第2話 白ウサギと人殺し


★ユキア・シャーレイ(ユキア視点です。このようによく視点が切り替わります)



 ユキア・シャーレイは十年前、とある地下遺跡で発見された。


 見つけたのは、年老いた探検家だった。ユキアは眠った状態で安置されていたが、老人に揺り動かされることで目を覚ました。


 ユキアは、記憶喪失だった。遺跡で目覚めるより前のことは何もわからず、知識も何一つ有していなかった。外見は十六、七歳ぐらいの少女だったが、中身は赤ん坊のようなものだ。


 ユキアの身体は、人間のものではない。基本的な形は変わらないが、人間の耳の代わりにウサギの耳が生えており、綿毛のような尻尾もある。普通の人体よりも遥かに頑丈で、成長することもない。それはユキアが、『ストレイ』だからである。


 神の手からこぼれてきたとされる特殊な道具――ストレイ。その形は様々で、剣や銃のような武器から衣服のようなものまである。そしてユキアは、人の形をしている生きたストレイなのだ。……未知の技術で作られたものを全て『ストレイ』と定義しているだけで、そもそもストレイ自体に謎が多いらしいが。


 もし何かが違えば、ユキアはストレイの研究機関に譲渡され人体実験を繰り返されていたかもしれない。そうならなかったのは、ユキアを発見した老探検家が優しい人間だったからだ。


 老人は赤子同然のユキアを自分の家に迎え入れ、実の子のように育て、人として生きるための知識を身に付けさせてくれた。


 親と娘のような関係は、六年ほどで終わりを迎えた。老人が、病気で亡くなったのだ。


 ユキアは老人を埋葬し、旅に出ることにした。自分と同じ、人型のストレイを探してみたいと思ったからだ。


 ストレイであるユキアの身体は、戦闘能力に秀でていた。頑丈で強靭な肉体を活かし、賞金稼ぎとして活動を始めた。幸いというべきか、世界には賞金をかけられたアウトロー達が数多く存在した。


 数えきれないほどの賞金首を捕らえ、四年が経過して……現在。


 ――いた……リウ・ディートウィーアだな。この辺りに現れるという噂は本当だったようだ!


 切り立った山の中腹から見下ろし、小汚い男の姿を発見する。数日前から追っていた賞金首だ。何かを探しているのか、立ち止まって周囲を見回している。


 何を探しているのかわからないが、足を止めているなら攻撃のチャンスだ。狙いを定め、勢いよく崖の縁から跳躍する。


 そして――渾身のドロップキックをお見舞いした。


「ぐ……っ!?」


 リウは一瞬早くユキアの存在に気付き、ワイヤーに覆われた腕で蹴りを防いだ。硬い手応え、もとい足応え。全ての衝撃を殺せたわけではなさそうだが、大したダメージにもなっていない。


 着地し、鼻を鳴らす。


「まさかガードされるとは思わなかったぞ。ボクの蹴りの練度もまだまだだな」


 数十メートルという距離を落下してきたが、ストレイの身体は痛みの一つすら覚えない。


 対照的にリウは軽い痺れを覚えているのか、腕をひらひらさせつつ距離を取る。


「ユキア・シャーレイか。俺の賞金を狙ってきやがったな」


「貴様のような賞金首でも、ボクのことを知っているのだな」


「当たり前だろ。人型のストレイなんざどこでも噂になる」


 リウが目を細め、ユキアを見据えてくる。上から下まで、容姿を確認するように。


「……なるほど。ウサギみてえな耳は本物らしいが、肉体の形はほぼ人間か。だがさっきの蹴りを見る限り、脚力や頑丈さは人間離れしてる。同じ『掃滅偶人カームドゥーム』だしな、やはりに似てやがる」


「……なに?」


 ピクリ、とユキアの耳が揺れる。


『カームドゥーム』。聞き慣れない単語だが、恐らくストレイの名称。すなわち、ユキアのストレイとしての正式な名前か。それに、「あいつ」ということは。


 ――この男、ボク以外の人型ストレイと会ったことがあるのか……!?


