14. 一歩の勇気

再び門を通る時は以前みたいに目を閉じなかった。

門に入った瞬間は急に暗い部屋に入ったような気がしたが、

その次の瞬間には体が前に吸い込まれながら宙に浮いている気分だった。

体も硬くなることはなかったが、不気味さが痛みとして全身に伝わってきた。

狭くて長い通路みたいな空間だったが、赤い光が壁に沿って流れていて、

かすかに燃え上がる何かが遠くに見えたりもした。


遠くに見えた灯は、あっという間に私の後ろを通り過ぎた。

その度に意味不明な音が聞こえた。

目を閉じた以前より、もっと早く門を通ってる気がした。


ある瞬間、再び暗い部屋に入った。

自然に足を踏み入れると、門を通過して初めて見る場所に立っていた。


壁にはすでに私たちが通った門の跡は存在せず、

ヘルの腕輪にも反応はなかった。


周辺を見ると、今まで通ってきたのと違う雰囲気で緑色の光を放つレンガで壁と床が作られた空間だった。


(うわ、湿っぽくてカビの匂いがすごいな)


フレアが壁にある【輝くもの】を見ながら話した。


「ローレン、これはなんなの? たいまつではないみたいよね。

ここ今までと雰囲気違うね。どこなんだろ。

ふぅー、なんか不気味だな。ここ」


壁には黒い箱が同じ間隔で並んでいて、どの箱の中にも緑色の光が

ふわっと浮かび上がっては、ぼんやり消えていくのを繰り返していた。

その光は息をするみたいに、時々パッと明るくなってはまた薄れて、

小さな花火みたいに消えたりしていた。


私は光を眺めながら、独り言のように話した。


「ふーん。魔法道具かなー、シードホートの魔法使いたちが作った《リオスカシ》と似てるけどね。

ふむ。でも私が知ってる《リオスカシ》とは違うんだよな。

あっう!本当に知らないことが多いなー。

《ドッカニン》が使っていた魔法も何なのか分からなかったし、

ここに来て私が知ってることがあまりにもない事実だけ分かったよ。ふん!」


(あ、シードホートの図書館に行きたくなったな。調べたい)


