第5話 日向木葉
「日向先輩について調べてみたんだけど」
健が姿を消すと同時に早紀が言った。
休み時間の度に姿が消えるとは思っていたが、そんな事をしてたのか。
昨日の出来事はなかったことにしようと、記憶から消去しようとしていた事は黙っておこう。
「ふ〜ん。それで、何か分かったの?」
早紀にジロリと睨まれたが、ココはすっとぼけるが吉だ。
「はぁ、まあいいけどさ」
溜息をつきながら早紀は話を続けた。
「日向木葉先輩。身長165センチ。体重48キロ。スリーサイズは上から93、62、88のEカップ。16歳。血液型AB型。2年5組。出席番号24番。東中出身。家庭科部に所属しているけど幽霊部員みたい。これと言って親しい友人もいない。休み時間は自分の席で本を読んでる事が多いみたいだけど、たまに1人で何処かに行くこともあり――行き先までは分からなかったわ。他の生徒や教師からの評判は普通。特に印象に残る人物じゃないみたい。中学時代も同様――今よりも暗い印象だったかもしれないって、同中の子が言ってた」
その後も早紀によって日向先輩の詳細が語られた。――何と言うか個人情報がダダ漏れだ。
てか、スリーサイズ何てどうやって調べた?
この学校の――もしくは生徒間のモラルはガバガバなのだろうか。
いや、やろうと思えばSNS等でその人の人生を丸暴きできるような時代だ。SNS至上主義のJKの巣窟では詮無いことか。
……私はしてないけどね、SNS。
「で、その日向先輩だけど授業終わったらさっさと帰っちゃうから私達も急がないと」
「え、それってどういう――」
嫌な予感がして早紀確認する。
「日向先輩と話すために決まってるでしょ。私達の目的は部活勧誘なんだから話してみないことには何もでしょ」
ですよねー。
「日向先輩って、棗先輩からの勧誘もう何回も断ってるらしいの」
日向先輩は瞳たちと同じ電車通学だが、使っている駅が違うため、今は普段と違う道を早紀に連れられて歩いていた。
「だから、あの先輩こんな変な課題出しやがったのか。おかしいと思った。部活勧誘なんて自分でやればいいわけだし。あの先輩に限って恥ずかしいとかそんな感情もなさそうだし。気になる子がいるけど、相手にされないから後輩に頼むなんて。あーヤダヤダ」
「まぁまぁ、抑えて抑えて。それに、向こうも感情どうのは瞳に言われたくないだろうし」
ここぞとばかりに愚痴を溢す私に早紀が苦笑混じりに宥めるが、本当に宥めるつもりがあるのか?
そのような雑談をしながらも、早紀に急かされるまま早足で歩いていると思いの外早く駅に到着した。
まぁそれでも20分程かかったのだが。
これくらいの距離は遠いと感じられない。田舎の長距離通学者の性である。
「あれ〜いないなぁ」
早紀も疲れた様子もなく、キョロキョロと日向先輩を探し始めている。
まぁ、私としてはいてもいなくても、どっちでも良いんだけどね。
「ちょっとのどか湧いたから何か買ってくるけど、早紀もいる?」
「何かスポーツドリンク的なやつ」
「はいよー」
適当な口実を付けて、人捜し《めんどくさい作業》をバックレた訳では決してない。
たくさん歩いたから喉が乾いた。ただそれだけ。自然の摂理だ。
「およ?」
自販機に向かうと先客が居た。
飲み物を選んでいるようで、人差し指を口元に当てながら真剣な眼差し。
斜め横からだが、スラリと伸びた手足に、腰まで届く艶のある黒髪。女性としては高身長にも関わらず、そのてっぺんには小さい顔。そして、さらにそれにも関わらず、主張の激しい胸部の膨らみ。
「……敵か」
そんな呪詛混じりの呟きが漏れた。
「あ、先にどうぞ」
瞳の声が聞こえたわけではないだろうが(もし、そうなら消えてなくなりたい)、その女性が――よく見れば同じ制服を着ていた。雰囲気に飲まれて、もっと年上かと思っていた――場所を譲ってくれた。
「あ、ありがとうございます」
据え膳何とかは男の恥って言うし、素直に変わってもらう。(男じゃないけどね。意味も違うと思うけどね)
しかし、何か気になる。
ジュースを買いながらも、横目でその女子生徒を観察する。
綺麗だからか?
