第7話 不死鳥の血


★シアン・イルアス



 シアンはユキアに抱えられ、キラーキラービーの包囲から脱出した。


 ユキアの身体能力はすさまじく、木々の間を超高速で駆け抜けていった。その速度には蜂達ですらも追いつけず、十数秒もあれば撒くことができた。


 二人は先ほど食事を取った広場まで戻り、再び腰を下ろしていた。


「さて……まずは、すまなかった。一人で立ち向かっておきながら女王蜂を仕留めることもできず、逆に返り討ちに遭いかけ君の手を煩わせてしまうとは」


 がっくりと肩を落として頭を下げるユキア。少し落ち込んでいるようだ。


 こちらは気にしていないことをアピールするべく、ひらひらと手を振る。


「べつに全然いいっつの。お前がいなきゃ群れから逃げ切ることもできなかったし、お互い様だろ」


「そう言ってくれるといくらか気が楽になるが……それはそうと、さっきのはなんだったんだ?」


 項垂れた体勢のまま、ユキアはこちらの顔を見上げてくる。


「君は間違いなく、毒針に貫かれて死んでいた。かと思ったら、。今の君の胸には、服こそ破れたままだが傷跡はなくなっている。どういうことか、訊いてもいいか?」


「ああ。元々教えるつもりだったし、隠す気はねえよ。ネタ明かしの時間といこうか」


「……種明かしでは」


「種明かしの時間といこうか」


 ちょっと言い間違えた。イマイチ格好がつかないが、そのまま話を続ける。


「まず、オレの心臓には『紅滴腫こうてきしゅ』っつうストレイが埋め込まれてる。血液操作は、これの効果だ」


「ストレイを、心臓に?」


「『魅魁みかいの民』はな……色んな戦士の『民』を育て上げるために、新たに生まれた赤ん坊を使って人体実験を行ったりするんだ。んでオレも、その被害者の内の一人だ」


 自分の胸に手を当てる。物心つく前なので実験の記憶はないが、後に他の『魅魁の民』から教えられたのだ。


 当然のように赤子の身体を弄る『民』の醜悪さに吐き気がする。


「このストレイは手術で体内に植え付けないと使用できない上、効果は血を操れるだけ、しかも使う度に身体に穴が空く……もうわかってるだろうが、『紅滴腫』は他に類を見ないレベルのクソ雑魚ストレイだ。ただ、あいつらがオレに対して行った人体実験の目的は、別にある」


 シアンが手を掲げると、手のひらから蒼炎が上がった。それをユキアに近づけてみると、一瞬飛び退こうとしたが、目をパチパチさせて炎に触れてきた。


「お……? 熱くない」


「ルサウェイ大陸のどこかに、不死鳥とか呼ばれてるキメラがいるらしい。そいつは傷を負っても治癒の炎を出して立ちどころに回復するし、死んでもすぐに生き返っちまう。『魅魁の民』は、その不死鳥の血をどこからか入手していやがった」


「……不死鳥の、血」


「ああ。あいつらがオレに行った実験は……人間の体内に不死鳥の血を入れて、不死性を発現させるっつうものだ。『紅滴腫』は、オレの身体が実験に耐えられるよう血を強化するために植え付けた。そして実験は――成功した」


「え……それって」




「つまりオレは、何回死んでも生き返る……不死身なんだよ」




 不死鳥の血は、シアンの血と混ざり合った。『紅滴腫』で肌や血管に穴が空いても治癒の炎で回復できるし、死亡しても数秒立てば自動的に蘇生する。


 もしかしたらシアンが『魅魁の民』の本能に目覚めなかったのは、『民』の血に不死鳥の血という不純物が混ざってしまったからではないかとも思う。あくまで憶測でしかないが。


「ああ、『何回死んでも』ってのは語弊があるな。立て続けに出せる炎の量には限界があるんだ。休めばまた出せるようになるけど、繰り返し十回も二十回も殺されたらそのうちマジで死ぬと思う。もちろん試したことはねえが」


「…………」


 ユキアは、瞠目していた。シアンの顔を見つめ、はっと息を呑む。


「……さっき君が崖から落ちた時にも、蒼い炎が見えた。人間なら助からない高さだとは思っていたが……実際あの時、一度死んでいたのか」


「そういうことだ。リウから逃げる時に『紅滴腫』で左足を自分で斬り落としたんだが、それも不死鳥の力で再生させた。靴までは直せねえから、裸足になっちまったけどな」


 素肌があらわになった左足を上げてみせる。


 先ほどは『リウが死体を確認するために下りてくる前に崖下から離れた』と言ったが、正確には少し違う。『魅魁の民』であるリウはシアンが不死であることを知っているため、蘇生したシアンを捕まえるために下りてくることが確信できたから逃げたのだ。


