第3話 怪異考察部

 とある放課後。


 強かった西日が、その成りを潜め、宵の帳が下りるまでの僅かな間。

 昼でも夜でもない――黄昏時。


 大半の生徒は既に下校しているが、遠くの方で練習熱心な部活動の声が聞こえる。

 それだけ。

 他に音は聞こえない。


 明かりを消した一年六組の教室には三人の生徒がいた。


 普段は明るく活発でクラスカーストの最上位――立花朱音たちばなあかね

 朱音の取り巻きで、クラスでも一際派手な――足立かおり。

 そして、クラスカーストの中間層――日向木葉ひなたこのは


 通常であれば交わるはずのない二人と一人。

 すわ、いじめかと疑いたくなる光景だが、そうではなかった。

 

 事の発端は、朱音が木葉に相談を持ちかけてきたことによる。

 何故、朱音が相談相手に木葉を選んだのか。その疑問は話を聞いてすぐに瓦解した。


 朱音は小学校の頃の木葉を知っていた。

 自分は特別だと勘違いして天狗になっていた当時の木葉を。 

 というか、木葉と朱音は小学校の時クラスメイトだった。


 どうして木葉がその事に気が付けなかったかといえば、朱音が全くの別人になっていたからだ。


 当時の朱音は大人しく、教室の隅で本を読んでいるような子だった。オシャレにも無頓着で野暮ったい黒髪に飾り気のない眼鏡をかけていた。


 それが今ではクラスの中心。ファッションリーダーだ。


 中学時代他者との関わりを減らしていた木葉にとっては正に寝耳に水であった。

 人間頑張ればこうも変われるものかと感心したが、朱音曰くその要因を作ったのは当時占いの真似事をしていた木葉のアドバイスによるものだったらしい。 


 そのため、朱音の中には木葉が大きく存在していた。中学時代何故が占いを止め、大人しくなった木葉を心配していたが、意図的にやっているようだったため、声はかけず陰ながら見守っていたそうだ。


 それがここへ来て急に声をかけてきた。

 理由を聞けばまぁ、在り来りもありきたり。

 要するに青春症候群――所謂恋愛相談だった。


 

「――それじゃあ、いい?」


 静寂の教室に小さな木葉の声が広がる。

 顔を見合わせ神妙に頷く二人。

 この場の中心は木葉だった。影の薄い彼女がこの薄暗い空間を支配していた。


 正直断るとこもできた。

 しかし、朱音が木葉を特別視しているというか事実に少し浮かれてしまった。

 元来の目立ちたがり屋の木葉が顔を出してしまった。


 朱音とかおりは普段の騒がしさが嘘のように口を閉ざし、木葉の一挙一動を注視している。

 あの頃よりも木葉の力は強くなり、力の使い方も覚えた。

 恩返しとは少し違うかもしれないが、朱音の頼みなら全力で応えようと思えた。


 三人は一つの机を囲んで座っていた。

 木葉の右側に朱音、左側にかおり。そして三人の中心―――机の上には一枚の紙が置かれていた。紙には黒字で『あ』から『ん』までの五十音が書かれており、その上に『はい』と『いいえ』。そして紙の一番上段の中心には赤で鳥居が描かれており、その上に一枚の十円玉が置かれていた。


