第19話 六月はすぐにやってくる
水を吸ってびちょびちょな玄関マット、湿気でこもる空気、日によっては冷房をつけて、外は大雨が降る。体育は体育館で行われ、ぬかるんだ校庭に近寄ろうとする生徒や教師はいない。
鯉に餌をやるのも傘を差しながらで、この時期は空気を読んでいるのかキャプテンゴリラは窓ガラスを割らない。割ったら非難が集まるのを予測しての事だろう。
永遠に空気を読んでいただきたい。
廊下は泥で汚れていてモップのかけがいはあるのだが、拭いてもすぐに汚れるので下校時間になったあとにするようにしている。
そのへんの許可は校長先生からもらっている。
「この前、大学の頃の友人に言われて名刺交換会に行ったのですが」
児玉先生の言葉で味噌汁が鼻に入った。
「ダメですよ!」
「心配してくださったんですね。ありがとうございます」
こういう時に自己肯定感よわよわだと助かる。
普通なら疑うところも私は児玉先生の心に溶け込んでいるので、児玉先生の味方なので、児玉先生の守護者なので。
「まさかジュースだと思ったものがお酒だったなんて知らなくて」
大方、ファージ―ネーブルでも飲まされたのだろう。
児玉先生をだますなんて不届き者め、精子からやり直せ。汚らわしい。
「喉乾いていたので、一気飲みしちゃって記憶が」
最近は暑い日もあり、喉が渇くのは必然。児玉先生が一気飲みをするのに何も間違えていない。
「正直、自己主張ない人は苦手です」
そうか、児玉先生はぐいぐい引っ張ってくれる人がいいのか。
「そういう男性が好きなんですね」
「…はい」
なんだ、今の空白。もしかして女がいいのか? 百合か? 百合なのか?
頭に浮かぶのはあの姉妹。百合ではない、アレは憧れの部類だろう。
「引っ張ってくれて、話をいつでも聞いてくれて、お弁当を食べてくれる人が好きなんです」
お弁当、そうか手料理か。確かに合コンでは分からないよな。
「ちなみにどんな人がいましたか? その合コン」
「酔って何かよく分からなかったんですけど、軽そうな人が多くて、みんなふっかるて、わいわいしていました」
大人の飲み会でフッ軽はどうなんだ。でもそうか、大学出たばかりだとフッ軽でも許されるのか。
「その名刺交換も出来なくて、ただお酒を飲んでいた会で、お弁当のお話なんて出来なくて」
「お弁当なんて私がいくらでも食べますよ」
「掛川さんって、なんだかお姉ちゃんみたいですね」
お姉ちゃんだと、やべっ、ニヤニヤしてしまう。
「あっ、失礼でしたか。ごめんなさい」
「いえ、そんなに近しい気持ちを持っていただけて嬉しいですよ」
「良かったです」
少しうつむいて小さく笑う児玉先生は尊い、家でいい子いい子してあげたい。
児玉先生は新卒なので二十二、私は三十。八歳差か、ちょっと離れているけど、ワンチャン結婚出来る。
「まだまだ大丈夫ですよ。22なら、ちゃんと話を聞いてくれる男の人はいますよ。大丈夫です」
「そうですかね。でも私ゲームがめちゃくちゃ好きで」
リンク前に出たな、だいぶ前か。ポケモンはどんどん出ているし、他出たゲームあるかな。
「お姉ちゃんが昔していたゲームにハマっちゃって、女の子はあんまりやらないゲームなんですけど」
これでBLゲーの線は消えた。戸賀学園の掟は結構面白かったけど、その話にはならないようだ。
「言いたくなかったら別に」
「すずらんの風ってゲームなんですけどご存知ですか?」
私の知るすずらんの風は二年くらい前に出たギャルゲーである。離婚でハートブレイクの時にお世話になった。
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