【最終章:山川カンナ(3)】

「わ、渡邉さん・・・どうしてここにいるんですか?それに、その手に持ってるものは本物ほんものなんですか。なんでそんなものを持ってるんですか?何のために?」


少しふるえる声で、田畑太一郎は渡邉哲郎に矢継やつばやにそう問いかけた。しかし、渡邉哲郎は無言むごんのまま二人の方を見続みつづけていた。


「渡邉さん」とふたたこえをかけようとしたところで、「こわい」というふるえる声が田畑太一郎の耳に聞こえてきた。坂井かなえの声だった。


その声に反応はんのうし、田畑太一郎が坂井かなえの方をいた。そして、坂井かなえは田畑太一郎にちかづこうと足をうごかしはじめた。


しかし、「うごくな」という抑揚よくようのない、しかし威圧的いあつてきな声が渡邉哲郎の口からはっせられ、坂井かなえはビクッとして動かそうとした足をその場にとどめた。


「坂井さん、だったよね。その場からは動かないでもらおうか。もし少しでも動くと・・・どうなるかはわかるよね」と言い、右手に持った拳銃けんじゅうを坂井かなえにけた。


田畑太一郎は、無表情むひょうじょうのまま拳銃けんじゅうを坂井かなえにける渡邉哲郎に恐怖きょうふしたが、なみだを目にかべてふるえる坂井かなえの様子を見て、彼の中でなにかがれた。


そして、坂井かなえをかばうかのように、渡邉哲郎と坂井かなえをむす直線上ちょくせんじょうに自分の体を運び、強い口調くちょうで渡邉哲郎に話しかけた。


「渡邉さん、やっぱりあなただったんですね。高野さんを殺害さつがいしたのも彼女の遺体いたい片付かたづけたのも。」


渡邉哲郎は少しおどろいたようにも見えたが、そのまま何も言わずに拳銃けんじゅうを二人の方にけていた。


「渡邉さん、何か言ったらどうですか?何も言わないなら、この場で俺があなたがやったことをすべ暴露ばくろしますよ。」


一瞬いっしゅん静寂せいじゃく。坂井かなえのすすこえが、田畑太一郎の耳にかすかにとどいた。


田畑太一郎はけっし、右手でつかんでいたスーツケースのハンドルをはなして、渡邉哲郎を指差ゆびさした。そして、これまでよりも少し声を大きくして、威嚇いかくするような口調くちょうで話を続けた。


「あなたは高野さんの婚約者こんやくしゃが高野さんにのこしたねらってたんですよね。でも、高野さんと接触せっしょくする機会きかいがなかった。元々もともとは彼女をころすつもりはなく、少しおどすとかお金をわたすとかで、その何かを手に入れたかったんじゃないんですか?」


渡邉哲郎はやはり何も言わない。その表情ひょうじょうにもわりはなく、拳銃けんじゅう相変あいかわらず二人の方にけられている。


「だから、あの座談会ざだんかいで高野さんと直接ちょくせつ連絡れんらく手段しゅだんたことに、あなたは内心ないしんよろこんだはずだ。座談会ざだんかい当日とうじつ座談会ざだんかい掲載けいさいするWebサイトの担当者たんとうしゃとして、あなたはおれたちが会場かいじょうに行く前にT大学をおとずれていたんじゃないですか?」


渡邉哲郎の表情ひょうじょうが少しゆるみ、笑ったかのように見えた。だが、そんな表情ひょうじょう変化へんかには気にもめずに、田畑太一郎は話し続ける。


座談会ざだんかいの前に高野さんと会う約束やくそくをしていたあなたは、そこで高野さんが婚約者こんやくしゃからわたされたゆずってもらうための交渉こうしょうをした。多少たしょうおどしもしたんでしょうね、今のあなたがしているように。しかし、高野さんから予想外よそうがい抵抗ていこうにあって彼女をころしてしまった。いや、もしかしたら、ころしてでもその何かをうばおうと計画けいかくしていたのかもしれない。」


「太一郎君・・・」と、坂井かなえのりそうなふるえる声が聞こえた。「大丈夫です」と言わんばかりに、左手の手のひらを坂井かなえにけながら、田畑太一郎は話し続ける。


「高野さんを殺害ざつがいしたあと、座談会ざだんかいの時間がせまってきているのに気がついたあなたは、とりあえず高野さんの遺体いたいをその会議室に放置ほうちして様子を見た。俺たちが時間よりも早く会議室かいぎしつくる可能性かのうせいがあったからです。実際じっさいに、俺らは時間よりも早く会議室かいぎしつおとずれた。あのとき、会議室かいぎしつちかくくにあなたはいたんじゃないですか?だからこそ、俺やかなえさん、真中さんと話したときに、その会議室かいぎしつ途中とちゅうだれかに会わなかったかと何回も聞いたんですよね?自分の姿すがたが見られていないかを確認かくにんするために。」


渡邉哲郎は観念かんねんしたのか、拳銃けんじゅうげた。しかし、その視線しせん相変あいかわらず二人の方を見続みつづけていた。


「おそらくあなたは、あの会議室かいぎしつでの俺たちの会話を聞いていたのでしょう。だから、俺たちが会議室かいぎしつはなれて守衛しゅえいびにくのがわかった。ってもどってくるまでに少なくとも数分すうふんはかかる。大人おとな男性だんせいであるあなたであれば、小柄こがらな高野さんの遺体いたい会議室かいぎしつからすのは三十秒もあれば十分じゅうぶんだ。ねんのため、ドアにかぎをかけておけば、高野さんの遺体いたいがなくなったことに気づかれるまで、さらに数分すうふんは時間をかせげるかもしれない。」