 俗にいうウィジャ盤――こっくりさんである。


 木葉は二人の顔を確認すると、その黒々として大きな目を伏せ。

「それじゃあ、指を置いて」

 普段自信なさげに話す木葉の声とは打って変わって、小さいが静寂が居座る教室に良く響く声で続けた。


「アチラの世界かコチラの世界にお越し下さい」


 小学生の頃、木葉は魔法使いだった。

 箒に跨って空が飛べたり、黒猫と話せたり、手から火が出たり――はしない。

 それでも、『ソレ』は確かに魔の力だった。

 人によっては超能力や魔術なんて呼ぶかも知れないが、木葉にとってそれは間違いなく魔法であった。


 意識を他の二人に向ける。

 普通に生活していれば言葉を交わす事さえなかっただろう、クラスの中心に居る二人。

 そんな二人が今この場では自分の事を一目置いている――否、頼りにしている。

 そんな事実が木葉を興奮させる。

 気持ちの高ぶりはしかし、おくびにも出さず燃料としてくべていく。

『ソレ』はヒトの感情が好きだから。

 喜び、怒り、哀しみ、楽しみ――どんな感情でもいい。激しい感情につられて『ソレ』はやって来る。


 っ⁉

 最初に気付いたのは木葉だった。

 視線。

 気配。

 冷気。

 ………見られている。


 気付いてしまえばもう遅い。肌が騒めき全身に鳥肌が立つ。

 ぶるっと身震いする木葉を見て、他の二人も気づいたようだ。その眼が大きく見開かれ、胸の前で握りしめられた手が小さく震えている。


 キィ―――――ン


 微かな耳鳴り音が教室に満ちる。

 世界から音が消える。

 すぐ傍に居る二人の息遣いも聞こえない。自分の心臓も鼓動を止めてしまったかのようだ。

 しかし、本当の静寂とは角も五月蝿い。

 甲高い耳鳴り音が脳に響く。

 そして、木葉の背後から『ぶわっ』獣臭が広がった。

『来た』と思った時には三人の指を乗せた硬貨がゆっくりと歪に動き出していた。

『ソレ』は不規則に動き続ける。


「じゃあ、お願いをして」


 木葉が声を掛けると、あからさまに『ビクッ』と体を震わせるかおりと、気丈な態度だが、薄明かりでも分かるほど血の気の失った顔をした朱音が頷く。

「じゃ、じゃあ私から」

 極度の緊張で乾ききった口を何とか動かし、かおりがお願いを口にする。


 ※


 翌日の放課後。

 瞳は昨日の約束通り【怪異考察部】の部室前にいた。

 独りで、だ。

 肝心の早紀はというと、何やら急用を頼まれたとかで先に行っててと言われてしまった。

 まぁあ、約束したし、イヤでもどこかの部活には入らないといけないのだ。

「失礼します」

 ノックをして扉を開ける。

 そして、その人はいた。

 黒。

 彼を一目見た感想だ。


 薄暗い室内で椅子に座り、その手には何やら分厚い書籍。漆黒の瞳に漆黒の長髪を後ろで一つにまとめた五月だというのに学ランを着ている男子生徒。

 これだけでも十分に特徴的だが、一番の異彩を放っているのは右目にあてられた黒の眼帯だ。昨日の早紀の発言によれば現在この部室を使用しているのは二年の生徒一人だけとの事。

