第30話 それぞれの魔法 2
演習場の南側、周囲に人がいない芝生の上で、そっくりな少年二人が魔法を使っていた。どうやら風を操る練習をしているらしいが、詠唱の内容はそれぞれ違う。
そよそよと吹く風に揺らされる髪を押さえ、コルヌは声を張り上げた。
「ウィンクルムの二人は個別練習か?」
風がぴたりとやむ。魔法を止めたカストルとポルックスは、楽しそうに駆け寄ってきた。
「そうです。今日は――」
「別々の魔法をやってまーす」
カストルの発言を引き取って、ポルックスが手を挙げる。
「珍しいな。君たちにはもう『売り』があるだろうに」
「だからこそですよ」
「だからこそですー」
双子は声を揃え、琥珀色の瞳をきらめかせた。そして、カストルが胸を張る。
「最近は、それぞれの魔法のせいどを上げようって思ってるんです」
「どうですか、先生?」
誇らしげな兄の横から、弟がひょっこりと顔を突き出す。担任教師は腕を組み、真面目な表情をつくった。
「君たちの言う通りだ。それぞれの魔法が上達すれば、一緒に使ったときの威力も上がる」
「そうでしょう、そうでしょう」
また二人の声が揃う。歌うような返答だったからか、妙に美しく響いた。
「個別練習はこれからも取り入れるといい。ただ、一緒の練習も続けような。サボって感覚を忘れると、足並みが乱れやすくなるから」
「なるほど。了解しました!」
「しましたっ!」
揃って敬礼のまねごとをした双子は互いに向き合う。
「そんじゃあ、この後は『二重詠唱』するか」
「よしきた、やろう!」
元気な兄の提案に、弟が飛び跳ねながら答える。コルヌはほほ笑んでその光景をながめた。
校舎近くの木のそばから、朗々とした詠唱が聞こえてくる。最近何かと聞くことの多い声に誘われて、コルヌはそちらへ歩いていった。
長い金髪をなびかせる少女のまわりで光の球が踊っている。それはくるくると回り続けていたが、そのうち統制が乱れて、四方八方に飛んでいってしまった。少女は慌てた様子で打ち消しの呪文を口にする。光たちは被害を出す前に跡形もなく消え去った。
「あ、先生!」
エステル・ノルフィネスは、声をかけられる前に教師に気づいたらしい。碧眼を輝かせて手を振った。
それに応えたコルヌは、のんびりと歩み寄る。
「どうも、助手さん」
「授業中にそれ言っていいんですか?」
「誰も聞いてないし、大丈夫だろ」
まっとうな指摘を軽く流して、教師は笑う。エステルは少し眉をしかめて小首をかしげた。しかし、すぐに渋い表情を消して背伸びした。
「どうですか? 私の魔法」
期待にあふれた顔を見返して、コルヌは頬をかいた。
「一年生であそこまでできれば十分だな。詠唱も上手いし。……というか、休み前より詠唱のキレよくなってないか?」
「わ、ほんとですか? やった!」
エステルは両方の拳を握りしめて小さく飛び跳ねる。軽く笑声を立てた教師はけれど、直後に遠くを見やった。先ほど、彼女が生み出した光球が飛んでいった方角だ。
「エステルさんの課題は、魔法の制御と操作かな。細かい動きとか、魔法を一か所で維持するとか、苦手だろ」
「うっ……それは、その通りです」
少女は一転してうなだれる。表情がくるくる変わる教え子を一瞥し、教師は人差し指をなめらかに回した。
「呪文詠唱だけで制御ができないときは、動作を組み合わせるといい。詠唱しながら腕を振ったり、アエラの動きに合わせて足踏みしたり、な」
エステルはしきりにうなずいている。
コルヌは、真剣な少女に耳打ちした。
「番人殿もよくやってるだろ」
碧眼がわずかに見開かれる。
「そういえば、やってますね」
「参考にするといい。せっかく最高のお手本が近くにいるんだからな」
教師は顔を離して悪戯っぽく片目をつぶる。生徒の方も笑顔で胸を張った。
「やってみます! 今度コツとか訊いてみようかな?」
「おう、そうしろ」
からからと笑ったコルヌは、その場を離れようとする。しかし、「あ、あの!」と呼び止められた。
「どうした?」
「飛行魔法と重量操作の魔法が使えるようになりたいんです。何から手をつけたらいいですかね?」
「……ずいぶん先の予習をしてるんだな」
これにはコルヌの笑顔も引きつった。
十中八九、グリムアル大図書館絡みだ。コルヌは断定した。なぜ断定できるかというと、偉大なる番人殿が息をするように飛行魔法を使う様子をしょっちゅう見ているからである。
「呪文が載ってる本とか理論の本とかは見てみたんですけど、あんまり頭に入ってこなくて」
呟きのような少女の言葉を聞き、教師は頭の中でいくつかの書物を思い浮かべた。魔法を専攻することとなる三年生ですら読み解くのに苦労するものばかりである。
「…………とりあえず、自分を三秒浮かせるところからだな」
頭を高速回転させたコルヌは、結局、『浮遊・飛行魔法基礎』の授業の最初に話す内容をそのまま口にした。
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