第16話

 じわりと距離を詰めた。

 ばかりか右手を奮って、バドリの首を引き寄せた。

 手加減をせねば、そのまま脛骨を折る程の勢いであった。

 我らは己が由緒を最も重んじる。血の濃度によって、家系の盛衰が決まる。つまりその血を汚すという行為は、極めて重い。


「シャリーラとは何か・・・」

 かつて、僧主ピトウルに問うたことを思い出した。

「造物主ブラフマナがありとあらゆる命を作り出だしたとき、形態によってそれぞれの命の形が作られた。その形態を決めるものがシャリーラである」

「同じであるのか」

「然り。全ての生物は六元素からできており、その形態はシャリーラが決めるのだ。ひとはひとゆえに、その統御によりひとの目はふたつであり、耳もふたつであり、鼻孔はふたつ、手足には五指があり、子は親に似るのだ。その形態は祖先から受け継ぐ、連環と繋がる輪のひとつに過ぎぬ」


 蛇は、高貴なる血を持つアーリア人が、最も忌み嫌う生物であった。彼らが私に課す懲罰としては正に順当であろう。

「いえ、吾はこの将専属の担当医官でございました。なのでこうしてこの繭坩堝まゆるつぼまでご案内できたのです。これだけの数がございます。果たしてどちらにあるものかも判りませぬ」

 眼球を落とさんばかりに見開き、口角に泡を飛ばして反駁する。

 すえた酸味の強い臭いがする。嗅覚までも人間の知覚ではない。そしてこの臭いで嘘は言っていないと理解できる。

 ただひとつ心に定めたことがある。

「この場所にその神力が集積しているのだな」

「はい、ですが吾らは卑小な者です。ここに在った繭坩堝が、本来はいかなる用途に使っていたのかが判りませぬ。御覧ください、この肉片はこの渦の水流を止めれば、不定形の、人間とは思えぬ形に固まるのです。常に装置を回転し攪拌かくはんしておくことが要諦でございます」

「かのハヌマンは儂が判別できずに襲ってきた。が、ここにいる彼は儂を見知っているようだぞ」

「然りでございます。この将は脳髄を半分失っておりました。吾らの能力では魂の移転ができませなんだ・・・それであの・・次の研究に・・」

「魂の移転とは」

「想像ではございますが。神々が数百年を生きるために必要な御業みわざであったのかもしれませぬ。肉体はいつかは老いる宿命でございます。かように次の肉体に魂を接ぎ木していったのではなかろうか、と」

「その論拠は、あるのか」

「古い詠唱にございました。詩の導きの如くに・・・」

 つまり我々の肉体をついばみ、魂を抜き取り、それを複製するのがあの実験槽ラボであったわけだな。

 家禽が絞められる如き声を上げ、バドリが飛び掛かってきた。鼻孔を膨らませて窮余の反撃に挑む、その覚悟と煩悶には既に気がついていた。

 私は首縄ごとその身体を宙に放り上げた。

 石礫いしつぶて投擲とうてきするようなものだ。片腕であろうとも、それだけの膂力りょりょくがこの肉体にはある。柔肉を持った石礫は遠くで跳ねて、更に回廊に落ちた。繭坩堝の上で強かに背中を強打し、悶絶もできずに呻いているようだ。

 もうよい、その場所までゆっくりと歩いた。

 あとは血肉の供物として饗してくれようぞ。

 背中がへし曲がり、全身が激しく震えている。もう長くはなかろう。

「水門が・・・」と懸命に彼方を指差した。

「あれが・・・」とまだ命を稼ごうとした。

 構わぬ。

 私の口が耳までも裂けた。

 長大な舌が乱舞していた。

 肉の、惰弱な右腕を肩口から裂いた。炭火で焼いた子羊肉よりも容易いことだ。溢れてくる血流を舌で舐め取り、牙で齧りついた。

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