になるが、今は後回しにする。
「シャルマはシアンが相手すると言っていたが……あっちはどうなっているかな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます