8話 二ヶ国目の会談先は

「一週間後のレオディヌエ龍帝りゅうていとの会談には、閒夜まや七岷ななみが同行してくれるんだよな?」


「はい」

「はいです」

「申し訳ありませぬ……」


 翌朝。俺が予定を確認すると、閒夜は無表情のまま、七岷は楽しそうに、猪清水いのしみずは申し訳無さそうに。三人の秘書は見事に三者三様の反応を示しながら言葉を返した。


「気にしないでくれ。無理はして欲しくないし、七岷は行きたいんだろ?」


「はいです!」


 何度かレオディヌエ龍帝りゅうていに滞在した経験のある閒夜には同行してもらうとして、もう一人をどうするかは話し合いで決めた。まあ、話す前から決まっていたようなものだけど。

 猪清水は寒い場所も辛い料理も苦手な一方で、七岷は辛い料理が大好物だし、レオディヌエ龍帝りゅうていの食文化にも興味があると言っていたからな。


「とりあえず、準備は早めに終わらせ――」


「私と七岷さんの準備は既に終えていますよ。莅塩りしお大統領こそ、早くして下さいね」


「……すみません」


 閒夜は秘書を頼む前は実家の家政婦をしてくれていたので、こういう注意をされてしまうと頭が上がらない。


「ともかく、四人でゆっくりと話せる時間は残り少ないだろうから、何か連絡事項や質問、あと相談しておきたいことがあれば今のうちにしてくれると助かる」


 二ヶ国目の会談先にはレオディヌエ龍帝りゅうていを選んだが、帰国した翌日には獣耳ケモミミ連盟に向かい、今度はそのまま他の国との会談も行う予定だ。

 事前準備はもちろんのこと、その間は国を空けることになるので、今日から忙しくなる。


 こんな過密日程にした理由は、レオディヌエ龍帝りゅうてい獣耳ケモミミ連盟との関係にある。どちらも世界屈指の大国だが、43年前まで戦争をしていたこともあり、未だに関係が悪い。

 そして、伍木国ごもくこくはそんな両国に大きな影響を与えうる立場でありながら、どちらの味方とも明言していない。仮に明言してしまえば、再び戦争が起きる懸念があるからだ。


 なるべく会談の間を空けないことで、両国や世界に対して、レオディヌエ龍帝りゅうてい側についたと思われないようにする必要があったのだ。


「……では、私から一つ宜しいですか?」


「何だ?」


「ミリトフィス女凰陛下に対して、本当はどう思っていますか?」


 おい……。

 閒夜が頭の横に手を挙げたかと思えば、出てきたのは伍木国ごもくこくの記者と同程度の質問だった。

 いや、閒夜は突拍子の無いことをすることもあるけど、これは違うか。俺がこの時間を設けたのは、七岷の不安を取り除くという目的だ。恐らくそれを察した上で、質問しやすい空気を作ったのだろう。


「会見で答えた通りだよ。友人としての感情以上のものは無い」


「そうですか。変な質問をしてしまいすみません」


「気にする必要は無いよ。他にも質問があれば、何でも聞いてくれ」


 俺は軽く七岷に視線を向けながら続きを促した。閒夜のおかげで、質問しやすい空気になっただろう。


「あの、レオディヌエ料理は私も食べられる、です?」


「ああ。安心してくれ。昼食は俺とは別で食べることになるだろうけど、同行者に対してもレオディヌエ料理を振る舞ってくれるよ。夕食は知っての通り、三人でパーティーに参加する予定になってる」


 知っていた筈だけど、それでも真っ先に質問するくらい楽しみらしい。シャローラン凰国おうこくとの会談に同行してもらった理由の一つには、レオディヌエ龍帝りゅうていへ向かう前に飛行機に慣れておきたいという七岷の希望があったくらいだ。


「良かったです。その、マナーは本当に平気です?」


「今回のパーティーは立食形式だし、特に変わったマナーも無いから平気だよ。強いて言うなら、気にしすぎないようにした方がいいくらいかな」


 レオディヌエ龍帝りゅうていにもマナーはあるが、伍木国ごもくこくに比べれば無いに等しい。礼儀正しい七岷なら普通に食事をしているだけで平気だろう。

 不安を抱えさせたくないので七岷には言わないが、実はマナーを気にして弱気になってしまう方がよくない。レオディヌエ龍帝りゅうていにはを敬う文化があり、弱ければ侮られてしまうからな。

 伍木国ごもくこくの政府関係者を表立って侮辱するようなことはないだろうけど、始めから侮られない方がいい。


「ならよかったです。……あ。あと、飛行機、暇じゃないです?二人はどうしてるです?」


「俺は本を読んでいることが多いな。閒夜もそうだろ?」


「はい。宜しければ七岷さんの分も何冊か用意しましょうか?」


「すみません、本は苦手、です……」


「んー、タブレットで映画を見るって選択肢もあるけど、せっかくなら三人で時間の掛かる調理でもするか?」


 伍木国ごもくこくの外交では、同行した調理師や大統領本人が他国の要人に調理を振る舞うこともあるし、そうでなくとも伍木国ごもくこくの国民にとって調理場は必須なので、政府専用機には調理場がある。というか、機体の半分以上を調理室が占めていて、“空飛ぶ調理場”と呼ばれている。

 レオディヌエ龍帝りゅうていまでは一日近く掛かるので、凝った料理も作れるだろう。


「賛成!です!」


「私も賛成です」


「じゃあ、調理内容はまた今度決めようか」


 俺の提案に対して七岷と閒夜は頷いてくれたし、猪清水も口にこそ出していないが賛成のようだ。

 レオディヌエ龍帝りゅうていに近付くにつれて飛行機の中も少し寒くなるだろうし、温まる料理がいいかもしれないな。

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