第5話 『魅魁の民』


★ユキア・シャーレイ



「『魅魁みかいの民』って名前の集団が、この大陸のどこかに隠れ潜んでる。お前は知らないだろうがな」


 シアンの語りは、そんな言葉から始まった。


 ユキアは、少し考えてから頷く。十年間、そんな名前を耳にしたことは一度もなかった。


「……『魅魁の民』か。確かに聞いたことがない」


「だろうな。でも、実在する。そいつらはみんな強い闘争本能を持ってて、戦闘や人殺しに愉しみを覚えるやべえ奴らだ。んでオレは……その内の一人だった」


「え……!?」


 ユキアは耳を疑った。この少年は今、自分が殺人を好む異常集団の一員だと告白したのか。


「人を……殺したことがあるのか……?」


「あるよ。初めてやったのは、十歳ぐらいだったかな。無理やり戦場に立たされて、敵を殺さなきゃ自分が死ぬような状況に突き出されたんだ。あの時はキツかったな」


「じゅ、十歳で……?」


 息を呑む。ユキアも実質十歳児みたいなものだが、人間とユキアでは話が変わってくる。


 ユキアは十年前の時点で、今と同じだけの思考能力があった。だから十年という短い期間で、十分な知識と経験を蓄積できたのだ。


 だが、人間は生まれた直後はまともな思考能力を持っておらず、成長するにつれて徐々に物事を学べるだけの土台が出来上がっていく。人間における十歳児はあらゆる能力が未成熟であり、通常は殺人などという異常行動を犯せる状態ではないはずだ。


「……待ってくれ。『魅魁の民』の一人ということは、今は違うのか?」


「まあ、そういうことだ。オレは『民』の中でも、できそこないだったんだよ」


 自嘲するように、シアンは言う。


「普通『民』の奴らは、成長するにつれて戦闘や殺人への渇望が強くなっていく。でもオレは、その本能がほぼ全く発現しなかったんだ。他の奴らに合わせて人殺しは何度かさせられたけど……その度に吐いたり寝込んだりして、愉しみなんて全然味わえなかった」


「…………」


 ……それは、人としては普通だ。だが『魅魁の民』であるシアンの場合、異常なのだ。


 集団の中にいるにも拘らず、周囲とは別の存在。その感覚は、ユキアにはよくわかった。


「ルサウェイ大陸のどこかの地下に、『魅魁の民』が住んでる町があるんだ。オレはそこで生まれて、育った。オレが知る限り、地上との直接のルートはなくて、ワープ機能のあるストレイを使って行き来してる。ストレイの数は限られてるから、自由に地上に出られるのは一部の『民』だけだが」


 シアンが言うには、『魅魁の民』には階級のようなものがあり、主に戦闘や殺人の技術に秀でた者が上位になるらしい。その中でもトップに近い立場の者が、地上での行動を許される。


 ちなみにシアンの階級は、それほど高くなかったらしい。殺人に愉しみを見いだせなかったのだから、当然といえば当然か。


「じゃあ君は、そのワープストレイを使って逃げてきたのか?」


「ああ。つっても、ストレイを奪ったわけじゃねえよ。上位の『民』は時々、階級の低い奴ら数人を連れて地上の町や村を襲うことがあるんだ。外の世界に触れたり、身内以外の敵と戦って見分を広げるみたいな目的でな。階級の低いオレが、唯一地上に出られるタイミングだ。その時に、仲間を振り切って逃げだしたんだ」


 ああ、とユキアは小さく声を漏らす。


 時折、周囲との交流が少ない小さな村や町がいつの間にか滅ぼされるという現象を耳にすることがある。おそらくキメラの仕業だと考えられていたが、実際は『魅魁の民』が行っていたのだ。


「逃げ出したのは今から二年前だ。それからは、地上で活動してる『民』の奴らに見つからないようにひたすら目立たず生きてきた。見つかったら殺されちまうからな」


「む……逃げ出した者をわざわざ見つけ出して殺そうとするのか。裏切者は許さない、みたいな……?」


「いや、オレが『民』のことを知っちまってるからだよ。あいつらは、自分達の存在が明るみに出ることを恐れてるんだ。もしそうなって、地上に住む全ての人類が敵になったら、あの異常者どもと言えど勝ち目がねえからな」


