第7話 憑物筋

「以上が昨日日向先輩と話した内容ですけど――先輩はこの事知ってたんですよね?」


 次の日の放課後。

 場所は部室棟の三階。更にその最奥【怪異考察部】。


 中央に大きな会議用のテーブルを挟んで三人が顔を突き合わせていた。

 部室を入って右側にいすを並べて瞳と早紀が座り、対面には棗先輩。


「ああ、もちろん。前に言っただろう、部員選考は僕がしてるって。彼女の話を聞いたのならその選考理由が分かったんじゃないか?」

 早紀の詰問するような口調に、しかし、棗先輩といえば悪びれた様子もなく、蔵書の一つを捲りながら答えた。

「そうですね。日向先輩――彼女は『憑物筋』の家系なんですか?」

「その通り」

 棗先輩は読んでいた本とパタンと閉じた。

「何故『憑物筋』だと思った?」

「何故って、あんなに所々にヒントがあれば知っている人なら誰でも気付けますよ」

「まぁ、そうだね。でも、君はそうでも、連れの子は知らないみたいだね」

 突然視線を向けられた瞳がキョトンと首を傾げる。

「瞳はあまりこういって話に詳しくないですから。でも、それならどうして日向先輩を勧誘してるんですか? 普通『憑物筋』っていったら忌み嫌われる存在ですよね?」

「そうなの?」

 早紀の言葉に瞳も会話に参加する。確かに取っ付きにくい感じはしたが、美人な先輩だった。嫌われる要素は少ないように見えたが。

「『憑物筋』って言うのは、昔から不幸を呼ぶって言われてるからね。本人がどうこうじゃないの。ついている獣――いぬや狸、いたちに狐。それらの動物霊が主人の意に反して悪さをするの」

「補足すると、古くから農村などでは、憑物は人ではなく家に付くとされている。その家は憑物に他人の財産を盗ませるので、富裕な家が多い。他人に害をなして自らの利を得る為忌み嫌われる存在なんだよ」

「へぇ、なるほど」

 今の話が本当なら日向先輩は誰かを不幸にするという事だ。

 しかし、喫茶店からの帰り際先輩は瞳たちに忠告した――『後悔する』と。

 先輩自身は他人の不幸を望んでいない?

 早紀と棗先輩の話にも相違がある。

 早紀は本人の意志とは関係ないと言い、棗先輩は動物霊を使役しているような言い方だった。

「それは、どちらもあり得るからさ」

「そうなんですか?」

「どんな力だって制御できなければ暴走する。それと一緒さ。日向木葉が憑物を制御出来ているのかいないのか。仮に出来ていないとすればかなり危険な状態だ。一年前の出来事が繰り返されるかもしれない」

「やっぱりそうなんですね」

 棗先輩の意味深な言葉に――しかし、早紀は納得している様子。


「一年前の事件。行方不明になった女子生徒。その原因は日向先輩なんですね」


 事件現場に駆け付けた生徒の証言にあった、獣の足跡、獣臭。

 重症とされていた女子生徒――足立かおりが呟いていた『狐』という言葉。

 教室中に広がった血痕。


 全ての状況が日向木葉――『憑物筋』の事件関与を示唆している。

 

 話を戻す。

「『憑物筋』については分かりました。でも、じゃあ早紀が言ったように何で先輩はそんな危ない状態の日向先輩を誘ってるんですか」

「う~ん。……まあいいか」

 少し考えて棗先輩がパタンと本を閉じ、瞳たちを見据えた。


「僕は怪異に会いたいんだ」


 初めは冗談を言われたのかと思った。

 しかし棗先輩の顔は真剣そのもので、その言葉が冗談ではない事が伺えた。


「僕は中学まで東京に住んでいた。高校受験でこの学校を受験したんだ」

 奇特な方が居たモノだ。

 大都会から片田舎へ。

 その落差は尋常ではない。確たる目的がなければ耐えられない程の環境変化だ。

 だが、棗先輩には確たる目的があった。


 怪異に会う。


 しかし、それが何故この学校に来ることに繋がるかは分からない。

「僕が怪異を求めるようになったのは六歳の頃から。初めはどうすればいいのか分からず、手当たり次第に怪異に関する書籍を読み漁った。高学年になったら行動範囲も広くなり所謂曰く付きの場所を巡るようになった。だけど一度も望む結果は得れなかった」

 まぁ、心霊スポットに行った人がみんな恐怖体験をしていたら、それは怪異ではなくもはや現象に近い。

 何というか有難みに欠ける。

「そんな試行錯誤の日々の中、その日もいつものように図書館の新聞のバックナンバーを読み漁っていた。すると一つの記事が目に飛び込んで来たんだ。それは二人の少女が行方不明になったという記事だった」

「言い方悪いけど、そんなの珍しくないんじゃないですか?」

 瞳が首を傾げる。

「確かに。日本全体でみると年間に八万人もの人が行方不明になっている。その中のほとんどは家出だそうだ。だけど、新聞記事の行方不明になった少女たちは当時五歳で、事件と事故両方の可能性を考慮して捜査が進められているというものだった」

「まぁそういうニュースもたまに見ますね」

「君は何というか、淡々と身も蓋もない事を言うな」

「いや、それ程でも」

「当然褒めてない」

 どの口が人に淡々とか言ってんだ。

「まぁいい。それでその話には後日譚があって、二人の少女は数日後にフラッと戻って来たというんだ」

 棗先輩の言葉が熱を帯びる。

「『神隠し』ですか」

 早紀が呟いた。


『神隠し』


 望でも知っている都市伝説だ。

「その通り。そういった記述が珍しい訳じゃない。調べればいくらでも似たような話は出てくる。だけど新しいモノでも二千年代前半で、古いものだと昭和、江戸時代なんてのもある。この二人の事件は僕が身近に感じる事が出来た怪異の手掛かりだったんだ。ようやく掴んだ藁の端を逃がしたくなくてね。当然詳細な住所なんかは分からなかったから、一番生徒数が多いこの学校を受験したって訳さ」

 本来口数が多い訳ではないだろうが、棗先輩は熱に浮かされた様に言葉を紡ぐ。

「で、その二人は見つかったんですか?」

 対して、瞳たちの感情は死んでいく。

「いや、見つからなかった。手掛かりもなしさ。でも僕は幸運だった。どうすればいいかと思い悩んでいた時にあの事件が起きたんだ。すぐに事件の異常性――怪異が関わっている事に気が付いた僕は独自に事件を調べて日向木葉に行きついた。彼女が仲間になってくれれば僕の夢は叶ったも同然なんだ」

 まぁ、『憑物筋』の話が本当なら、木葉先輩の存在が怪異と言えなくもない。


「でも、木葉先輩は『憑物筋』の力を使いたくない――恐れてる」

「そう。だから、君たちに彼女の勧誘をお願いしたんだ」

 

 

 


 


 






 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る