第12話

 私は虚空に向けて哄笑した。

 呼吸音を潜めている影にだ。

 先刻より、その天井裏に潜んでいる体温に気がついていた。

 その四肢の位置、曲げかた、在り様まで熱感知できている。

「降りてこい、暗渠あんきょに潜んでいようと。私の眼には素通しだ」

 その証拠に跳躍して、じょを振るい突き立てた。この身体は己の身長よりも高く飛べるようだ。ずぶりと柔らかいものを貫く感触が掌に伝わる。手首を返して引き抜く。

 断末魔が甘美な音楽にさえ感じる。

 抒の切っ先が天板を容易に貫通して、内臓を深くえぐったのだ。床に降り立った私の背に、血流の滝が降り注いだ。それをも肘まで届きそうな舌を伸ばして舐め取っている。

「おい、貴様もこうなりたいのか」

 体温の影がふたつあり、もう一方に向けてだった。

 天井裏で、布地らしきものを引きずるような音を立てている。聞き慣れた音だ。奴隷に死体袋を片付けさせているときにこの音がする。体力を欠乏した連中は担ぐことができないのだ。

 その音に、自尊心がくずおれた涙声が混じっている。

 騒音とともに、汚泥と塵を塗りたくったかのような小男が降りてきた。麻の腰布ドーティを身に着けている。

「ひどい姿だな。そこは何だったのだ」

「この実験槽ラボを清浄に安定させるための通気口でございます」

 ほう、言葉を解するのか、その汚れた貌に錐のような視線を突き立てた。

 その汚れを拭い去れば、心持ちだが肌が白い。それでも太い鼻梁と厚い唇が、ドラヴィダの劣性を示している。あまつさえ泣訴に醜く歪めている。

「バドリでございます。御覧の通り、母は慰み者でありましたので、それで生まれた忌み子でございます」

 雑種身分だということか。

「・・その、言葉は・・母から・・」

 このコト・ディジに囚われたアーリア女がいたのであろう。その彼女を遊び女にした。しかもこの雑種身分が物心がつくまで、その卑女が命を繋いだということは、由緒正しいアーリア人の、余程の高官の娘であったのだろう。大抵は輪姦の屈辱に慣れ、悲歎の涙が涸れたら、すぐに飽きて斬首されるはずだ。

「実験槽、実験とは何だ?」

化身アーヴァタールとの生殖において、ど、どのような雑・・混血が生まれるかという・・・」

 消え入りそうな声でバドリが、怯えた目線をちらちらと向けている。

 ほう、それでハヌマンがアーリア将官と知っての、意趣返しをしたのか。私に対しても白蛇の化身をけしかけたのだな。

 その私は、脳髄をまき散らしたハヌマンの瞼を閉じてやろうとしていた。いやしくも、溢れる唾液を堪えながらである。

「この男は私の副官でな。幾多の戦さ場を歩んできた。まさかこの手にかけてその肉を喰らうとは思わなんだ。よくもこの仕打ちを為せたものよ」

「お願いです。ここからの抜け道をお教えします。命だけはお願いします」

 哀求して平伏するその背を、侮蔑の眼で見ていた。

「ハヌマンにしても私にしても、これはシャリーラの技だな」

 ・・・はい、と声にない相槌を打った。

 ピトウルの言葉を思い出した。

 かように二つの形質は混ざり合い、姿は隠れどもその形質は残る、と。つまり二つの形質は混じり合い、既に取り分けることはできぬということか。

 ただでは、済まさぬ。

 ここをおめおめと逃げ隠れする謂いわれはない。

「私はな、竜神に部隊を灰燼させられた。あれもランカの技か」

「あれは・・・ヴィナマでございます。プシュパカ級の小型艇で・・・」

 ほう、それでは大型艇というのがあるのだな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る