第6話 日向木葉②
所変わって近くの喫茶店。
瞳と早紀の目の前に、探し人――日向木葉先輩が座っていた。
「……」
「……」
早紀と先輩の間に流れる気まずい雰囲気。
完全に場違い感がある瞳は注文したオレンジジュースをズズっと啜った。
「それじゃ、教えてもらえますか。先輩が【怪異考察部】に入部できない理由を」
早紀は入部したくない理由でなく、入部できない理由を聞いた。
その言い回しに何か感じることがあったのだろう。ずっと俯いていた日向先輩の肩がピクリと動いた。
「……アナタ一体何をどこまでも知っているの?」
恐る恐るといった雰囲気で、先輩が口を開いた。
「私が知っているのは他人が調べられる事までです。その人の心情までは推し量るしかありません」
「……そう。でも、先ずはあなたが知っている事件の詳細について説明して」
日向先輩は私たちから視線を外しながら話した。
「分かりました」
そう言って早紀が語ったのは、何とも不思議な話だった。
二千五十年四月二十三日。
島根県のとある高校で女子生徒一人が重症。一人が行方不明になるという事件が起きた。事件現場は放課後の教室で目撃者はなし。近くの空き教室で練習していた吹奏楽部の生徒数名が第一発見者。重症を負った女子生徒のものと思われる悲鳴が聞こえた為、現場の教室に駆けつけると室内は酷い有り様だったという。窓ガラスが割れ、カーテンが裂け、室内の至る所――床や壁以外にも天井が――どす黒い赤色に変わっていた。駆けつけた生徒は混乱した頭でペンキでもぶち撒けたのかと思ったそうだが、すぐ様自分でそれを否定したという。漂い、篭ったむせ返るほどの『血』の匂いによって。その中心に一人の女子生徒がへたり込むように俯き座っていた。駆けつけた生徒たちはその場で気分不良や気絶する者が出たか、その後駆けつけた教論により、保健室に移された。その後は救急車で近くの病院に運ばれて行った。
「私が知ってるのはこんなところです」
語り終えた早紀がお冷やで喉を潤す。
『カラン』と鳴る氷の音が静かな店内に吸い込まれていった。
暫し、無言の時間が流れる。
そして、その静寂を破ったのは意外にも瞳だった。
「ところで、行方不明の女子生徒って誰なの? 今の話だと出て来てなかったけど。あと日向先輩って登場人物のどれになるの? 前は吹奏楽部だったとか?」
空気を読まず、疑問に思ったことをそのまま口にした。
「ちゃんと話聞いてたんだ」
早紀が驚いたように呟く。
まったく失礼な話だ。興味がなくてもこの距離に居たら聞こえるに決まっている。
「瞳がそこを疑問に思うのは当然ね。わざとぼかして話したから。ここから先は先輩に話してもらいましょうか」
早紀に視線を向けられた日向先輩は、それでも口を開けたり噤んだりと、何か葛藤がある様子だったが、暫くすると意を決して話し始めた。
「はぁぁ。その喋り方だと大体の事は把握してるんでしょ。いいわ、教えてあげる。まずケガをした生徒の名前は足立かおり。行方不明になった生徒の名前が立花朱音。あの日私は二人からある相談事があると言われて、放課後三人で教室に残っていた。相談の後、私は先に帰って、二人は残った。そして足立さんがケガをした。立花さんについては次の日から学校に来なくなって、確認すると私たちが話をした日から家にも帰っていないことが分かって行方不明って事が分かったの」
意図的に淡々と紡がれる過去の出来事。
「あれ、それだとさっきの早紀の説明に先輩の話が出てこなかったのは変じゃないですか? 結構ガッツリ関係者だと思うんですけど」
「別に変じゃないわ。――だって、私が一緒に居たことは誰にも言ってないもの」
「――え?」
瞳の質問にも淡々と返答する。あまりに淡々としゃべる為、聞き逃すところだった。誰にも喋っていない?
