5話 種族の壁

猪清水いのしみず。最後に質問していた生侭田きままだという記者について調べておいてくれ」


「承知致しました」


 今日の公務は先程の会見で終わりだったので、公邸に戻った。生侭田には悪感情こそ無かったが、正直に言って最も厄介な記者なので、今後の為に情報が欲しい。

 記者のことを調べれば、その記者がしてくる質問も想定しやすくなり、会見がやりやすくなるからな。


「あと、今日中にやるべきことは残ってないよな?」


「残りは明日以降でも問題ないですな」


「それなら、あとは明日に回して今日は終わりにしよう」


「承知致しました。……では、失礼致します」


「ああ。お疲れ様」


 猪清水が、扉を静かに閉めて部屋から出た。秘書達は公邸に住んでいるけど、少なくともこの部屋には一人きり






 ……ではない。


「ミリィ。居るんだろ?」


「ふふっ、流石ですね」


 視線を右に向けると、ミリィが姿を現した。幻影とは違い光や音はもちろん、匂いすらも完全に魔術で消していたけど、長年の経験で分かる。

 ――こういう時は居る。と。


「今日はお疲れ様」


莅塩りしお様もお疲れ様でした。いかがでしたか?初めての首脳会談は」


「誰かさんが私欲に塗れた提案をしてきて驚いたけど、それ以外は予定通りに進んだし、とりあえず一安心かな」


 俺は緊張をあまり感じないが、会談の場では一挙手一投足が伍木国ごもくこく、ひいては世界に影響を与えると思うと、流石に緊張する。

 初めての会談の相手がミリィで、本当に良かった。


「それは何よりです。突然の提案になってしまったことは申し訳なく思っていますが、莅塩様の承諾は頂きましたよ。私達のデートの模様をしっかりと世界へ発信しましょうね」


「あくまでもミリィの伍木国ごもくこく訪問だからな?俺はただの付き添いだよ」


 二人の首脳による視察デートという名目ではない。


「ですが、親しい友人が常に隣に居るのですから、話し掛けるのは当たり前のことだと思いませんか?そうでなければ、本当に親しいのかと疑問に思われてしまいますよ?」


 ……確かに、会話が少ないと逆に不自然か。


「分かったよ。一応言うけど、世間話や質問をするだけに留めてくれ。それ以上は無しだからな?」


「分かっています。莅塩様にご迷惑を掛ける意図は一切ありませんし、今はまだ、それで我慢するつもりです」


「それは良かったよ」


 含みのある言い方だけど、何かを企んでいる匂いはしない。以前から言っていた通り、いずれはもう少し仲の良い様子を世間に見せたいと思っているだけみたいだな。


「……そういえば、莅塩様は私と踊れたことがよほど嬉しかったようですね。初めてお聞きしましたよ?」


 ミリィは楽しそうに笑った。

 会見を聞いていた……いや、魔術で姿を消していただけで、あの場に居たのだろう。


「そりゃあ、言ってないからな」


「どうしてですか?」


「特に理由は無いよ」


 本当は、言うまでもない事実だからだ。

 ミリィの凰族という立場上、目立つ行動は出来ない。あれは凰峰祭ミラヒリアという特殊な状況だったからこそ実現した、奇跡のような一幕だ。嬉しくない訳がない。


「……そういうことですか。分かりました」


 俺はそんな本心を隠したけど、ミリィは察したようだった。口に出さないでくれるのは助かる。


「それより、会見で言ったことは信じないでくれよ」


「なんのことでしょう?」


「最後の質問で、今後の関係について聞かれてただろ。まだ答えを出すつもりは無いから」


 わざわざ言うつもりは無かったが、ミリィから会見の話を出されたので一応言っておく。


「その件ですか。わざわざ言われなくとも、知っていますよ」


「なら、良かった」


 匂いでも分かるけど、直接伝えられることも多いので、ミリィが俺に恋愛感情を抱いていることは知っている。しかし、大統領として夢を叶えるまでは答えを待ってもらっている。

 なんて、何年、何十年先になるか分からないし、普段は気にしていないとはいえ、ミリィは凰族。そして他種族だ。

 文化が大きく異なる上に、子どもを産むことが不可能なので、多くの人は恋愛対象とすら見ない。一夫多妻制の伍木国ごもくこくとは婚姻制度も異なる。仮に結婚した場合、周囲から注がれる視線には祝福以外の感情もじるだろう。

 それでも俺は、真剣に向き合った上で答えを出すと決めている。


「莅塩様。愛しています」


「突然どうしたんだよ」


「しっかりと私のことを考えて下さっていると改めて認識したので、私の愛も再認識して頂こうかと思ったのです」


「言われなくても、理解してるつもりだよ」


 俺の言葉を聞くと、ミリィは目を瞑った。

 これは、俺になら何をされてもいいというミリィなりの愛情表現だ。本心からの望みであれば殺されてもいいと。それは嘘偽りのない本音であり、比喩でもない。

 俺は本当に理解していると示す意味も込めて、声を掛けることなく耳を触った。


「ふふっ、莅塩様は、本当に私の耳がお好きですね?」


「まあな」


 先端はとても柔らかく、根本に近付くにつれ柔らかさの奥に少し軟骨の硬さを感じるようになる。何より、微かにミリィの体温と脈動を感じることが出来る。

 このなんとも言えない感覚は、とても癒やされる。


「お好きなだけ堪能して下さいね」


「ありがとう。そうさせてもらうよ」

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