第8話 VSキラーキラービー


★シアン・イルアス



 シアンとユキアは、再びキラーキラービーの巣が見える茂みに隠れていた。


 シアンが考えた作戦については、すでにユキアに共有してある。


「お前が動くタイミングについては言った通りだ。しくじるんじゃねえぞ」


「振りかな?」


「ちげぇわ」


「まあ任せておけ。この作戦、重要なのはむしろ君の方だろう。君が立案者だからボクはそれに合わせるが、危険だと感じたらすぐに逃げてくれよ?」


「うまくやるから信用しろって。またお前にお姫様抱っこされながら逃げるはめになるのは嫌だからな」


 軽口を叩き合い、今回はシアンのみが茂みから出る。


 シアンが巣に近づくと、蜂達が一気に取り囲んできた。女王蜂も、遠巻きに睨んできている。


 だが、今までのように次々に襲ってはこない。


 ――さっき一回生き返ったからか、警戒心が強まってんな。


 殺したはずの人間が蒼炎を纏って復活する様は、知能の低いキメラと言えど不気味に思ったようだ。


 キメラの記憶力はあまり良くないはずだが、先の蘇生から一時間も経っていないし、強烈な印象を残したシアンのことは今も警戒対象として認識しているらしい。


 ――正直、そっちの方がやりやすいな。


 にやりと笑い、シアンは後方へと下がった。すると後ろ側にいた蜂が、逃がすまいと襲ってくる。それを軽やかな足取りで躱し、血の刃で両断する。


 続けて別の蜂が毒針を突き立てにくるが、それもひょいと避ける。蜂には、シアンが消えたように見えたはずだ。


魅魁みかいの民』時代に教えられた、独特の足運びだ。不規則な動きで回避や移動を行うことで、敵の意識・認識から逃れやすくする。


「よっ、ほっ、そいっ」


 毒針を避け、すれ違い様に斬り捨て、生じた隙を利用して後退する。そのサイクルを、繰り返す。


 蜂達は無闇に突っ込んでこなくなった分、接近した仲間があっけなく殺される様をまざまざと見せつけられる形になる。必然、自らシアンを襲おうとする個体は少なくなっていった。


 縄張りに入り込んだ敵であるシアンは、殺さなくてはならない。これは獰猛なキメラの本能だ。だが返り討ちに遭うことへの恐怖も当然あるため、蜂達はシアンを取り囲みながらも近づくことができない。


 結果、後退するシアンに合わせて群れ自体が徐々に巣から離れていた。


 ――さて、そろそろ来るかな?


 上空に意識を向ける。案の定、大きな影が近づいてきていた。


 女王蜂だ。巨大な身体を急降下させ、長い毒針で突きを放ってくる。


 ――そうだよな……雑魚蜂で仕留めきれねえ敵には、ボスが自分で出向くしかなくなるよな!?


