ウィルス

遠藤

第1話

田舎のとある町でそのウィルスは猛威をふるっていた。

子供達は初めてのウィルスに、あっという間に負けて次々と感染し発症していった。

為す術もない状況で、子供から子供、はたまた大人にまで感染し、人々は嵐が過ぎ去るまでジッと待つ以外にない状況が続いていた。


他のウィルスが近づける余地はなく、まさに独壇場であった。


そのウィルスは、お調子に乗っていた。

「クククク、ちょろい奴らばかりだ。俺は無敵なんだよ。俺のことを知らない奴らばかりであっさりと侵入させるバカ達。さらに何の役にもたたない免疫細胞。おかげで楽に増えることができた。このままあと数日もすればこの町も俺の力によって全滅だ。この調子なら全国制覇も夢じゃないな。クククク」

誰も止める事ができない中、ウィルスは次のターゲットに襲い掛かかろうとしてた。


そのターゲットは可憐な女児であった。

今までの子供とはちょっぴり雰囲気が違う感じはあるが、この町特有の逞しさの感じられない、見るからに弱弱しい女児であった。

さっそくウィルスは体内の侵入を試みた。

女児の口の中にあっさりと侵入し、そのまま喉を目指す。

(ちょろいちょろい)

喉の入口付近まで向かうと何者かが机に座っているのが見えた。

その何者かは保安官のような制服でサングラスをかけ、机に足を乗せたアメリカかぶれのような若い男で、指でコイコイと呼んでいた。

近くに寄ると、ガムをクチャクチャしながら「パスポートプリーズ」と言ってきた。

ウィルスはイラっとして、その男に凄みを利かせた。

「なんだてめー誰にモノ言ってる!感染すっぞ!」

それを受けたサングラス男は、口元に笑みを浮かべながら「おお―怖い」と大げさなジェスチャーで答えた。

ウィルスは唾を「ペッ」と吐くと、男の横を通過してなんなく喉に侵入し奥へと入っていた。

(なんだあいつ、変な奴。この町であんな奴と出会ったのは初めてだ。まあ、色々な人間もいるのだろうからあまり気にしてもしょうがない)

やがてウィルスは増殖するのに適した場所に辿り着いた。

(よし、この辺りでいいだろう。さあ、パーティーの始まりだ!ケーケケケケ)


さっそく仕事に取り掛かろうと思ったが、ウィルスは妙な感じに襲われていた。

(おかしい。静かすぎる。いつもなら、白血球やマクロファージの雑魚どもがワサワサ湧いてくるのにその気配がまったくない)

辺りを見渡してもいつもの騒がしさの兆しもない。


まあ関係ないやと仕事に取り掛かろうとしたその瞬間、ウィルスの全身に悪寒が走った。


・・・何かがいる。


いや、正確にはわからないが、見渡した闇の中に何か違和感があったような気がする。

寒気を感じるウィルスの額に冷や汗がジワッと浮かぶ。

ウィルスは恐怖を感じつつも、その違和感を感じる方向に目をゆっくりと回していく。

本当は、見たくないのに体が言うことを聞かない。

そう、確認せずにはいられないのだ。

闇の向こうに目をこらして見ると、光が二つみえた。

あきらかに目のようにみえる。

光る目が、こちらをじーっと見ているように見える。

(なんだあれ?)

ウィルスは恐る恐る近づいていく。

その謎のモノが把握できそうな近さまで行くと、「シュゴー」という音とともに、白い煙のような、はたまた瘴気のようなものが噴き出すのが見えた。


恐怖だったが、もうここまできた以上確認をしないと気が済まない。

さらに近づきそれを確認する。

「ひえっ?!」

思わずウィルスは、ギョッとして驚きの声をあげていた。

そこにいたのは、ゴリゴリムキムキの傷だらけの大男が座ってこちらを見ていた。

手には鬼が持っているトゲトゲの金棒を持っている。

(ヒーー鬼だ!いや、あれは反社だ。もっとも関わっちゃいけない存在だ。なんでこんなところに居る?なんでこんな、か弱い女児の中に居るんだ。敵なのか、それとも同業なのか?いや、俺はウィルスだ。反社じゃない。こんな奴と一緒にされたらたまったもんじゃない。こいつはあきらかに反社だ!)

その存在は、「シュゴー」と鼻から白い煙を一つ噴き出すと立ち上がりこちらにゆっくりと近づいてきた。

ウィルスは動くことができずにいた。

近づいてきたその存在の姿にウィルスは気を失いそうになった。

(うわーやっぱり鬼だ!)