「それはどうしてですか?」
瞳の疑問を早紀が受け取ってくれた。
「言いたくなかったし、言う必要もなかったから」
「そんなはずはないでしょう。重要な事件直前の証言なんですから。それとも言えない理由が何かあったんですか? 誰かに脅されているとか。疑われたくなかったとか――もしくは真相を知っているけれど誰にも信じてもらえないから、とか?」
「あなたがどんな想像をしているか知らないけれど、私は今更あの事件の事をどうこうするつもりはないの。興味本位なら迷惑だからやめて」
キッパリとした否定。この会話の中で初めて日向先輩の本心が見えた気がする。
「興味本位じゃありません。明確な目的があります。それは初めにお伝えしましたよね」
「……【怪異考察部】」
「そうです。私たちは私たちの為に先輩の秘密を暴く必要があるんです」
「そのせいで私が余計にあなた達を嫌って入部しないって可能性は?」
「今のままではどちらにしろ先輩が【怪異考察部】に入部する可能性はありませんから。それなら変化を求める為に行動するだけです」
「……はぁ。分かったわ。じゃあ話してあげる。あの日何があったのか。それを聞いた後でも私を入部させたいって思うなら、好きにしたらいいわ」
「あの日私が受けたのはよくある恋愛相談だった。その手の話は前からよく相談に乗る機会があったからね。で、相談を聞いていたら、消えたの突然。三人で一つの机を囲んで座っていた。だから他の二人の視界には常にもう一人が見えていたの。でも消えた――立花さんが。しかもただ消えただけじゃくて、血だけ残して消えたの。教室に残っていた血は立花さんの血なの」
「え、でも重傷を負った生徒がいたって」
「足立さんは血を浴びておかしくなっただけ。本当は掠り傷一つしてなかったわ」
「どう? これで分かったでしょ。こんな頭のオカシイ人が同じ部活にいるなんて嫌でしょ」
「……」
「……」
自嘲気味に笑う日向先輩を瞳と早紀が無言で見つめる。
「……ふ、じゃあね。あなた達からも棗君に諦めるように言っておいて。日向先輩は狂ってますって」
沈黙を肯定と受け取った日向先輩が立ち上がろうとする。
「――『神隠し』って知っていますか?」
早紀のその一言で世界が――日向木葉の世界が一瞬止まった。
「よくある都市伝説、昔話、オカルト――そして怪異現象みたいなものです」
その一瞬の隙を見逃さず早紀が続けた。
「『神隠し』はその多くが、子供だけで夕方時にいる時におこります。神や天狗に攫われた話から、神域に捕らわれたとされるものまであります。大抵はその後見つからなかったと思われていますが、後日フラッと戻って来たり、中には十数年後に幼い姿のままや成長した姿で戻ってきた例もあります」
滑らかに語られる内容に、感心するが、こんなところまでが守備範囲だとは知らなかった。見た目に反して読書家なだけはある。
「……あなた、何が言いたいの? 立花さんが戻って来るとでも言いたいの。教室が真っ赤になるほどの血が流れてたのに⁉ ねえ! どうなの‼‼」
溢れる感情が抑えきれていない。
初めは絞り出すように、次第に溢れ、零れ、撒き散らし――日向先輩が言い放った。
「それが、先輩の秘密で、望みですか」
強い感情を覆い尽くすように早紀が嗤った。
「……どういう?」
その雰囲気に飲まれ、熱を吸い取られ、茫然と、日向先輩は不可思議なモノを見る目で早紀を見た。
「私達がその神隠しにあった女子生徒探し出してあげます」
そうしたら、【怪異考察部】に入部してくれますね。と早紀が力強く言った。
こうして、今後の瞳たちの方針が決定してしまった。
去り際、日向先輩は
「あなた達が何をしようが好きにしたらいいけど、私にこれ以上関わらないで。じゃないと、きっと後悔するから」
全く納得していない様子で、しかし早くこの場を去りたい、その感情を隠そうともせずに、そそくさと喫茶店を後にしていった。
結局一回も視線が合う事はなかった。
関係ないが、
帰り際、会計の段階で日向先輩が瞳たちの分も支払いをしてくれていたことが分かり、瞳の中で日向先輩の株が急上昇した。
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