 彼が、瞳の部活仲間になるかもしれない人物ということになる。


「そこ、閉めてくれないか?」


 無言で考察する瞳に、その男子生徒が声を発した。

 中世的なキレイなこえだが、どこか冷たく聞こえるそんな独特の声であった。

「あ、はい」

 素直に応じた瞳は室内に名入り、後ろ手で扉を閉めた。


 その間。決して視線を外さなかった。いや、外せなかった。何故かは分からないが、彼という存在が瞳の何かを刺激した。


「君かな? 昨日この部室に侵入したのは」

 やはり声を発さない瞳に変わり、目の前の黒い生徒が口を開いた。

「侵入したつもりはありません。普通に見学に来て、普通に帰っただけです」

 侵入というあまり穏やかでない単語に対し、瞳は事実だけを淡々と伝えた。

「来たのは君一人だけ?」

「いえ。もう一人友達と」

「その友達は今日は?」

「後から来る予定です」

「そう」

 短い問いに短い返事の応酬が続いた後訪れた沈黙。


「……目、怪我でもしたんですか?」

 いつも率先して会話をしてくれる早紀がいないため、取り敢えず一番気になる事を聞いてみた。

「……いや、怪我ではない」

「じゃあ目が悪いとか?」

「……いや、両眼とも2.0だ」

「あ、そうですか」

 はて、眼帯をする理由が他にあっただろうか。瞳は暫し熟考した。


「あ、中二――――」


 そこまで言って、何とか口を閉じる事に成功した。

 自己紹介してもらった訳ではないが、恐らく目の前の男子生徒は先輩だろう。男子は女子と違って学年によっての制服の違いがないため分かりにくい事この上ない。

 だが、まぁ仮に同級生だだったとしても、高校生に対してあの病の名を口にするのはマズい気がする。

「……」

「……」

 互いに積極的ではなかった上に、会話を主導していた瞳が口を噤んだため再び訪れた沈黙。

 先程よりも居心地が悪く感じるのは、目の前の男子生徒から向けられる感情の籠らない視線が無関係ではないだろう。

 しかし、救いの手はすぐに現れた。

「ごめん瞳っ。遅くなった~」

 勢いよく扉が開き早紀が登場した。

 これには瞳も驚いたが、先程までの居心地の悪さは一気に霧散していった。

「うわっ ビックリした。ノックくらいしろよな」

 瞳にしては珍しく常識的な指摘をする

「あれ、私してなかったっけ? ゴメン~。瞳待たせてると思って急いでたから」

「さよですか」



「で、君が」

「はいっ! 入部希望の菅原早紀です」

「……そう」

 おお、早紀の圧に先輩が若干引いている。

「それで調べてみたんですけど、顧問の先生が分からなくて。入部届は先輩に出したらいいですか?」

 早紀は相手の事などお構いなしに話を勧めていく。普段はもっと相手の様子を慮るのに、珍しい。

 早紀のコミュ力がこの先輩にはオラオラがいいと判断したのかもしれない。

「悪いけど、新入部員は求めてないから」

「そんな!? だって三年生が卒業したらこの部活先輩しかいなくなっちゃうんですよね。そうしたら廃部ですよ。人員稼ぎと思って〜」

 勢いのまま最後は泣き落としのように先輩に詰め寄る早紀の必死さに、今度は瞳が若干引いた。

 早紀がこの怪しげな部活のどこに惹かれていくるか全く見当がつかない。

「確かに。廃部の危機ではあるけど、誰でも入部させるわけにはいかない。この部活は僕が目的を達成するために作ったんだ。だから、人選を妥協することはできない」

 いい加減鬱陶しくなったのか、先輩が少し本心を覗かせた。

「目的ってなんですか? 私達こう見えても役に立つと思いますよ!」

 どう見えてるのかは知らないが、確かに早紀は役に立つだろう。その卓越したコミュ力と情報収集能力、運動神経。大抵の事は一人で熟すだけのスペックを持っている。あと、可愛い。

 まぁ、私はそのおまけ位に思ってもらえれば十分だ。

「ちょっと瞳なに他人事みたいに聞いてるのよ」

「いや、それはまぁ」

 半分他人事みたいなもんですし?

 正直部活なんてどこでもいい。

「こんな子ですけど、いざとなったら私なんかより余っ程役に立ちますから。なんたって瞳は、――」

 おっと。それ以上はいけない。

 早紀の肩をグッと掴む。

「――あ、ごめん」

 瞳の真剣な顔を見て我に返った早紀が謝る。


 微妙な空気が流れた。


 その空気を壊したのは以外にも先輩だった。

「ふぅ〜ん。そこまで言うんなら僕が出した課題をクリア出来たら入部させてあげてもいいよ」

「本当ですか!」

 何とも上から目線の言葉だが、早紀は気にした様子もなく飛びついた。

 やれやれ、こうなっては瞳が嫌だと言っても無意味だらろう。


「二年の日向木葉。彼女を入部させることが出来たら、君たちの入部も認めよう」

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