シードホートの図書館には私がまだ見ていない本が多い。

前は《忘れられた魔法》と関係ありそうな本ばかり探していて、

他の本には興味を持たなくて、見ようともしなかった。


しかし、今になって考えると、そんな本が

もしかしたら今役に立ったかも知れないって思った。


「ここから出る道は一つしかないようだ。この部屋を見回したが黒い門はなかった」


いつの間にヘルが来て私に話しかけた。


その話を聞いたフレアは私を見て話した。


「だ、大丈夫かな。この先」


シャーリンが話した。


「行きましょう。先に進むべきです」


私は恐怖よりも好奇心のほうが私の中で大きくなっているのを感じた。


「うん、そうだね。ここまで来たんだから、何があるか行ってみよう。

ここまで来たから進もうね」


ヘルが先頭に立って部屋から出た。壁には部屋と同じく緑の光が明るく光っていた。

長い通路の先に暗くて見えなかった。


私はヘルについて行きながら、独り言のように話した。


「ふーん、ここは扉がないね」


ヘルが止まって言った。


「この音は?」


私は音を聞くために目を閉じてしばらくしてから話した。


「ふーん、聞こえないな。なんの音?」


フレアはヘルの側に来て小さな声で言った。


「うぅー、なんかいるの?前は暗いし何も見えないよ。なんか出るの?」


ヘルはまだ歩き始めた。通路の先に緑色の壁が見えてきた。


「あ、聞こえる。何、この音?」


壁に近つくほど、その音はよりはっきりと聞こえてきた。

壁と天井には輝く光の波が揺れていた。


「ここで曲がる」


ヘルは慎重に歩を進め、私たちはゆっくりと彼の後に続いた。


曲がった先の壁には、水が少しずつ壁の上から流れ落ちていた。


私は驚いて言った。


「へぇー、こんな所に水があるんだ。ここはどこなんだ?」


水が流れ落ちる壁は、緑色に輝くコケで覆われていた。

水は壁の下にできた水たまりから溢れ出し、道を横切って流れていた。

その水路はまるで静かな小川のように絶え間なく流れて通路の明かりが水に反射して壁に輝く模様を描いていた。


フレアが私たちを見ながら聞いた。


「この水、飲んでもいいかな?」


ヘルは壁の下にある水たまりの水を手ですくって飲んだ。

ヘルが水を飲む瞬間、私には(おそらくフレアやシャーリンも同じだったと思うが)時間が止まったように長く感じられた。


「飲んでもいいと思う」


私たちは夢中で水たまりに行って水を飲み始めた。

フレアはイキイキして話した。


「うわ!冷たいし美味しい」


黒の門を通るのには慣れたと思ったけど、皆、体にはまだ影響が残っていた。

確かに水を飲むと、カラカラに乾いた唇も、暗くなった心も柔らかくなり、明るくなった気分だった。

私はヘルに聞いた。


「ふうー、水を飲んでもいいか、どうやって分かるの?」


「水の味で問題があるかは分かる」


フレアが聞いた。


「え?それ問題って?」


ヘルは水を飲んでる私たちを見ながら無感情な顔で話した。


「毒とかだな。しかし私に毒はあまり効かない」


《ドッカニン》のシチューを食べた時みたいに、

どれくらい時間がたったのかもわからないくらい水を飲んでから、

みんなで持っていた水筒を水でいっぱいにした。


「これから先は問題ないかなーー、行くよう!」


元気になったフレアが小さな水路を先に渡って通路を歩き始めた。

まるでここをよく知っているかのように自信を持って歩き始めたが、少し進んだところで立ち止まった。

フレアは通路の向こうに広がる場所に立っている【黒い人の形をした影】を指さして話した。


「あぁー、あれは何?」


ヘルはすぐにフレアを後ろに引き寄せた。

そして、静かに私たちに話した。


「まだ私たちの存在に気づいていない」


私は気をつけて横にしたカバンの中を探し、ギルドで買った魔法道具を取り出した。

手に持った魔法道具の小さな金属板がくるくると回っていた。

私は魔法道具を見ながら話した。


「《ドラウグ》かー。見た目だけでは確信できないが、この魔法道具が問題なければ、たぶんそうだろうね」


フレアが震える声で小さく話した。


「どうしよう? 僕たちは帰る道もないのに」


通路の向こうをよく見ると広場の真ん中には巨大な赤黒い石板があって

その向こうにはよく見えないが、通路みたいなのが見えた。


「ヘル、あの向こうに見えるのって通路だよね?」


「そうだ」


石板の周辺に黒いベールに顔を隠したような姿をした存在が、乾いた木のようにあちこちに立ち並んでいた。


私たちは来た道を引き返し、最初の部屋に戻った。

部屋に着いたフレアは、さっきの自信がすっかり消えたかのようにその場に座り込んでしまった。


私は落ち着いてヘルに聞いた。


「ヘル、ドラウグと戦った経験はある?」


ヘルはいつもの無感情な顔で黙っていた。

みんな静かにヘルの答えを待っていた。その間の静寂はまるで時間が止まったかのようだった。


ヘルは自分の剣と腕輪を見せながら話した。


「エルフは守るべき物のためにラグナロクの後、自分らの森に戻った。

闇に包まれた森は外から来る敵を防ぐことはできたが、

森の中から来る敵を防ぐことはできなかった。


ラグナロク以来、森のあちこちでヨツンが黒い門と似てる門から現れた。

エルフはこの腕輪のような道具と武器を作ることにした。

ヨツンの中には、魔法が込められた武器でなければ倒せないものもあった。

今私が持っている武器は、そのような魔法が込められた武器ではない。


この剣では、あの広場にいるヨツンを倒せないかもしれない。

しかし、私は君たちが何かをするための時間を稼ぐことができる」


ヘルの言葉が終わると、沈黙が訪れた。

その時、突然ノーブルが私に言った話を思い出した。


『ローレン、恐怖と戦って勝つのは難しいことです。

恐怖と向き合う為、その場にいても恐怖は消えないです。

耐えるのではなく、通り過ぎるべきです。


恐怖を振り払うことができるのは、【一歩の勇気】ですよ』


ノーブルの声が聞こえるようだった。


そしてその瞬間、目の前に見える《ドラウグ》をどうするかよりも、

《ドラウグ》を越えた通路の先には何があるのかが気になった。

私は思わず馬鹿な笑みを浮かべ、独り言のように話した。


「ドラウグを通り抜けると何があるのかな?」


フレアはぼんやりと私を見つめていた。

そして、ヘルが私に言った。


「あの先に何があるのか、私たちには分からない。

しかし、ここにずっといても彼らが広場から消えることはない」


私はカバンから魔法使いの帽子を取り出し、被りながら話した。


「よし、前に進んでいこう!