全てが見えるようになり、あらためて全身を確認すれば、頭に角が2本生え、筋骨隆々で、顔から腕や足のいたるところが切り傷のような跡だらけ。更に良くわからないが、何故かピタピタの小学生が着るような、半袖半ズボンの体操着を着ていた。

そして、その鬼の胸部分にボロボロのゼッケンのようなものがぶら下がっていた。

その文字を読んだウィルスは思わず目を見開いた。

(さ、さいたま?!)

鬼の体操着に「さいたま」とひらがなで書かれたゼッケンのようなものが、辛うじてぶら下がっていたのだ。

(何でさいたまの鬼が、こんな田舎のガキの体の中にいるんだ!てか、この鬼は何者なんだ!菌なのか?細胞なのか?さいたまなのか?いや、敵なのか?)

ウィルスは、驚きと得体のしれない恐怖で体が動けずにいた。

しかし、ゆっくりと近づいてくる鬼に一旦は恐れを感じたウィルスも、なんとか正気を取り戻し、今はこの町の王だったことを思い出した。

(まあ、さいたまだかなんだか知らんが、どうせ見掛け倒しだろう。俺の事なんか知らないだろうから、攻撃したら余裕で勝てるはず)


いざ、ウィルスが攻撃を仕掛けようとしたその時、鬼の奥から声が聞こえた。


「どうした兄弟。客人かい?」


そう言って奥から現れたのは、またしても巨大な鬼であった。

しかも二体。

同じように全身傷跡だらけで、ボロボロの体操着姿。

そして、ゼッケンには「かながわ」と「ちば」と書かれていた。

「ちば」の鬼は角が一本折れていた。


(ヒッ!か、か、関東の地名を付けた鬼がなぜ、こんなところに集まっているんだ?こ、この女児はいったい何者なんだ・・・)


得体のしれない恐怖に思わず、後退りするウィルスにまた横から新たな声が聞こえてきた。

「おや、何だか見たことある顔だねえ」


(え?!)


「やっぱりそうだ」


その声の主の姿が闇から現れてくる。


その姿は他の三体とは違った。


全身傷跡だらけ、ボロボロの体操着は同じなのだが、他の鬼よりも小柄な鬼女であった。

その鬼女の体操着からも取れかけたゼッケンがぶら下がっており、そこには「とうきょう」とひらがなで書かれていた。


(と、と、と、とうきょう!!)


突然、ウィルスはいつかの出来事を思い出していた。

あれはいつの頃だったろうか忘れたが、母親との会話だった。


「俺、おっきくなったら内地に行って有名になるわ」


「寝ぼけたこと言ってんじゃないよ。そんなの無理に決まってるべさ」


「なしてさ!やってみなきゃわからんっしょ」


「おまえみたいな田舎もん丸出しが、都会なんか行ったって何もできずに帰ってくるはめになるんだ」


「それはお母さんたちの時代っしょ?俺たちヤングは違うべさ」


「なに、はんかくさいことばかり言って。お父さん東京行ってどうなったのか忘れたのかい?あれだけ勢いドンドンだったお父さんが、東京でめちゃくちゃにされて、今じゃ見る影もないべさ。魑魅魍魎が群がる都会なんか行ったら、あんた一溜まりもないわ」


「そんなことないべさ。兄ちゃんだって都会に行くって言ってたべさ。きっと都会で頑張ってるっしょ」


「ふん!勝手に出ていった奴のこと言っても何も始まらないべや。今に泣いて帰ってくるんだ。もういいからお風呂入っちゃいな」


母の忠告も聞かずに、兄を真似て、若さゆえの勢いで家を飛び出してみたものの、やっぱり都会に行く勇気はなく、気づけば、自分を知らない田舎町でまるで世界を取ったような顔をして、御山の大将を気取っているのだった。


