16話 宝抱き

 料理の話が終わると二人が部屋に戻ったので、俺はベッドに横になった。






 ……そして、時計の針が頂点で交わった頃、動き始める。

 起き上がり、腕時計を着けてからネクタイピンの突起を押す。そして、鏡から俺の姿が消え、足音も出ないことを確認したら、扉の前に移動した。

 腕時計の外周部ベゼルを回し、矢印を10時に合わせてから竜頭を引き、指先で扉に大きな円を描く。この腕時計はミリィによる様々な仕掛けが施されていて、今となっては多機能な魔道具と化している。見た目の変化こそ無いけれど、扉には穴が開いている筈だ。


 俺は手を伸ばして穴の存在を確認してから、ゆっくりと扉に向かって歩く。何度か使用しているけど、視覚と触覚に差がある違和感には慣れない。

 無事に廊下に出たので、竜頭を元に戻してから扉を触り、穴が無いことを確認する。廊下には兵士が居るけど、俺に気付いた素振りは無い。




 何度か兵士の前を通り過ぎながら城内を歩き、ようやく大きな扉の前に着いた。ここが帝王様ユキの部屋だ。

 再び腕時計を使って扉を通過すると、ユキがこちらに視線を向けていた。俺は竜頭を戻してから、外周部ベゼルを11時に合わせて再び竜頭を引く。そして、ネクタイピンの突起を長押し


「しお……!!会いたかった……!!!」


 ――するとほぼ同時に、ユキに抱きしめられた。腕を首に、翼を腰に回され、尻尾まで脚に巻かれている。絶対に離さないという強い意志が伝わってくる抱擁だ。

 ユキと俺の身長はほとんど変わらないので、少し動いただけで唇が触れ合ってしまいそうなほど顔が近い。ユキからは早くも発情の匂いがしている。


「俺も会いたかったよ。そんな格好で寒くなかった?」


「しおが温めてくれるから平気……」


「そっか」


 黒龍族アルピヌは燃料の使用を最小限に抑えられるように室内でもコートを着ているが、ユキは黒のニット姿だった。

 体が冷えているのが分かるので、俺からも抱きしめる。


「前からもう半年も経ってる。すごく寂しかったんだよ……?」


「忙しかったんだから仕方ないだろ?これからはもっと会えるはずだから」


 ユキとあまり会えないのは時差の存在が大きい。このような密会が可能になるのは深夜だが、伍木国ごもくこくとレオディヌエ龍帝りゅうていの時差は10時間。片方が深夜の時、もう片方は昼間だ。ミリィに頼めば一時間で往復が出来るものの、お互い昼間に一人の時間を作ることは難しいのだ。

 しかし、今後はレオディヌエ龍帝りゅうていとの会談もあるし、近隣の国との会談の際に抜け出して密会することも可能だろう。


「ちゃんと会いに来ないとだめだからね……?」


「ああ。約束する」


「それなら、許してあげる……」


 ユキがさらに体を密着させてきた。首筋に顔を埋め、鼻をすんすんと鳴らして匂いを嗅いでいる。


「ん……。汗の匂いがする……。ちゃんとお風呂に入らないでくれたんだ……?」


「まあ、頼まれたからな」


 俺は人の感情まで勝手に嗅ぎ取っているのだ。自分だけ匂いを隠すようなことはしたくないし、そうでなくとも上目遣いのユキに頼まれたら断れない。


「嬉しい。私も入ってないから、たくさん嗅いで私の愛を感じてね……?」


「わざわざ嗅がなくても、解ってるつもりだよ」


 言動からはもちろん、匂いからも好感を抱いてくれていることが常に伝わってくるし、頻繁に発情の匂いを発しているからな。

 発情の匂いが示すのは、心の奥底からの愛欲だ。当然ながら、本来は嗅ぐ機会が少ない。夜の街を歩いていても、微かに匂いがする程度だろう。

 抱きしめ合っているとはいえ、話しているだけでこんなに濃厚な発情の匂いがするなんて、正直に言えば異常だ。

 しかし、それ程までの好意を寄せてくれていることは理解している。


「宜しい。じゃあ、脱いで……?」


「上だけだからな。変なことはするなよ」


「分かってるから早く……!」


 いつものことなので、最低限の注意だけしてから一つずつボタンを外す。ユキが焦れったそうにしているけど、これは国から支給されているものなので粗末に扱うことは出来ない。


「やっぱり格好いい……」


「見た目だけだけどな」


 人間族ニンゲンの筋肉は、黒龍族アルピヌのものとは違う。力は弱いが肥大化しやすい。

 一見して体も細く、筋肉も無いように見えるユキが凄まじい力を持っているのとは真反対だ。


「しおは強い……。私を守ってくれたし、意思も強い。私は知ってるよ……?」


「そう言ってくれると嬉しいよ」


 自分ではそう思えないけど、ユキに言われると少し自信が出る気がする。


「じゃあ、ベッドに運ぶね……?今夜のしおは私だけのもの……!」


 上裸になりシャツを畳み終えた俺が頷くと、ユキは背中と膝裏に腕を回して俺を持ち上げた。

 このようにしてベッドまで運ぶ、直訳すると宝抱きと呼ばれる行為は、黒龍族アルピヌが自分のものと示す為に行われるものた。ユキがとても幸せそうにしている。


「痛くない……?」


「平気だよ」


 そして、ユキは俺をベッドに仰向けに寝かせると、脚に跨り、翼を使って両腕を抑え付けた。

 俺は抵抗なんてしないけど、ユキはこうして抵抗出来ないようにするのが好きらしい。


「じゃあ、頂きます」


 ユキは首筋から匂いを嗅ぎ始め、胸元、お腹、脇。少しずつ移動しながら、堪能するように鼻を鳴らしている。

 流石に恥ずかしいけど、我慢する。


「やっぱり、ここの匂いが一番好き。何でだろ……?」


 そう言って動きを止めたのは、頭頂部。両手で頭を抱えるようにしながら匂いを嗅いでいる。

 ユキは深く考えていないみたいだが、胸が顔に乗せられていて、下着やニットに阻まれてもなお、その柔らかさを訴えてくる。


「んー。しおの匂いって感じがするからかも……?」


 俺は心を無にして興奮から逃げることにした。

 内心を察せられても困るけど、ユキが夢中になってこの時間が長く続くのも困るな……。

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