第33話 頼子の暗躍
まず一週間で数学科の福島先生がいなくなった。
「掛川さん、おはようございます」
「おはよう神原さん」
「好きな人間が一週間でいなくなりました。親切にしてもらったので、寂しいです」
礼儀正しく引き際を知っていて、優しくて気の利く有能な実習生は学生の間でも好評で、どんどん周りに人が増えていった。
頼子から聞いたのだろう。休み時間に用務員室に来る実習生もちょくちょくいた。その中で頼子と交際したいという男女も程々にいた。
要は好きな物を聞いて恋愛戦線を勝ち抜こうとする下心なのだが、みんなに言えることは一言。
「もっといい人いるよ」
三顧の礼を信じて何回も訪れる実習生。ここで下手な予言をすると的中率百パーセントだとしても不幸な結果を生むかもしれない。
なぜなら、実習期間は病気でもしない限り教員も実習生も牢獄であるからだ。
子供達は気づくはずだが、教育実習生は一年に二回の学校行事だ。子供サイドは慣れているだろう。私達よりプロだ。なにかおかしなものが入っても大丈夫だ。あとは頼子が故意なのかそうではないのかを明らかにされないか見ておかないといけない。
神原頼子は害悪だ。
「緑さん、隣いい?」
さすがに忙しいのか鈴香は食堂に現れなかった。実習生も控室が用意されているはずだが、一人で食堂に来るとはどういうことだ。
「私、この数年で分かったんです。自分がどうやら厄介な人間だって」
「気づくのが遅すぎたのよ。それで控室は?」
「私、人間が大好きなんです」
「ええ、私も好きよ」
「一緒ですね」
「私の問いに答えて、控室は?」
「緑さん、私はいつだって追いたいの。でもみんな私を追うの。こんな悲しいことあるのかな」
「あなたほど暇じゃないから、私は仕事に戻るわね」
私は残っていた唐揚げを口に含んだ。
「福島先生」
私は盆を持ったまま立ち上がった。
「なんで私の前からいなくなるんだろ。私はもっと知りたいだけなのに追いたいという気持ちのどこに悪意があるのかしら」
「あなたの嫌なところは人を物体としてしか見ていないところよ」
「えー、それはひどいですよ緑さん。私はみんなを愛しています。私の気持ちに耐えられない人が多いだけです」
「私はあなたがわからない」
「えー、そんなこと言わないでくださいよ」
すがるような声色を出している頼子は、心の底からすがっているわけではない。あれは人間のふりをしているだけだ。痛みや苦しみを一切理解出来ない。そういう常人では理解できない人間だ。
「あと二週間で三人かな」
私の予感は当たった。
三日後、体育教員と女性の実習生がいなくなった。大人的には体調不良で離脱ということになっているが、食堂にやってきた頼子の飄々とした顔つきを見て、またかと思った。
「かけうどん、結構美味しいわよ。天かす乗せ放題なの」
「コレステロール高そう。成人病で死んじゃいますよ」
「どうせ幸せなんかとうに捨てたわよ」
「小清水奏と小清水楓。あ、せっかくうどん口に入れようとしたのにもったいない。でも心配しないで欲しいなー。私は最初から好きじゃない奴は仲良くしたくないの。美術の児玉先生も嫌いかな」
「どうして?」
「何が?」
頼子が手を出さないと言えば経験は無いが手を出さないだろう。その言葉は噓偽りは無い、ただ今後の為になぜ研究対象にしないのかを確かめる必要がある。
「どうして触れる前から手を出さないの?」
「一番好きな人に嫌われたくないからだよ。緑さん」
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