第21話 楓のおねだり

「最近、おざなりだよね」

 どういう空気を読んだのか、楓は放課後に来るようになった。

 カップケーキの惨劇があってから、あまり関わり過ぎないことと思っている。


 彼女達は勘違いをしているようだが、離婚の時に起こった惨状に比べたら、片手でカッターナイフや割れたガラスを掴むくらい大した話では無い。


 まだまだ人生経験が足りないな。私を王子様か何かと勘違いをしているのは愚かだとそのうち知る事になる。



「部活」


「今日はミーティングだけで終わったよ。それよりさ、来週の日曜日に奏。本当は奏も誘うのは嫌だけど、抜け駆け禁止らしいから、ひらパーに行こうよ。行かない?」


「行かない」


「私達がまだ子供だから?」


「それもそうだけど、その日は予定がある」


「え、誰と?」


「内緒」

 そこからの追及が非常に面倒だった。

 男か聞かれたり、従兄弟の高校生と遊びに行くのかとか、まさか歳上のパパがいるとか少し失礼な事を言われた。


 職場の人と言ってもいいかと思ったが児玉先生をおもってやめておいた。ここで少し目立ち過ぎた。児玉先生は何も思って無いのに馬鹿なガキがいらないことをするかもしれない。


「じゃ、いつ遊びに行ってくれる?」

 高校生とお出かけは無いな。


「ねぇねぇ、いつ? いつ行ってくれる?」


「無いわよ。私が用務員であなたが生徒である限りはね」


「帰る」

 しゅんとした楓を見送った。


 過去に何かあっても今は生徒と職員だ。ちゃんと距離感をつけておかないと公私混同してはいけない。

 私の気持ちや立場では楓が求めている関係ではいけない。


 その点、奏はえらい。あのカップケーキ事件から用務員室にやってこない、朝も昼も普通に生活してれば奏とは会わない生活だ。

 奏はあの男の子の件からすると女の子に手を出すタイプの女の子らしい。こちらに牙を向けなければ全く問題無し。

 奏に対しては私は犯罪者仕様だから、こちらからいっても落ちないだろうな。落ちてしまうとかなり困る。


「帰るか」


 雨の後の床を磨いて、戸に油を差す日々。運命の日曜日は中々やってこなかった。もちろんその間も楓の来訪は繰り返されて、週の半分は用務員室に楓はやってきた。一体、何が楽しくて寄ってくるのか。



「部活はいいの?」


「うーん、あんまり。でも私は緑といたいから」


「ダメだよ。ちゃんと部活に参加しないと」


「そうだね。これからは週二回に減らすね」

 二回も通い過ぎである。そもそも来るな。アンタが来るとアンタ狙いの男女共がうろうろしてくるのだ。

 非常に迷惑である。奏の取り巻きはちゃんと隠れて見守るが、奏の取り巻きは「私達、別に気にしてませんから」と、言いたげな空気を出して見てくる。ちらちら具合が気持ち悪い。


「次の試合見に来てよ。来月なんだ」


「どこでするの?」


「来月に隣の高校で一時から」

 応援くらいいいか。休日だし、として行くのはいいだろう。

 七月の体育館は暑いだろうな。それだけが懸念事項だ。


 その前に週末は児玉先生とお家デート。

 うへへ、どこまで出来るかな。


「そんなに楽しみなの?」


「当たり前じゃん。どうやって過ごそうかな」

 ここで冷静に返った。

 この文脈では試合に行くのが楽しみという意味で捉えられるかもしれない。そんな心配は目に見えて無かったのは救いだろう。素直に体育館に戻っていく楓を見送って今日の業務は終わりだ。


 ふへへ、何を児玉先生としようかな。「止めてください。嫌いになっちゃいますよ」とか、「今日だけお姉ちゃんって呼んでもいいですか?」と。どっちもいいな。うへへ。

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