第3話 名前の知らない小清水

 あのさ、カナデちゃんってお姉ちゃんいる?


 なんて聞けるわけがないだろう。全国に小学生で双子で女の子で小清水って何万人いるだろうか。

 ゲームは匿名性を守る為にハンドルネームをつける。ハンドルネーム以上の情報を載せることは公式が許可していない。


 なので、メールアドレスを貼った瞬間にアカウントが永久凍結する。どうしても復活しようとしたら、違うアカウントを最初から作り直さないといけない。


 その上、フリーアドレスが使えないので、もう携帯を変えるか、キャリアを変えるかしか選択肢は無くなる。

 

 あとは子供なら親のを使うことも選択できるが、どうして自分のを使えないか突っ込まれるだろう。


 ここで小清水にカナデという姉がいるか聞いたらそれで永久凍結になっても仕方ない。


「その」


「何?」

 どこに住んでるのも不味い、普段何してるのも午前中に家にいる子供に聞くのは禁句だ。


「小清水のお母さんってどんな人?」


「親切で優しいよ。緑のお母さんは?」


「優しくて弱い人」

 私みたいなダメな女にまだ期待している善人。その期待が少し辛い。

 もうお前なんてどうでもいいって言ってくれたらありがたい。その場合はこの生活も終わるので、あと五年くらい待って欲しい。


 カナデちゃんが今九歳とすると八年で十七歳。お父さんお母さんあと八年仕送りしてください。


「緑は普段何している人? 仕事は?」

 しまった。仕事の合間にって前言っちゃった。ま、ネットだけの関係だし、バレてもいっか。


「自宅を守っている」


「警備員か。俺もそうだよ、両親と姉貴が出て行ってからの家を守っている」


「私たちはお互い頑張っているよね」

 鼻をすする音がした。


「そうだよ俺たちは頑張っているよ。世界の片隅でこんなネットゲームしながら、戦っている。姉ちゃんが出来る子で親はそっちばっか。面白くねーよな」


「そうだよ。私たちは面白く無い奴らに殺されていくの」


「緑は人を殺したいと思った事ある?」


「たくさんあるよ。でも最後の垣根を越える事が出来ないままに今に来た」


「私は殺したいと思っていい? おかしくない?」


「おかしいのは置いておいて、頭の中で殺すのはいいでしょ」


「今日は妹を殺すよ。毎日友達と一緒に登校して、私が紹介したのに今は姉貴の物だ。許せない、なんで私が引きこもっているのよ。絶対に許せない。頭の中で殺してやる」


「口には出さない事だよ」


「来週、お母さんが私を学校に連れて行くの。カナデと違ってあんたは世話のかかる子だから、私たちが連れて行ってあげるって言うの」

 小清水カナデの妹だった。その悲しみたるや私には想像しきれない。

 無念で悔しくて情けない気持ち、小学生にして全身で味わっている。小清水が不憫で仕方ない。


「緑さん、もし緑さんと私が出会ったら、絶対に迎えに来てね」


「それは」


「分かっている。ただの願望だよ。もし私がこれから先どうなるか分からないけど、どうにかなりそうになったら助けに来てよ」


「小清水って子供っぽく無いね」


「親に言われた可愛くない子供らしくないって」


「ごめんね」


「いいよ。クエスト来たよ、さっさと終わらせてポテチ食ってラムネ食って」


「ラムネ私も好きだよ」


「粒が美味しいやつ?」


「めちゃくちゃ美味しいやつ。あと妹の名前の消しときなよ」


「分かった、消した。でもメッセ交換くらいで凍結は無いでしょ」


「念の為よ」






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