 ……確かに、人殺しを好む危険人物というのは明確な『悪』だ。地上には同調する者などおらず、皆『民』のことを共通の敵として認識するはずだ。


 もしかしたら各街から討伐隊のようなものが結成され、総出で殲滅しにかかるかもしれない。そうなれば、一集団など容易く根絶やしになる。


「と言うことは、ある意味君は『民』達の命を握っている立場になるわけだ。君が『民』の情報を触れ回れば、世界がそいつらを滅ぼしてくれる」


「残念ながら、そんな簡単な話でもねえ」


 眉間に皺を寄せて、シアンはかぶりを振る。


「『魅魁の民』は百人程度の集団だけど、数人でも小さな村を滅ぼせるような化け物達だ。多人数で攻め込んだとしても、被害はとんでもない規模になる。何百、何千って人が死ぬ。例えば一つの街で情報を触れ回ったとしても、あいつらならその街に住む人間を皆殺しにして情報の漏れを封じるって可能性も十分ある。だから、『民』の情報はおいそれとは明かせねえ」


「あ……」


 シアンが頻りに情報を渋っていた理由が、よくわかった。


『魅魁の民』の存在を知っている者は、『魅魁の民』から命を狙われる。町一つ簡単に滅ぼしてしまうような存在から、だ。ストレイであるユキアだって、正面から戦える相手ではない。


「だから、オレは他の人は巻き込まねえ。オレだけで、あいつらを止める」


「……え?」


 シアンの声に、熱が灯った気がした。


「逃げ出して、二年経って、オレは思い直したんだ。ガキの頃から人殺しなんてやってたオレの命は、奴らを止めるために消費すべきだってな。だからオレは、リウを追ってるんだ。運悪くこっちが見つける前に見つかっちまって、逆に逃げるはめになったけどな」


「リウを……そうか」


 リウがシアンの命を狙っているということからも、簡単に推測が立った。


 リウは、『魅魁の民』の一人なのだ。それも、地上を自由に行動できるだけの地位を持っている。


「リウは、『民』の拠点である町に飛ぶことができるワープストレイを持ってる。オレはそれを手に入れて、『民』の長を……殺す」


 殺す。絞り出すように、シアンはそう言った。


 人殺しが日常化している者の言葉ではなかった。もう殺人などしたくない、けれど自分がやらなくてはいけないのだという、決意のこもった言葉だった。


 だが、『民』の長を殺すというのはどれほどの茨の道なのだろうか。化け物達のボスがどれほどの力を秘めているのか、まるで想像がつかない。


 シアンは、「命を消費する」と言った。それは、死ぬつもりということだろうか。


「これが、オレとリウ……『魅魁の民』に関する情報だ。だがまだ、お前がそれを知ったことは奴らに知られてねえ。できればお前はこれ以上オレにもリウにも関わらず、今話したことも忘れて別の賞金首探しにでも行ってほしいってのがオレの希望だ」


「…………」


 ユキアは押し黙った。


 シアンから聞いた内容を頭の中で整理する。

『魅魁の民』。人殺しの集団。街一つ簡単に滅ぼせる異常者達。そこから逃げてきたシアン。命を懸けて、『民』の長を殺そうと考えるシアン。


「……。まず、謝らせてほしい。すまなかった」


「あん? なんで謝罪?」


「君が頑なに情報を隠そうとした理由がわかったからだ。『民』の情報を知った者は、『民』から狙われる……それは考えようによっては、逃れようのない死そのものだ。君にしてみれば、情報を漏らすことはそれすなわち相手を殺すこととも言えるだろう。そんな話を無理やりさせてしまって、申し訳ない」


 シアンはしばらく目を瞬かせた後、顔を背けた。


「そういう気遣いとかできるんだな、お前……」


「だが、ボクはその情報を知れたことを感謝こそすれ恨みに思ったりはしない。人型ストレイの情報を持っているらしいリウに関する話が聞けたのは、本当に喜ばしいからね。故に君の希望に沿うことはできないが、代わりにこちらから頼みがある」


 再び、視線がぶつかる。僅かに揺れる、青い瞳。


「君の戦いに、ボクも協力させてほしい」


「……、」


「ボクの目的は、リウから他の人型ストレイの情報を探ること。君の目的は、リウからワープストレイを奪うこと。ならばここは、手を組むのが妥当だろう」


 軽く握った拳を、シアンに向けて差し出す。青髪の少年は目を見開き、動きを止めていた。


 やがて、少しだけ脱力して口を開いた。


「……命知らずだよな、お前も」


「君も同じじゃないのか? 似た者同士、仲良くできそうじゃないか」


「さっきも言ったが、お前はいずれ後悔するぜ。それでもいいんなら、好きにしろよ」


「そうさせてもらおう。だから、君も安心してくれ。今までずっと誰にも言えず、一人きりで向き合うしかなかった戦いに、これからはボクも加わる。ボクと君は一蓮托生だ。力を合わせ、共にリウを追い詰めていこうじゃないか」


 コツン、と。二つの拳が、空中でぶつけ合わされた。

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