第13話 カップケーキ闘争

 次の休みはいつか聞かれ、校長先生とか仕事としてという私の弁は封殺され、アパートの前にはきれいな乗用車がやってきた。


「お待たせしてすみません。ささっ、どうぞ」

 待っていません。今日はギャルゲいや仕事の準備があってという言い訳の間に乗せられた車。掛川緑、こんなところでくくる腹は無い。


 車の中であの時の後日談を聞いた。あの後、奏は呆然としたまま帰宅。あらかた話を先生から聞いて、非を認めてお詫びを私にしないといけないという話をした。


 お詫びをしたことが無いから分からないと母親に奏ちゃんは相談した。お母さまが安易に「お菓子なんかどうかしら」と言い。ま、あなたには中々難しいわよね。と言おうとしたら…。とどのつまりがカップケーキ作りだそうだ。



「驚かせてしまうと思います。本当にどうお詫びをすればいいのか」

 普通の戸建てで、特にお金持ちというわけではなさそうだった。


「どうぞ」


「いえ、お母さまこそ」


「いえ、どうぞ」

 玄関を開けるとあちらこちらに包装紙が転がっている。素直に表現してもいいのなら、汚い。整頓されていない。しっちゃかめっちゃかだ。


「お邪魔します」


「もう来たの? まだ仕上がっていないのに」


「あなたはオーブンの前にいなさい。楓は?」


「まだ完成形には、ほど遠いって、チョコレート買いに行ったわよ」

 入れと言われて入ったリビングに山盛りのカップケーキ。大きなテーブルに三山、左端が赤くて、真ん中が白くて、右端が黒い。


 大方ベリーとプレーンとチョコレートだろう。一山二十はある。全て未包装だ。乾燥しちゃうよ。


「せめて何か袋の中にいれないと乾燥しちゃうよ」


「それ全部捨てるから触らないで」


「せっかく作ったのに何で」


「私は納得いってない。まだ最強には届いていない」


 目の前の高校生女子はお菓子で天下を取りたいようだ。そんなに気合入れなくてもいいのに、お姉さん焦げてても気持ちが嬉しくて許しちゃうよ。


「ただいま、なんでいるの? まだって言ったじゃん」


「楓こそ何で作ってんの?」


「いつもはもらう方だから、たまにはこんな努力もしてみたいと思ってね。それにあの女に何もせずに負けるのは嫌だし」


「オーブンの前で待っていた私の勝ちよ」


「ベルギー産のカカオ買ってきたから、ちゃんと食べて帰ってね」


 さて、一体何時間かかるのだろう。


 ごまかしもそそのかすことも出来ない約九十分。カップケーキの山を前にどんどん積み上がっていくのを見ながらの時間。


 もったいないと思ってカップケーキをつかむと雪崩れるカップケーキ。


「もう緑、そんなに慌てなくても出来立てあるよ?」

 そう言った楓に奏が噛み付く。


「なに? 本来は私のお詫びなのよ? それを自分に当てはめているの? ぷぷぷ、きもーい」


「はぁ? 悪いかな、ヒーローにいいところ見て欲しいと思うのは」


「焦げてるわよ」


「チョコレートにお湯入ってるよ」


 あぁ、もう! やり直し!


 これを二時間見せられた。

「ということですので、本当に申し訳ございませんが状況が変わらなかったので、これ以上ご迷惑をおかけするわけにはいきません。今日のところは私達も諦めます」


「分かりました。失礼します」


「だから、アンタのは少し硬いのよ! 水分が足りてないわね。あんたの貧相な体みたくペラペラよ」


「はぁ? 奏こそ体重が増えて大変って言ってたのに」


「それとケーキの出来は関係ないでしょう?」


「べちゃべちゃなケーキあげても、ばっちぃよ」

 という言い合いをBGMに二人の家を後にした。ご両親は車で自宅まで送ってくれた。


「本当に申し訳ございませんでした」


「私こそすみません」


「いらっしゃったらもう少しマシになると思って、まさかあんなに」

 一つくらい貰えば良かったかな、ご両親の苦労を思うと持ってくる余裕は無かった。

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