私とヘルが先に広場の真ん中まで道を切り開くよ。

真ん中にある赤黒い石まで行ったら、フレアとシャーリンも来て。

何とかしてみよう!」


シャーリンはすでに決心したのか答えずにうなずき、

複雑な表情を浮かべたフレアも立ち上がって、自分の剣を握った。


私は今目の前の問題より、その向こうにあるものについて考えながら歩いてた。

そして、いつのまにか再び広場が見える通路まで来ていた。


私は目を閉じて心の中で言った。


(想像力を実現させる信念が強い魔法の根源だ)


私は目を開けてヘルを見てうなずいた。

ヘルは自分の剣を抜き、両手で持ってドラウグたちに向かって走っていった。

私はヘルの後を追いながら周りを見回した。


動きのなかったドラウグたちが長い眠りから覚めたかのように

体をひねりながら両腕を振り回し、私たちの方に首を向け始めた。

彼らは長い間動かなかったかのようにゆっくりと動き出したが、時間が経つにつれて速く動き始めた。

その瞬間、ヘルの攻撃でドラウグは遠くに飛ばされてしまった。


「倒したか?」


その様子を見たドラウグが口を開けて悲鳴のような声を上げながら

私たちにその顔を向けて口から黒い煙を噴き出した。


「うっ」


その冷たい恐怖と嫌な死の匂いがする煙は吐き気を催し、

まるで生きている蛇のように私たちの体に巻きつこうとした。


「ニョルズの息吹よ、天上の風を吹き込み、

塵を解き明かしなさい。 エアレナディール」


風が私たちを包んでいた死の煙を押し出して散らばらせ、

口を開けていたドラウグは風に吹き飛ばされた。


ヘルはドラウグたちが速く動く前に次々と剣で切り倒した。


「うぅ、呪文を唱えるのに時間がかかりすぎる。

全部手の動きだけでできたらよかったのに!」


私は風の魔法でドラウグたちを押しのけながら進み、いつの間にか

私とヘルは広場の真ん中にある赤黒い石板まで来ていた。


そして通路側からは見えなかった広場の横側が見えた。

そこには鉄柵があり、その中には数え切れないほど多くのドラウグが立っていた。


彼らは私たちに気付き、ゆっくりと動き、鉄格子の間に手を伸ばした。

閉まっていた鉄柵は鉄が壊れる音を立てて曲がり、徐々に壊れ始めた。

そして、鉄柵の間からドラウグたちはお互いを押しのけながら私たちに向かって飛び出し始めた。


鉄柵の間からドラウグたちはお互いを押しのけながら私たちに向かって飛び出し始めた。


その姿を見て私は鳥肌が立ち、頭の中が真っ白になったが、考える暇もなかった。

私たちが立っているこの中央部にもまだ多くのドラウグが残っていて、

ヘルと私は彼らを相手にするのに忙しかった。


ヘルは私を守りながら剣を振り回し、少しずつ空間を作っていった。

私はヘルが作ってくれた空間でドラウグたちの動きを止めて私たちから遠ざけた。

夢中で体が動くままに私のところに来るドラウグを吹き飛ばした。

いつの間にか全身は汗で濡れ、荒い呼吸で辛くなって目の前が曇ってきた。


瞬間、目の前に見えたのは黒く醜い鉤のような手だった。


(くっ、重い)


動きが鈍くなった体を最大限回して避けようとしたが、

私の胸に鉤のようなドラウグの手が食い込んだ。


しかし、ドラウグの手と私の胸の間には輝く何かが遮っていた。

私は考える暇もなく指を集めて広げ、腕を上げた。

同時にドラウグは体が跳ね返って遠くに飛んでいった。


私は胸の方を触ってみたが傷一つなく、輝くものは消えていた。

曇った目をこすりながらドラウグが飛んで行った方を見て驚いた私は手を振りながら叫んだ。


「来るな!シャーリン!隠れて!」


しかしシャーリンは決意に満ちた表情で両手を合わせ、通路から出て私たちの方に向かって歩いてきた。

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