 女王蜂は唯一卵を産む、群れにとって大事な個体だ。だが同時に、群れで最も強い個体でもある。

 強敵が現れた際には、女王蜂自ら戦わざるを得ないのだ。


「――――」


 毒針は、またもや空を切った。シアンは蝶のようにひらりと、女王蜂の後方へ。

すれ違うと同時に、斬撃が閃く。


 だが、今までのように胴体を分断する一閃ではない。


 まず一太刀で、うるさい羽音をまき散らす両翅を斬り破る。女王蜂がガクリとバランスを崩したところを、二太刀目で毒針を根元から斬り折る。続いて六本の肢。ついでに触覚。


 頭と胴体のみの状態で、女王蜂は音を立てて地面に落下した。


 ――いっちょ上がりっと。


 直後、おびただしい羽音が響き渡る。

 大木にくっついた巣から、大量の蜂が飛び出してくる。皆、蜜の塊を抱えている。


 だが、蜜が女王蜂まで届けられるまでには数秒の時間を要した。予めシアンが群れを誘導し、巣から離しておいたからだ。


「今だ、ユキア!」


 高らかに叫ぶ。凄まじい勢いで、茂みからユキアが飛び出してきた。


「あとは任せろ!」


 ユキアは蜜を持った蜂が来るよりも先に、動けなくなった女王蜂の身体を抱え上げ逃亡した。蜜を持った蜂もそれ以外の蜂も、慌ててユキアを追い始める。


 だが、距離が縮まることはない。ストレイの健脚は誰にも追い付けないスピードで、女王蜂を森の外へと運んでいく。


 それでも蜂達にとって繁殖の生命線である女王蜂を諦めるわけにはいかず、ほとんどの蜂が一丸となってユキアを追っていった。


「……さてと」


 一人残されたシアンは、悠々と地面に落ちた女王蜂の毒針を拾い袋に入れる。キメラの皮で作られた、針や毒を通さない特殊な袋だ。


 巣の周辺に残っている蜂は、ごく僅かだ。手薄になった巣に、ゆっくりと歩いていく。


「女王誘拐に続いて家屋損壊とか、蜂にとっちゃ極悪人すぎるよなオレら」





 一時間後。シアンは森を出て、草原を歩いていた。


 既に日が沈みかけ、辺りは暗くなってきている。視界は良くないが、森のように障害物がない分目指す先はわかりやすかった。


「よう、ユキア。待たせたな」


「おっと、ようやく来たか」


 草原にそびえ立つ大きな岩の陰まで来ると、地べたに座り込んでいたユキアを見つける。彼女の隣には、頭と胴体だけになった女王蜂が転がされている。


 ここは、予め地図を見て決めていた合流ポイントだ。


「うまくいったな。オレが女王蜂を巣から引き離して、翅や針を斬り捨てたところをお前が回収、そのまま取り巻きを引きつけながら逃亡する。オレを連れて群れから逃げ切ったお前なら、やってくれると思ったぜ」


「時間もちょうどよかったな。日が暮れれば蜂達は視界が悪くなり、体温が下がって体力も落ちる。しばらく森を逃げていたら、追いつけないと理解したのか皆巣へと戻っていったよ」


「その巣が一部ぶっ壊れてんだから、帰った奴らも驚いただろうな」


 言いながら、シアンはずっと抱えていた荷物を地面に下ろす。


 それは、キラーキラービーの巣の欠片だった。シアンが血の刃で切り取って持ってきたものだ。直径一メートルぐらいある半球型で、中には蜜がなみなみと入っている。


「ユキアがほとんどの蜂を引きつけてくれたお陰で、楽に持ってこれたぜ。んじゃ、仕上げといこうか」


 蜜をすくい、女王蜂の尻に落とす。すると蜜が形を変え、折れた毒針が修復された。


 女王蜂が身体を跳ねさせ、毒針でシアンを刺そうとしてくる。それを躱し、再度毒針を斬り折った。


 また蜜を垂らし、修復された毒針を斬り折る。もう一度、更にもう一度。


 巣の欠片の中にあった蜜がなくなった時には、十数本もの毒針が地面に転がっていた。

 最後に女王蜂にトドメを刺し、毒針を全て広い袋に詰める。


「よーし。普通なら一つの群れにつき一本しか手に入らねえ女王蜂の毒針が、大量に手に入ったぜ。結構な金額になるぞこれ」


「やったなシアン。これで念願のネズミ捕り器十点セットが買えるぞ」


「買わねえよ」


 軽く伸びをして、袋を背負う。巣を運んできて少し疲れた。


「……色々と遠回りしちまったけど、そろそろサンセマムに帰るとするか」


「む、そうだな。毒針を売るにしても休息を取るにしても、まずは町に戻ってからだ」


 近くまで寄ってきたユキアと共に、町に向かって歩き始める。


「初共闘は大成功だ。オレ一人だったら、群れを掻い潜りながら毒針一本回収する程度が関の山だっただろうな。助かったぜ」


「何を言う。ボクはただ女王蜂を抱えて逃げただけで、それ以外の功績は全て君のものだろう。むしろもっと頼ってくれ」


「おう。その調子で、リウとの戦いも頼むぜ」


 ……なんだか、不思議な気分だった。


『魅魁の民』として生きていた頃は、協力し合うこと自体はあれど他人に対して意識的な距離を取っていた。相手がどう思っていたかはともかく、少なくともシアン側は他の『民』を仲間としては認識できていなかった。


 二年前に逃げ出した後も、常に一人で行動していた。シアンは『民』から狙われている立場にあるし、誰も巻き込ませたくなかったからだ。


 だから、心が通じ合う相棒のような存在であるユキアが、なんだかとてもありがたかった。孤独感を埋めてくれる、温かさみたいなものが感じられた。


 ただ、それをユキアに知られたらまたからかってくるだろう。誤魔化すように、また伸びをする。


「ふう……地味に疲れたな。今日はなんだかんだ色々あったし」


「じゃあ、その袋ぐらいはボクが持とうか。こちらはまだ体力に余裕があるからな」


「ああ、なら頼んだ。……そのまま全速力で持ち逃げしたりしないよな?」


「したら本末転倒だろう。ボクの今の目的はリウから他の人型ストレイの情報を聞き出すことだぞ。君から逃げたら目的が遠ざかる」


「それもそうだ」


 毒針の入った袋を手渡し、自由になった両腕をぐるぐる回す。回しながら、頬が少し緩んでいるのを自覚する。


 疲労を分けられる。力を合わせられる。ふざけた会話ができる。


 悪くない、関係だと思った。

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