胸がデカいからか?
独特な雰囲気があるからか?
んー。見れば見る程妬ましい。
「やっぱりダメだー。見つからないー」
ジュースを買い終えたところで早紀がやって来た。珍しく情けない声を上げている。
「ほい、お疲れー」
「ありがと」
早紀に注文されたスポーツドリンクを渡すと、一気に半分ほど飲み切った。相当お疲れの様子だ。
「こっちの方にもいなかった?」
「んー。見かけたのはすごい美人だけかなぁー」
「はぁ、何よすごい美人って」
「ほら、アレ」
早紀も一応聞いてみただけだろう。
当然瞳も適当に――もとい、日向先輩は分からないが、気になった先程の女子生徒を指し示す。
「どれどれ? 私を唸らせる美人が早々いるわけ――いたッ!!」
「でしょ?」
綺麗なノリツッコミを決めた早紀に、瞳は得意気に腕を組んで頷く。
「って、バカ。そうじゃない」
「あいた! 何で叩かれた?」
「アンタが遊んでるからでしょ!! アレが日向先輩だよ」
「遊んでなんかない――え?」
こういうのは灯台下暗しと言うのだろうか?
「すみません。2年の日向先輩ですよね?」
驚く瞳を放置して、早紀がさっさと美人さん――日向先輩に話しかけていた。
「……そうだけど。あなたは?」
突然知らない人から名前を呼ばれ話し掛けられたら誰だってあんな目をすると思う。
即ち、完全に不審者を見る目だ。
まぁ、そこまでは良い。
同じ制服を着てるのだから、そこまで嫌そうにしなくてもいいのでは? と思わなくもないが、良しとしよう。
しかし、彼女が次に放った一言で場の空気が一転した。
「うっ、アナタ達何? 気持ち悪」
顔を見るなりの悪口。口元を抑えて、すぐさま顔を逸らされた。
コレにはいくら温厚が服を着ているような私でも怒髪天を突くである。
美人だからって調子に乗るなよ?
というか、日向先輩は美人さんだった。
怒髪天もどこへやら、ようやく理解が追いついた瞳のである。
いや、今思えば早紀に日向先輩のプロフィールの様な詳細情報を聞いた時点で、かなりのプロポーションという事は分かっていた――分かっていたのだが、
「ボッチ先輩かと思ってたのに凄い裏切られた気分!」
「……あの子さっきから何言ってるの?」
この度はさっきとは違う意味で気持ち悪いモノを見たとドン引きの様子。
「あ~、今のところあの子は気にしなくて大丈夫です」
「そ、そう?」
酷い。無視とはイジメの第一歩にして、一番のイジメなのだよ?
「で、さっそく本題ですが、日向先輩【怪異考察部】に入って下さい」
「……棗君に何か頼まれた?」
すぐに察しが付いたあたり、棗先輩もあまり良い印象は持たれていないようだ。
「はい。あなたが入部すれば私たちも入部させてもらえるそうです」
「はぁぁぁ。彼まだそんな事言ってるの。じゃあ知っていると思うけど私何回も入部断っているの」
「はい、知ってます」
「じゃあ、今回の答えも分かっているでしょ」
日向先輩が冷たく言い放った。
「入部を断る理由までは分かりませんでしたので、それくらい教えてもらえませんか?」
「……それは、ダメ」
それでも諦めない早紀の問いかけたに、日向先輩の口調が弱くなっていく。
「何故です?――では、棗先輩があなたに固執する理由でも構いません」
「……それも、ダメ」
だが、日向先輩も頑なだ。
「じゃあ、最後に先輩が入部を断る理由に、一年前に起きた女子生徒失踪事件は関係していますか?」
「⁉」
完全に予想外だったのだろう。
それまで気持ち悪い、迷惑、めんどくさい、などの感情しか表わさなかった顔が露骨に驚愕を現した。
しかしそれも一瞬――『しまった』と歪みを見せた後は、能面を被ったように表情を消した。
その後「場所を変えましょう」という早紀の提案に以外にも素直に従った日向先輩と、近くの喫茶店に移動した。
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