17話 溶ける帝王様

 ユキが突然起き上がったかと思えば、俺の両頬に手を添えてきた。顔に乗っていた温もりが離れ、冷たい空気に撫でられる。


「しお……。キスしてもいい……?」


「……ダメに決まってるだろ?」


 突然の言葉に少し動揺してしまう。

 パーティーの時は微かに、今は異常な程に発情の匂いがしているとはいえ、ここまで直接的な誘いの言葉を掛けられるとは思いもしなかった。

 しかも、未だに両腕は抑えられていて、腰に跨られている。流石にそこまではしないと思うが、ユキの機嫌次第では強引に唇を奪うことだって可能だ。

 俺は少しの緊張を感じながら、説得を試みる。


「どうして……?今すぐに返事をして欲しいとは言わないよ……?この気持ちを伝えて、ほんの少し気持ちよくなってもらいたいだけ……」


「少しで終われないから言ってるんだよ」


「私は我慢出来るよ……?」


「俺が無理なんだよ。悪いけど、これだけは譲れない」


 別に、婚前や交際前の行為が悪いと言うつもりはない。問題は俺だ。

 俺は一般的な人間族ニンゲンに比べて性欲が強い。対策はしているけど、それでも生まれ持った欲深さは変えられない。

 ただでさえミリィと一線を越えてしまった前科があるのだ。あの時は衝動的なものだったが、仮に話し合った上での行為を一度でもしてしまえば、欲望の沼に嵌って二度と抜け出せなくなってしまうだろう。

 そして、そんな欲に塗れた状態で世界平和を実現出来るとは思えない。


「…………分かった。それなら、頭と、出来れば角も撫でて欲しい……。それで我慢する……」


「ありがとう」


 ユキが俺に体を預け、撫でやすいように頭を向けると同時に翼で抑えていた両腕を開放してくれたので、優しく頭を撫でる。

 白く透ける髪は綺麗だけど、手入れはされていないので所々で指が引っ掛かる。切り揃えて櫛や香油を使えばもっと綺麗になると一度だけ言ってみたけど、面倒だから今はしないと断られた。本当にユキらしい。


「角は……?」


「分かってるよ」


 甘えるような上目遣いをされたので、爪を立てないように撫でた。

 黒龍族アルピヌの角は、人間族ニンゲンの爪と同じで感覚が無い。だが、角で感じた振動はそのまま頭蓋骨を渡り、耳の奥から響く。親しい相手にしか触らせることはないし、互いの角を擦れ合わせる行為は恋人の間でしか行われない。

 しかも、ユキは低い視力を角から得る情報で補っているので特に敏感だ。俺はあくまでも親しい友人として優しく角を撫でる。


「気持ちいい……。ありがと。好き……」


 ユキは目尻が下がり、目がとろんとしていた。普段は威厳のある帝王様なのに、こうしていると本当に可愛い。




「しお……。このままマッサージもお願いしていい……?」


 少しの間、頭や角を撫でていると、マッサージを頼まれた。もうほとんど目が開いてなくて、すぐにでも寝てしまいそうだ。


「いいよ。でも、服を着て準備してからな」


「あ、寒かった……?ごめんなさい……」


「まだ平気。マッサージの間に寒くならないように着たいだけだよ」


「なら、良かった……」


 ユキがベッドから降りたので、俺も降りてスーツを着た。そして、ユキがニットの裾を上げ始めたのを見て急いで壁を向いて目を瞑る。ユキは俺の前でも普通に服を脱ぎ始めるし、体を隠そうとしないからな。


「見てていいのに」


「そういう訳にはいかないだろ……」


 ――パチっ、シュル……


 衣擦れの音と共に、ユキの匂いをより直接的に感じるようになった。

 マッサージは何度もしているが、すぐ後ろでユキが服を脱いでいるという事実は未だに俺を興奮に誘う。


「ん……。もういいよ……?」


 うつ伏せになったようなので、俺は胸ポケットから小瓶を取り出した。腕時計を手に持ち、外周部ベゼルを12時に合わせてから竜頭を引く。


 ――シュボッ


 そして、腕時計から出た火を竜頭で調整してから小瓶のオイルを少し温め、人肌より少し温かくなったら火を消した。

 振り返ると、ベッドには上半身裸になったユキがうつ伏せになっていた。俺は脇の間から姿を覗かせる膨らみをなるべく見ないようにしながらベッドに上がり、腰を浮かせたたまユキに跨る。

 俺が乗ったくらいでは何も感じないだろうけど、この方がマッサージはしやすい。


「じゃあ、始めるよ」


「ん……」


 オイルを手に馴染ませたら、声を掛けてからユキに触れた。

 黒龍族アルピヌの背中には腕や首を動かす筋肉の他に翼を動かす筋肉、尻尾を支える筋肉まで複雑に張り巡らされていて、翼や尻尾にも多くの筋肉があるので、まずはオイルを広げて筋肉を温めながら、どの筋肉が凝っているのか確認する。

 ……やはり、翼の筋肉が特に凝ってるな。ユキは威厳を出す為に一挙手一投足まで演じているが、黒龍族アルピヌにとって翼は特に大きな要素なので、その影響だろう。人間族ニンゲンが背筋を伸ばすのと同じで、翼を広げ、大きく見せることが重要らしい。


「んぅ……」


 ユキは既に目を瞑っていて極楽といった感じだったので、声を掛けずにマッサージを始める。まずは背中から。翼と腕の位置を調整しながら、優しく揉みほぐしていく。


「んぁっ……、んっ……」


 次に、翼のマッサージだ。方翼ずつゆっくりと広げて伸ばしながら、翼の筋肉とその付け根にも丁寧に圧を掛ける。

 俺が配合したこのオイルには筋肉を柔らかくする他、保湿の効果もあるので、皮膜にはもちろん鱗にもしっかりと塗る。特に付け根の上下はコートと擦れることもあり荒れやすいので、優しく念入りに塗る必要がある。


「ん……、ぁ……」


 そして、最後は尻尾。ユキには何度もマッサージをしているので慣れているものの、人間族ニンゲンにはもちろん、食肉にも似た筋肉がないので最も難しい。強いて言えば大型の蛇に近いが、鱗はとても硬い。

 黒龍族アルピヌにとっての第三の腕として日常生活や戦闘に酷使されることもあり、疲労が溜まっている他、先端には血が溜まりやすい。尻尾はスカートの穴から出しているので、オイルが服に付かないよう気を付けながら、先端から根本に押し流すように圧を掛けていく。

 






「すぅ……んぅ……」


 ……マッサージが終わると、ユキは心地よさそうに寝息を立てていた。

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