7話 本当に突然

「ミリィ。もしかして、俺がこの魔道具を使うことが怖い?」


 冷静になって、ふと気付いた。ミリィがこうやっていつも以上に誘惑したり、揶揄ってくる時は、何か隠し事がある時だ。

 匂いからは分からないけど、この予想は当たっていると思う。


「……そこまで、理解して頂けているのですね」


 やっぱりか。

 ミリィは過保護なところがある。俺の胸には護衛用の魔道具が埋め込まれていて、世界中どこにいても位置が分かると言っていた程だ。

 この魔道具の使用中に不測の事態が起きてしまったら……と恐れているのかもしれない。


「この魔道具を使っている間は、なるべく無茶をしない。約束するよ」


「無茶はするのですね」


「必要であればな。その時も、可能な限り事前に相談するようにするから」


 俺は世界平和という夢を真っ当な手段だけで叶えられるとは思っていないし、使えるものは全て使うつもりだ。

 無茶をしないと約束することは出来ない。


「……本当ですか?」


「約束する」


莅塩りしお様にとって無茶ではないという言い訳は聞きませんよ?」


「分かってるって。常識として無茶のない範囲で頑張るつもりだよ」


 ミリィがじっと見つめてきたので、目を逸らさずに意思を伝える。

 幼い頃には自分の命よりも政治を優先してしまったこともあったけど、その件は本当に反省している。


「…………分かりました。もし約束を破るようであれば、二度と私の側を離れられないようにしますから」


「ああ。分かった」


 断言したってことは本気でやるんだろうけど、約束は破らない。


「そうやって即答するの、ずるいと思います」


「ずるいって何だよ」


 発情の匂いがするから発言の意図は分かるけど、俺個人としても、一人の政治家としても当然のことをしているまでだ。


「もう。とにかく、説明をしますね。この魔道具は莅塩様自身と身に付けている物、手で触れていた物や人物を対象として障壁で隔絶し、認識されなくすることが可能です。裏側にあるこの突起を押すことで起動、長押しすることで停止します。安全の為に一回の最長時間は30分にしていますが、再び押して頂ければ延長されるのでご安心下さい」


 要望通り……いや、ミリィでさえ気付けないとなると、要望を遥かに越えた性能だな。


「ありがとう。それなら一度試してみてもいい?」


「……よろしいですが、その手はどういうことでしょう?」


「手を触れてればミリィからは見えるんだろ?」


 それならミリィが不安を感じることは無いし、確認は鏡を使ったり、実際に外に出てやればいい。


「心遣いはとても嬉しいのですが、私は念の為外から確認しておきたいのです」


「……分かった。部屋からは出ないから、安心して」


「はい。ありがとうございます」


「じゃあ、押すよ」


 俺はミリィに声を掛けてから、ネクタイピンの突起を押した。すると、緑色に光った。


「ネクタイピンが緑色に光っていますよね?それが起動の証です。私からはもう見えていません」


「本当に?」


 実感が無いので俺が声を出しても、ミリィの後ろに移動しても、反応が一切ない。鏡を見ても映っていなかった。

 試しに万年筆を持つと、違和感なくキャップを外し、書くことまで出来た。筆記音は出ていて、鏡には万年筆が勝手に動いているように映っている。


「ちなみに、今は万年筆の動きで大まかな位置が分かっていますよ」


 後ろを向けば、ミリィがこちらを見ていた。目が合っているように感じるけど、これは俺との身長差を加味した上で、少し上を向いているだけなのだろうか。俺は万年筆を置いて、再びミリィの後ろに回る。

 そういえば絨毯の凹みや空気の流れなど、ミリィならそれだけで場所が分かりそうな気がするけど、それすら対策してるのか。凄いな。


「私は確認を終えたので、莅塩様さえ良ければ突起を長押しして下さい。……あ、私の体をご覧になって頂いてもよろしいですらね?」


 ミリィは服の裾をひらひらと揺らしていた。覗こうとは思わないし、すぐに解除しようかとも思ったけど、ミリィは俺に何かされたいみたいだ。それなら、少しだけ悪戯するか。

 俺は、後ろからミリィを抱きしめた。


「……っ!」


 ミリィは一瞬だけびくっと反応したけど、すぐに力が抜けて身体を預けてきた。

 驚くほど濃厚な発情の匂いが部屋を漂う。流石に離れようかと思ったが、それより先にミリィが口を開いた。


「この、感覚は、癖になってしまいそうです。いきなり抱きしめられてしまうなんて……」


 ……そういうことか。

 祇森族エルフ人間族ニンゲンの五感の他に魔力も感じているが、ミリィはそれに加えて魔術で常に周囲を把握していて、俺の居場所も分かる。つまり、目を瞑っていても俺に何をされるのか事前に分かってしまう。

 この魔道具を使用することで、初めての感覚を味わっているらしい。それなら、もう少しだけこのままでいるか。




「改めて、ありがとな。本当に凄い性能だと思う」


 俺は最後にほんの少しだけ強く抱きしめると、ミリィの前に移動してからネクタイピンを長押しした。


「こちらこそ、この上なく幸せな時間をありがとうございました」


 感謝されることには違和感があるけど、ミリィが幸せだったのなら良かった。


「今後はその魔道具を活用してお好きな時に私を抱きしめて下さいね?」


「いや、流石にいきなりだと怖いだろ?」


 俺が魔道具を使っていることは分かるとはいえ、認識出来ない存在に突然抱きしめられるなんて想像しただけで怖い。

 人間族ニンゲンの俺よりも多くの情報を感じ取っているミリィであれば尚更だろう。


「いいえ。確かに驚きますが、認識出来なくとも莅塩様だと分かりますから」


「そうなのか?」


「はい。私の身体はお好きにして下さいと言っているにも関わらず、意図せず胸に触れることさえ避け、とても優しく包んで下さる。莅塩様の性格が表れた抱擁です」


「……そうか」


 ミリィは、幸せそうに微笑みながら言った。胸に触れないように気を付けていることはバレていたらしい。

 にしても、本当に今日のミリィは絶好調だな。調子を狂わされてばかりだ。






ⓡⓡⓡ


今回で、ミリィとの話は一区切りです。

そろそろストックの底が見え始めましたが、この作品は時間を掛けてでも書くのでご安心を。


星が欲しいです。

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