10話 朝日と氷と金の雲
「そういえば、
「仲良しって言われると違うけど、面識はあるよ」
ルピウユキ・グラヌ。
レオディヌエ
「昔はユキと愛称で呼んでいた間柄ですよね?」
「それは昔の俺にはレオディヌエ語の発音が難しかったからだよ」
「でも、そう呼ぶことを許してくれるくらいには、仲良しだったです?」
「そうだな。祖父の任期が終わってからは一度も会ってないけど、幼い頃は仲がよかったと思うよ」
祖父が大統領の任期を全うすれば接点も無くなる。ユキは帝族で、俺は他種族の一般人。外交関係の悪化も相まって、正式に会うことは不可能になった。
ミリィの魔術のおかげで会うことは出来ているけど、自由な生活を送っているミリィと違い、ユキには私生活の制限も多く、俺にも元大統領の孫としてそれなりの制限がある。
さらに距離や時差の問題も重なれば、年に数回しか会えない。
「そうなん、ですね……」
「よくあることだろ。俺は気にしてないよ。それより、まだ煮込むのか?」
「あと少しですね」
少し湿っぽい空気になってしまったので、話を終わらせる。実際、俺はもう気にしてない。自由に会えない煩わしさは感じるが、気にしたって仕方がないからな。
「そろそろ、火を止めて完成させましょうか」
「分かった」
「はいです」
閒夜の一言で火を止めて、各自仕上げの準備を始めた。俺は塩だれと鶏油を温め、閒夜は塩叉焼を軽く炙る。
「これが中力粉“
そして、七岷は自慢気に麺を掲げた。
今回は材料の調達から三人の得意分野に分けていて、俺が塩ダレの材料と野菜、閒夜が
麺だけは寝かせる時間が欠かせないので、事前に製麺したものを持ってきてくれた。
「綺麗な色ですね」
「ふっふっふー。これは透き通ったスープに映えるように、綺麗な色が出るように工夫してあるです!」
「本当に凄いな」
自慢気になるのも納得だ。
加水率24.4パーセントでの製麺自体が難しいにも関わらず、ああやってしっかりと麺の形になっていて、さらに発色の工夫もしているなんて。少なくとも、俺には不可能だろう。
七岷が麺を茹でている間に、俺は器を温めてから清湯スープと塩ダレを注ぎ、閒夜が上に乗せる白髪葱を用意する。
――チャッ、チャッ、チャッ、
七岷が湯切りをした麺を器に移して麺線を整えたら、閒夜が塩叉焼と白髪葱を盛り付け、俺が鶏油をひと回し。
「完成ですね」
「完成だな」
「完成です!」
淡麗塩拉麺の完成だ。
各自一杯ずつ持ち、調理室から出て、机に置く。そしたら急いで調理服を脱いで、用意しておいた私服に着替える。
――パシャッ
俺はスマホで写真を撮った。三杯の淡麗塩拉麺の下に三人の手が並んだ写真だ。これは個人的な記録でもあるが、政治家として必要なことでもある。
調理への真摯な姿勢を国民に見せることが信頼される政治家への近道となるので、俺は毎食の様子をSNSに投稿するようにしている。
「「「いただきます」」」
三人で手を合わせ、ラーメンを食べ始める。まずは、スープから。
……うん。美味しい。透き通った見た目からは想像が出来ないほど、力強く
清湯スープの濃厚な旨味と鶏油の芳醇な香りが口の中を幸せで満たしていき、後から
――ズズっ
続いて、麺をすする。
……こちらも美味しい。スープがしっかりと絡んだ極細麺は歯切れがよくて心地よい。
七岷は抑えたと言っていたが、スープの香りに優しく寄り添うような小麦の香りを感じる。
最後は塩叉焼だ。
……っ、すごいな。味見をしたものの、あの時とは桁違いに美味しい。
軽く炙られたことで食感に変化が現れ、香ばしさも加わっている。スープに浸かったことで旨味も増しているのもいい。
「美味しいですね……」
「美味しいな……」
「美味しいです……」
自分達で作った筈なのに、三人して圧倒されてしまった。
「あっ!明るくなってきたです!」
スープが、麺が、塩叉焼が……と感想を言い合っていると、七岷が窓の外を指差した。
視線を向ければ、機内の照明とは違う、温かい熱を帯びた光が差し込んでいた。夜が明けたらしい。
「……とっても綺麗、です」
「そうだな」
三人で、窓の外を見る。朝日が輪郭を現し始め、氷の大地を輝かせ、雲を照らす。とても綺麗な朝焼けだ。
「……思い付きました、今回の淡麗塩拉麺の料理名。“ 朝日と氷と金の雲”というのはいかかでしょう?」
「いいと思うです!」
「俺もそう思うよ」
無言で景色を見ていた閒夜が、口を開いた。
赤いスープと、白い塩叉焼と、金色の麺。それらを今見ている風景で例えた、いい料理名だと思う。
事前に料理名を決めるのもいいが、俺は決めないで作る方が好きだ。こうしてその時々の思い出も加わるので、唯一無二の特別な料理名になるからな。
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