それでも憧れ、何度も夢に出てきた大都会東京。

しかし、反面、想像するだけで恐ろしさが次々と湧き出てくる地獄のような街、東京。




鬼女はウィルスに近づいてくると、マジマジとその姿を薄ら笑いを浮かべながら観察した。


「はは、やっぱり、あんたあいつの身内だね。凄いそっくりじゃん。それはそれは今年の夏はお世話になったねえ。おかげでこんな有様さ」


鬼女の体をよくよく見て見れば、凄まじい傷跡があちこちにあった。


「いや~凄まじい戦いだったねえ。まさに死闘さ。もう駄目かって、何度思ったことか。ただ、絶対にこんな奴に屈するのが嫌だって、その一点で頑張ったねえ」


当時都会では、通常冬に流行するウィルスが夏にも関わらず、猛威をふるったのだった。

命からがらなんとか冬を乗り切ったものの、すっかり弱気になってしまった人間たちに追い打ちをかけるように猛攻撃をしかけてきたのだった。



鬼女は震えあがるウィルスの肩を抱くと耳元で囁くように言った。


「あの時の古傷が今でも痛むねえ。あっちに居る奴らなんて可哀そうに、悪い夢でも見たんだろうねえ。夜中に叫びながら飛び起きることが何度もさ。汗びっしょりで、涙も流しながら」


ウィルスはあまりの恐怖にただ震えるだけだった。

鬼女は金棒を床に打ち付けた。

「ビクッ!!」

ウィルスの体はますます硬直する。


「よし、それじゃあ、パーティーでも始めようじゃないか。あんたの分身たちを集めて盛大なパーティーと行こうねえ。ねえ、どうだい皆?」


関東3県の鬼が一斉に声を上げる。

「おおおーーーー!!」


鬼女は片手でウィルスの頭をがっしり掴むと、関東3県の鬼を引き連れ喉の出口へと歩いていく。


このままでは全滅してしまうと思い、ウィルスはなんとか逃げる方法を探っていた。

喉の出口では、保安官が相変わらず机に足を載せて、口元に笑みを浮かべていた。

ウィルスは最後の望みをこの保安官にかけた。


「助けて!反社、いや鬼にからまれています。痛たたた、ほら、これ頭引っ張られて暴力を受けています」


保安官はなんも聞こえない感じでガムをくちゃくちゃしながら、やがて言った。


「いってらっしゃーーい!獲得免疫さん達」


「へ?」


鬼女は、ウィルスの頭を引っ張り体を引き上げると笑みを浮かべながら言った。

「ああ、あいつ自然免疫だから。うちらはお仲間さ」


(かかか、獲得免疫が鬼?!バカな!そんなはずないだろう!)


この町の免疫たちは優しい聖人のような者ばかりだった。

自分のことを知らないのよそ者にも関わらず、ズカズカと闖入してきた自分に、笑顔でお茶まで出してくれるものもいた。

鬼女は金棒をウィルスの頬にグリグリと押し付けながら言った。


「誰も鬼になりたくてなったわけじゃないよ。うちらだって、もとは可愛い可憐な姿だったのさ。でもねえ、都会では優しさだけでは生きていけないんだよ。時に鬼にならないと守れないものもあるんだ。だから主を傷つけようとするものは誰だろうと容赦しないよ!」


ウィルスはさすがにもう逃げれないと観念した。

脱力する中、頭の中で母に手紙を書いたのだった。




前略

母上様


お元気にしていますか?

僕は何とか頑張っています。


突然ですが、母上が昔言っていたことを思い出しております。

「都会は怖い所だ」って。

覚えていますか?

その意味がやっと身に染みてわかりました。

この世界、上には上がいるというのもわかりました。

そのことを先輩のような、鬼のような、特異な存在。いや、厳しくも優しい方たちが教えてくれました。

今度、いや、いつか実家に帰れたら、たくさんの出来事を話したいと思っております。

そちらは今頃雪が降る頃でしょうか?

懐かしい情景が今でも目に浮かびます。


お母さん、俺、兄ちゃんを恨んだりしてないから。

兄ちゃんは、いつも俺の頭叩いたり、いじわるばかりしてきて、あの頃は凄く嫌いだったけど、今はもう、全然嫌いじゃないからね。

兄ちゃんは、都会で頑張っているって、先輩のような鬼のような優しい方たちが言っていたよ。

兄ちゃん、他のウィルスを跳ね除け、さいたま、かながわ、ちば、そして、とうきょうでも一番になったって言ってたよ。

俺には無理だったけど兄ちゃん夢を叶えたよ。

凄いよ兄ちゃん。

ああ、もっと言いたいことあったけどそろそろ行かなきゃ。

先輩のような鬼のような優しい方たちと行かなきゃいけないから。

したっけ、お母さん、いつまでも元気でね。




兄ちゃん、兄ちゃん、兄ちゃん・・・馬鹿野郎ーーー!!




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ウィルス 遠藤 @endoTomorrow

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