第32話 私は人間が大好きなの

 校長先生の「職員は全員揃って対面するので、少し早く来てください」と、いう言葉に従うように私はいつもより三十分早くに家を出た。


 用務員室に引っ込んで荷物を置いてマナーモードにしていた携帯に着信五件にメッセ八件。これは非常事態だと思って着信のお母さんに連絡をした。


 三コールで出たお母さん。


「何かあったの?」


「そうよ、あなたね。教育実習でしょ、今」


「そうだよ。今日から」


「よっちゃん今日からアンタのとこに」

 よっちゃんが神原頼子かんばらよりこの事なら困ったことになった。不幸中の幸いは私が教員ではない事だ。


 神原頼子は気になった人間のデータを集めるのが趣味だ。この気になったレベルがどれくらいかと言うと。


 校内呼び出し放送がかかった。


「お母さん、ごめん。呼び出し」


「分かったわ。三週間の間、気の毒だけど頑張ってね」

 職員室には教職員が勢揃いしていた事務の先生までいるのは少し驚きだ。


 校長先生の挨拶と実習生の自己紹介にわく職員室、大して面白くなくとも反応を返すのは気遣いだろう。


 クラスと監督の先生を割り振られた実習生はゾロゾロと職員室を出て行った。いた、神原頼子。


「今回は大丈夫ですよね?」

 校長先生の無言の圧力に何とか先に言い訳をしないといけない。


「それが実習生の中に縁者が」

 従姉妹の神原頼子がいかに厄介な人物かを私は校長先生に話した。


 神原頼子は興味を持った人間のデータを蓄積するのが趣味である。


 出身地や性格はともかく好きな料理や昨日の夕ご飯にとどまらず、夜の趣味や不倫関係のネタまで一週間もあればデータベース化することはお茶の子さいさいだ。


 神原頼子は人間関係ブレイカーだ。


 中学時代、頼子を夏休みに一週間預からないといけなくなり、家に置いておくことも出来なかったので、その間無理をお願いして中学へ一緒に登校して、授業の間に保健室の先生に預かってもらった。放課後に迎えに行くとすごい賢いのねと言って送り出してくれた。


 一週間後、保健室の先生と国語の先生が学校からいなくなった。


「お姉ちゃんは

 最後の挨拶に訪れた職員室で頼子はありがとうございましたと頭を下げた。

 でも隣で頭を下げて上げた時に先生方の恐れるような視線に私は驚いた。

 何より、私は隣で嬉しそうにしている頼子が怖かった。


「飯島先生、本町市に新築の持ち家おめでとうございます。関根先生、先月誕生おめでとうございます」


「なんで知っているの? よっちゃん」


「みんな教えてくれたよ。みんなのお祝い事全部言えるよ。でもダメなことはダメ」

 私は一週間で起きた災難の話をした。頼子はデータを集めはするが、管理はかなりずさんで親が乗り込んで血の気が引いたそうだ。


 保健室の先生と国語の先生の関係性、どこのホテルに何回行っていたか、何時まで滞在したか。様々をバインダーに保管していた。


 おじおばは止めるように何度も注意をしたらしい。だが、どう矯正しようとしてもほかの趣味を提示しても従姉妹は情報収集を止めることは無かった。


「私は何もしてないの。だってみんなが教えてくれるもん。みんな面白いんだよ。こっちが何もしなくてもただ普通に生活しているの。人の営みって面白いよね。私は人間が大好きなの」

 人間関係ブレイカーの頼子は三週間でこの職員室を全くの悪意を無くボロボロにするだろう。


「私はどう頑張ってもあの子を止めることは出来ません。ですので、頑張ってください。では戻りますので」

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