「……ちょっと、待ってくれ」


 ユキアは、首を横に振って言う。


「君が不死鳥の力を有しているから、死なないし傷を負ってもすぐに治せるというのはわかった。……でも『紅滴腫』で自分の身体に穴を開けたり足を切り落としたりするのは、その……痛く、ないのか?」


 恐る恐る尋ねてくる。まあ、そこを確認せずにはいられないだろう。


「いや、普通に痛いよ。不死身でも、痛みは感じるからな」


 さらりと答える。ユキアは顔を険しくする。


「じゃ、じゃあ君は、攻撃する度に肌を貫かれる痛みを覚えていることになるじゃないか。君も『クソ雑魚ストレイ』とか言ってたし、他の攻撃手段を考えてもいいんじゃないか?」


「つってもオレは他にストレイ持ってねえし、昔から続けてるこの戦い方が一番やりやすいしな……。なあユキア。お前、朝早く起きるの得意?」


「……は?」


 脈絡のない質問に面食らうユキア。こちらも、返答がほしいわけではない。


「朝早く起きるのって、人によって得意不得意はあるにしてもそれなりに辛いだろ? でも、仕事とか日課で毎日のように早起きしてる奴もいっぱいいるよな? そいつらは、早起きすんのが日常化してて、当たり前になってるわけだ」


「それは、そうだろうけど……だから?」


「『魅魁の民』にとっての痛みは、それと同じなんだよ。ガキの頃から特殊な訓練をさせられて、毎日毎日味わってる内に慣れちまうんだ。痛み自体は感じるけど、それに対する感情が麻痺してるから何とも思わねえ。オレも、全ての痛みが克服できてるわけじゃねえけど、この内側から肌を裂く感覚はもう、平和な日常の一部なんだ」


 痛いことは痛い。けれどそれを嫌だと思う感覚は、ほとんどない。そんな感じだ。


「――――」


 ユキアは、しばらく押し黙っていた。


 少し俯いたまま沈黙を続け、やがて静かに口を開いた。


「……その戦い方が君にとっての最善手で、『民』の長を倒すために必要だというのなら、今はそれでいい。……でも、長との戦いが終わった後は、できれば『紅滴腫』はもう使わないで欲しい。君はもう、痛みを日常とする『魅魁の民』ではないのだから」


「……、」


 ユキアの言葉で、改めて思い知らされる。『魅魁の民』としての価値観が、まだ自分に根強く残っていることに。


 普通の人にとって、痛みは辛い。そんな当たり前のことが、シアンは正しく認識できていなかった。


「……わかった。『紅滴腫』を使うのは、長を殺すまでだ」


「よし。それならもう、ボクは何も言わない。……じゃあ、キラーキラービーの方に意識を戻そうか」


 チラリと、ユキアが森の奥へと目を向ける。キメラ蜂の巣がある方角だ。


「改めて整理するが……ボク達は女王蜂の毒針を入手したい。だが奴は他の蜂が命がけで死守しているのでそうそう接近することは叶わない。そしてどうにか手傷を負わせたとしても、あの蜜がある」


「見た感じ、あの蜜は負傷した女王蜂と同化すると、その部分の身体に変化するみたいだったな。その後の女王蜂の動きも淀みなかったし、形だけ埋めるんじゃなくて内臓まで含めて修復しちまうっぽいな」


 ダメージを与えること自体が難しく、負傷させてもすぐに回復される。なかなか厄介なキメラだ。


「蜜も無限ではないだろうし、先ほどのように投石を繰り返して枯渇させるのはどうだろう?」


「蜜の総量もわかんねえし、枯渇させる前にお前が毒喰らっちまう危険もあんだろ。……、身体の部位の修復……修復か……」


「ん、何か策でもあるのか?」


「策ってほどのものでもねえけどな」


 短く答え、シアンは立ち上がる。これまでに見たユキアの実力と自分の能力を考えれば、うまくいきそうだ。


「せっかく二人で協力してんだ。力合わせてキメラ狩りといこうじゃねえか」

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