第12話 小清水家の事情
「こんにちは」
「あぁ、掛川さん。本当に申し訳ございませんでした」
「いえいえ、あの男の子は」
「自主退学をしてしまいました。そこまででは無いとは言ったのですが」
それぞれの弁が正しかったのは置いておく。もう去ってしまったのだからどうしようもない。
「それで男子生徒の両親からこれを」
分厚い、十は固いだろう。
「そんな、あの程度で」
「女性の手に傷をつけてしまい申し訳ありません、と」
手くらいあかぎれで何とでもなる。それをこんな大金で、そうかこれで被害届出さないでください十万円か。
「親御さんには返しておいてください。私は何かをする気ではないので」
しかしと食い下がる教頭先生。
「どうしてもとおっしゃるなら、あの子のケアに使ってください。目の前で女性が血まみれになるなんて、日常である経験ではないですから」
「分かりました。でも半分はもらってください」
「いただきます」
奏の親にもお金はいっているだろう。あっちの親がどうするかは知ったことではない。
用務員室に入り、身体を伸ばした。今日から復帰か。
「用務員の掛川さん」
と、放送が流れた。
「この度はなんと言えばいいのか。本当に申し訳ございませんでした」
校長室には奏と楓、二人の両親が申し訳なさそうに立っていた。
こっちのお世話もしたのだから、確かにこれは必然か。
「いえいえ、顔に傷がつかなくて良かったです」
「これはほんの気持ちですが」
やはり十は固い。
「受け取りません。これは彼女のケアに使ってください。目の前で女性が血まみれになるなんて経験は中々しないので」
「今回だけではなく前回も大変お世話に」
「あれはたまた」
これは悪手だな、たまたまですにしてはタイミングは明らかに悪く、楓を知っていたと真実を言えば不審者だな。
ならば。
「お気になさらないでください。あの子に怪我が無くて本当に良かったです」
これでいいか。早く答えが出てくれ、その返答次第で私が職を失うかどうかが分かる。
「本当にありがとうございます。これからもよろしくお願いします」
何がよろしくなのかは分からないが、上手く流れて良かった。
「怪我は良くなられましたか?」
「もう万全です」
「そのどうぞお受け取りを」
そうだ。大人式お金拒否がまだ済んでいない。
「私の怪我は労災でおりましたし、保険で過ごせました。実家でリフレッシュ出来て良かったです。お詫びは受け取れませんが、これからも生徒の皆さんに親しみを持ってもらえるように努力する次第です」
これが通ったら保護者だけでは無く、教員ウケもよくなる。チャンスが回ってきた。ここでホームランだ。
「分かりました。その代わりと言ってはなんですが、私たちの家に一度お越しください。娘が何が何でもお礼がしたいと言っておりまして」
学生時代の私なら万歳だが、今さら小清水家に行っても何も楽しくない。気を使うばかりで平然を保っていられないだろう。
「それはご辞退させていただきます。一職員が一生徒と公私混同するのは避けた方がいいという信条なので」
「ということですので、校長としての意見は掛川さんの意見に同意です。ただ、これは校長という一人の意見ですので、どうされるかはお任せします。小清水奏さんはいささか、視野狭窄気味なところもありますからね。それでは」
そう言って校長先生と奏と楓は部屋を出て行った。残された小清水家両親と私。
「それでは」
部屋から出て行こうとしたら、腕をつかまれた。
「お願いです。変なスイッチ入って、お姉さんが来てくれるまでに美味しいお菓子を作るんだって、楓まで競うって言って。三日連続カップケーキはしんどいんです。早く来てください」
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