第17話 第三の女

 掃除して、机のネジ締めて、キャプテンゴリラが割った窓と同じ窓を発注して、スリッパを拭いた。


 いつもと同じ作業に二号館を掃除している途中に楓の姿が見えた。目が合うと少し面倒くさそうなので、目を伏せ、静かにモップかけをした。


 真面目に勉強してて、偉いじゃん。勉強と部活は両立しているところを見て、人気者になったんだろうな。すごいよ、あんなに下を向いて辛そうにしていたなんて、信じられないよ。


 用務員室に戻ると直してください椅子や机が置いてあった。会議机に合うドライバーが無い。



 一先ず昼食を食べに行くか。



 タンドリーチキン定食とボロネーゼ、エビチリ定食。海外料理シーズンなのかな。


「掛川さん」

 おじさん嬉しいヨ。可愛いネ、可愛い女の子と一緒にご飯嬉しいヨッ。


「掛川さん?」


「こんにちは児玉先生」

 脳内でおぢさんが興奮のあまりにやにや、いやニコニコしながら、可愛い女の子に喜んでいる。


「今日は少し楽しそうですね。いいことあったんですか?」


「児玉先生とお昼ご一緒出来て嬉しくて、良かったですか?」


「私なんかで良ければ」

 こんな妹欲しかった。米の研ぎ汁飲ませたくらいでM字開脚させるような女ではなく、こういうよわよわの女教師。


 児玉先生のお昼はお弁当だった。私も最初はお弁当を作ったが、美味しい学食を体験するとお弁当は無意味に感じている。児玉先生のお弁当美味しそうだな。


「食べますか?」

 ドキリとして目を少し伏せる。


「その私なんかのお弁当は嫌ですよね」

 いじわるしたくなっちゃう。こう嗜虐心いじわるをそそる非自己肯定感。こういう女は好きよ。


「いただいてもいいですか?」

 どうぞと差し出された卵焼きに感動した。こんなに美味しいのは久しぶりだ。人の作った料理でしかも非常識な量じゃない。二十個がどうにかしている。


 少し顔を伏せたのが不味そうに見えたのか、謝りながらティッシュを差し出す児玉先生。


「美味しいです」


「本当ですか?」


「ホントホント」


「でも、まだまだです」

 自分に自信が無いから、賞賛を素直に受け止められない。いいね、これは良いおなごじゃのう。


 タンドリーチキン定食も美味しいのだが、少しずつお弁当を食べる児玉先生を見ているのは楽しい。小さなお口で少しずつお弁当を食べる。かわいいね。


「あの何か?」

 周りの反応を知ろうとして、敏感になる児玉先生かわいいな。


「かわいいなって、思って」

 おっと、想像が口に出てしまった。これは引かれてしまうのか。まずいな。ここで引かれてしまったら、かなり悲しい。

「妹みたいで」

 どうだ。これでいいだろう。


「ご姉妹はいらっしゃらないのですか?」

 M字開脚でお菓子を食べさせる友人の妹はいる。


「憧れがあって」

 正座していると口元に爪先持ってきて舐めろという友人の妹はいる。その時は葵が止めてくれた。結菜曰く。

「だっていじめてもらいたいって顔してるもん」

 自信は無いけど、そんな顔はしていない。


「私は姉がいて、私とは違って快活でなんでもこなす天才です。昔から比べられたのですが、絵ばっかり描いていた私にも優しくて、でもちょっとヤキモチを妬いたりして、何か嫌になりました」

 妹みたいって言ったことが児玉先生を傷つけたのだろう。

 ごめんねの意味を込めて、これは後で悪手と思ったのだが、児玉先生の頭を抱きしめた。


「優しいのね。いい子だよ」

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