第14話

 そこからの回廊は異様であった。

 首縄を引きバドリの足を止めた。

 岩壁、土壁とは違う平滑な表面。

 ばかりか壁面の一部が蛍光を放ち、光の回廊となって奥に奥にと繋がっている。床面ですら等間隔に発光している。

 私の眼にはさらに不可思議に映る。その光には熱がない。火神アグニの恩恵を得ていない。

 しかもこの数刻、ここを通過した人物の体温の残像が見えぬ。つまり衛士ですら、その回廊には立ってはおらぬ。

「ここが最大級ヴィナマ、ガルダ級の搭乗口にございます。この艦内の格納庫にプシュパカ級がございます」

「建物の一部にしか見えぬ。そのガルダ級は天を飛べぬのか」

「然りでございます。すでに十王戦争以降、この地に擱座かくざしております」

「その修復は試みているのか」

「その御業はリシ人でなくば達成できませぬ。ガルダ級は恒星を内部に圧縮して呑み込み、無尽蔵の神力を得ております。その機関はまだ生きており、その微細な一部をわれらが拝受しております」

 脳裏にあのハヌマンの最期の姿が浮かんだ。

 彼の背後から様々な管が伸び首と肘、脇腹と腰に結合された管から青黒い液体が全身に注入されていた。その動力に利用されていたのだろう。

「恒星、恒星とはなんだ」

「そう。最も親しみがございますのが、日輪でございます。夜の帳とばりがおちまして、天空には星が満ち満ちてございます。そのひとつを呑み込んでいるのがガルダ級でございます」

 ガルダ級、それがどれ程巨大なものかと判別は出来ぬ。

 そも星を、日輪を圧縮して神力を得るとは、天空からの神々の威光で身震いする。この身に実現している、化身アーヴァタールの技などは些事であろう。

 つまり我ら由緒正しいアーリア人ですら、彼らの悪戯な創造物でしかないという理屈になる。

 縄を引きバドリを手元に寄せる。

 全く立場が相反しているものだ。

 自ら縛った縄を牙で噛み破った。

 そうして彼に顎で、往けと指示をした。

 彼は煩悶はんもんし、涙を浮かべて懇願した。

「無理でございます。あの回廊を通過できるシャシーラを、持ち合わせてございませぬ」

 納得した。

 あの門前に衛兵がいない理屈が合う。

 おそらく化身はおろか、雑種身分ですらあの回廊においては、瞬時に屠殺されるであろう。それも神力において。つまりは私を回廊に導き、神力の罠の顎に導こうとしたのだろう。

 この男の心臓音、血流の流れさえ、この眼は熱量の動きとして捉えている。我らアーリア人が忌み嫌う蛇の視覚がこの身に宿っている。


 蛇には体温がない。

 体温が下がると鈍重になる。

 それで日輪の光を浴びて体温をあげるか、熱量のあるものに寄り添う。

 そのためにある能力だと体感している。

「その神力というものは、火神アグニに類するものか?」

「放出される膨大な熱量を、地下水脈からの噴流で冷却しております。余りにもガルダ級は巨大で、我らの技術ではその放熱を収める手段として、循環型冷却水の他に選択肢がございませぬ」

 饒舌に唾を飛ばして説明するが、意味が通らぬ。

 私の心胆に潜む猛りを収めようと、懸命に語る。

 この卑賎なバドリは、奸計を巡らそうと謀った。

 いずれその報いが彼の身に降りかかるであろう。

 我ら、純潔で由緒正しきアーリア人は。

 青鷺のごとく諸事を熟考すべし。

 獅子のごとく武勇を尽くすべし。

 狼のごとく塵までも強奪すべし。

 野兎のごとく危機を回避すべし。

 そう胸に刻んで鍛え抜かれている。

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