 旅に出てから四年間、ユキア以外の人型ストレイの情報は全く得られなかった。だがようやく、手がかりにたどり着けた。


「貴様、それは――うわっ!?」


 リウから少しでも情報を聞き出そうとするが、突然何者かに突き飛ばされた。


 灰色の上着を着た、青い髪の少年だった。近くの岩陰に隠れていたようだ。気配遮断能力に優れているのか、全く気付かなかった。


 ユキアの身体は、大きく吹き飛ぶ。その先は、崖だった。足場のない空中へと投げ出される。


 傍から見れば奇襲による殺害……だが、違う。


 そもそも、ユキアの身体は谷底へ落下した程度では傷一つ付かない。恐らく青髪の少年も、それを織り込み済みでユキアを突き飛ばしたのだろう。


 落下の直前、ユキアは見た。先ほどまでユキアが立っていた地面から、数本のワイヤーが生えていた。リウが地中から忍ばせていたものであることは明瞭だ。あと一秒でもあの場にいれば、ユキアは足元から拘束されていただろう。


 ――あいつ、ボクを助けてくれたのか……!?


 そこまで理解したところで、ユキアの身体は重力に捉えられた。ぐんと真下に引っ張られる感覚。一秒も経てば、少年とリウの姿は遥か上空へと遠ざかっていった。





★シアン・イルアス



 ウサギ耳の少女が谷底に落ちていくのを尻目に、シアンは再び岩陰に飛び込む。


 ――ユキア・シャーレイ……人型ストレイの賞金稼ぎの噂なら各地で聞いてる。メチャクチャ頑丈だって話だし、死にゃしねえだろ。


 リウの首に懸けられた賞金を狙ってきたようだが、今回は諦めてもらう。……相手が悪すぎるからだ。


「っ!」


 轟音と共に、シアンが隠れていた岩が砕け散った。飛んでくる破片が、肩や腰を打つ。頭を腕で守りながら飛び退く。


 破壊された岩の向こうから、リウが姿を現した。


「バカだろ、てめえ。せっかく俺の意識外に逃れられたってのに、あっさり姿を現しやがって。あのウサギを囮にでも使えば、汚い奇襲の一つもできただろうによ」


「見殺しになんかできるわけねえだろ! それに隠れてる場所的にああするしかなかったんだよ!」


 叫び、距離を取るべく走り出す。だが数歩も進まない内に、左足首にワイヤーが巻き付いてきた。


 頭から地面に倒れ込み、口の中に砂が入り込む。


「ぶえ、げほっ……ぐぅ」


「笑わせるじゃねえか。見殺しにできねえ? 既に何人も人を殺してるてめえが?」


「っ……」


 シアンの顔が歪む。


 左足には、ぎっちりとワイヤーが絡みついていた。頑丈な鉄線は、シアンの力では決して引きちぎれない。


 リウの服から、更なるワイヤーが触手のように伸びてくる。全身をがんじがらめにする気のようだ。


「……生憎と、『お前ら』ほど狂ってねえんだよ!」


 シアンが吠えると、同時に左足首がすぱんと切断された。


 夥しい量の血液が噴き出す。痛みを無視して、リウに向かって脚を振り上げる。鮮血が舞い、リウの顔面に飛び散った。


「ぬ、ぐっ!? てめえ、汚いマネを……」


「そりゃ誉め言葉なんだったか? ありがとうよ!」


 吐き捨てるように言って、残った右足で跳躍する。


 跳んだ先は、崖だった。先ほどユキアが落ちていったのとほとんど同じ場所だ。


 すぐに落下が始まる。下は森のようだ。地上まで百メートルぐらいはありそうだし、は免れないだろう。


 風を切って落ちていく中、シアンは唇を噛む。


 ――オレはもう、罪のない人間を殺したりしねえ。


 ちらりと、もう見えなくなったリウのいる方を見上げる。


 ――今は逃げることしかできねえけど、次はこうはいかねえからな……。

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