「で、僕はその遺体いたいをどこにかくしたのかな?」


渡邉哲郎がついに口をひらいた。その口調くちょうからはまった動揺どうようかんじられなかったことに田畑太一郎はすくなからずおどろいたが、気持きもちでけてはいけないと自分をふるたせ、渡邉哲郎を追及ついきゅうつづける。


「それは警察けいさつ仕事しごとです。遺体いたい場所ばしょは、あなたが逮捕たいほされたあとに、あなたが警察けいさつに話すことになるでしょう。そのときに、あなたは高野さんのIDバッジをどこに保管ほかんしているかも話さないといけなくなると思います。渡邉さん、あなたなんでしょう?彼女のIDバッジを使って、T大学に侵入しんにゅうして高野さんのものあさっていたのは。」


「ふぅ」と、渡邉哲郎はかるくためいきをついた。そして、「田畑君、僕は君を助けに来たんだけどな」と、少しつかれたような感じでそう言った。


「な、何を言ってるんですか、あなたは?」

「そのままの意味いみだよ。」

会話かいわちませんね。とりあえず警察けいさつ電話でんわしますよ。拳銃けんじゅうを持っているということで、とりあえずあなたは逮捕たいほされますから。」

「ここはアメリカだよ、田畑君。拳銃けんじゅう保持ほじ合法ごうほうだ。僕は正当せいとう手続てつづきのもとでこれを持っているから、逮捕たいほはされないよ。」


自分の主張しゅちょう論破ろんぱされ田畑太一郎は少しひるんだが、坂井かなえをまもらないといけないというつよ使命感しめいかんが彼をふるたせていた。


「かなえさん、警察けいさつ電話でんわしてくれますか。俺は渡邉さんを見張みはっておきます。いざというときには、このスーツケースをたてにしてみます。」


少しこえおさえて、田畑太一郎は坂井かなえにそう伝えた。坂井かなえはうなずき、携帯電話けいたいでんわをカバンから出そうとした。


「おっと、動いちゃだめだよ、坂井さん。カバンに手を入れたら君をつからね」と、再び拳銃けんじゅうを二人に向けながら、そう渡邉哲郎は言った。坂井かなえは動きを止める。


「渡邉さん、俺はあなたにあこがれていたんです。それなのに、なんでそんなことをしてるんですか?あなたは一体いったいなんなんですか?」


スーツケースのハンドルを右手でつかみ、いかりとも失望しつぼうともとれるこえで、田畑太一郎は渡邉哲郎にいかける。そして、田畑太一郎は覚悟かくごを決め、スーツケースをたてに渡邉哲郎にんで、ちからづくで拳銃けんじゅううばろうとしていた。


「田畑君、それはやめよう。おたがいに無事ぶじではまなくなる。僕は今、この場をおさめる方法ほうほうかんがえているんだ。」

「あなたは何を言ってるんですか?あなたさえここに来なければ、そして、あなたさえ今この場からえればなん問題もんだいもないじゃないですか?」


「それはちがうよ」と、おだやかな口調くちょうで渡邉哲郎が答えたが、「なにちがうんですか!」と田畑太一郎がさけんだ。そして、静寂せいじゃくがその場におとずれた。


その場にいただれもがしゃべらないし動きもしない。永遠えいえんの時間が流れているかのように田畑太一郎にはかんじられた。


プルルルル・プルルルル・プルルルル・・・


だれかの携帯電話けいたいでんわった。


電話でんわ、出てもいいかな?」と、いつもと変わらぬ口調で、渡邉哲郎が聞いた。


そんな状況じょうきょうじゃないだろうと田畑太一郎は思ったが、その場の緊迫きんぱくした空気に疲弊ひへいしていたためか、その質問には「どうぞ」と力無ちからなかえした。坂井かなえは一言ひとことはっしなかった。


「ハロー」と、携帯電話けいたいでんわ左耳ひだりみみに当てて渡邉哲郎が電話に出た。そして、電話の向こうからの声を注意ちゅういぶかく聞いていた。


「まあそうでしょうね。どうぞお好きなように」と、ためいきじりにそう言って、携帯電話けいたいでんわってポケットにしまった。と同時に、駐車場ちゅうしゃじょうおくの方にめてあった大きな黒いバンのドアがひらく音が聞こえた。


そこから人がりてきて、こちらにかって歩いてくる。駐車場ちゅうしゃじょう電灯でんとうのせいで、その人間のかおかげになってよく見えなかったが、子どものようにも見えた。


「哲郎君、まった面倒めんどうなことをしてくれたね。」


その声に田畑太一郎はおぼえがなかった。しかし、その声はあきらかに大人おとなのそれではない。田畑太一郎が渡邉哲郎の方を見ると、やれやれと言った表情ひょうじょうをしていた。


こえぬしが三人の方にかって歩いてくるにしたがい、その顔が見えるようになった。小学校しょうがっこう高学年こうがくねんか、中学校ちゅうがっこうはいりたてのように見える女の子だった。田畑太一郎はどこかで見たかおだと思ったが、どこで会ったか思い出せない。必死に思い出そうとしていると、黒いバンからもう一人がりてきた。


遠目とおめではあったが、それは山川聖香(やまかわ・せいか)だと田畑太一郎にはわかった。その瞬間しゅんかん、そこにいる子どもが、彼女の子どもである山川カンナ(やまかわ・かんな)であることを田畑太一郎は思い出した。


***

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