第11話

 見覚えのある女であった。

 だがその顔が間延びして、突き出ていた。両目は正面になく、耳朶じだの隣に位置していた。

 記憶に残っていたのは、豊かな銀髪であった。

 しかもそれは乳をもつ白蛇であった。

 それが私の胴回りにまき付いてきたのだ。擦過音を立てて、鱗が私の肌に走り、肉体を絞り上げようとした。私の身の丈よりも長い。胴回りが幾分膨らみ、その頂点に乳房が人間そのままに実っていた。その乳房と銀色の髪が、かえって陰惨であった。

 そうこの白蛇はあの女に相違ない。後ろ手に縛られていたのではない。もともと無かったのだ。意識の混濁下で美しいと見えた姿は、実におぞましいものであった。


 私は戦慄の最中にいた。

 くわらっ、とハヌマンがえた。

 金属製の光るものを手にした。

 雌馬を突き飛ばして、再び咆哮を放った。生力プラーナが蛍のような燐光となって輝いた。

 私は身を捩よじった。

 そして襲いくるその金属光を、白蛇の身体を盾にして受けた。それは鱗に弾かれ、あらぬ方向へと飛ぼうとした。私は左手でそれを掴んだ。

 じょである。

 三角錘の刃を持つ隠剣である。

 密殺者が隠し持つ剣だ。刃渡りは掌いっぱいほどのささやかなものだが、あるいはこちらが有効な相手かも知れぬ。

 驚いた白蛇は跳ねて拘束を解こうとした。その背に抒を突きたてた。べりべりと耳まで開いた口が逆襲してきた。その牙には毒があるはずだ。

 その顔を斜めに裂いた。

 白蛇はひるまなかった。その尾が私の眼を打ちすえた。霞む視界の向こうで、ハヌマンが槍を構えるのが見えた。管に拘束されたハヌマンは、その場所から動くことができない。

 しかしその武器は、彼我ひがの距離を繋ぐ長さだ。

 衝撃が左手に来た。

 ごつんと衝撃が来て、槍先が左手首を床に縫いとめた。

 とっさに私の左手はその槍の刀身を掴んでいた。

 掌の肉が刃に触れたところまでは、感覚があった。そして、その感覚はあっさりと消失した。

 ごろりと左手が肘から外れたのである。

 傷口から血液の出る感覚もない。

 ハヌマンが槍を引き戻すと同時に、私の左手はその肘から先がその刃を握り締めたまま、付いて行った。

 私の意志から離れたその左手は激しく律動している。なにか別の生き物に見えた。その左手に注ぎ込まれるハヌマンの視線に、妄執もうしゅうが宿っていた。

 それは私にもよく理解できる。

 己が身体の一部分というより、それは単に肉に見えた。食欲が戦士の知性を奪っていた。

 ハヌマンは槍の穂先から、その肉を取ろうとした。

 構えも備えも喪失した戦士に、私は跳躍した。

 横殴りに抒を振るった。右手に重い手応えがあった。刃先はハヌマンの頭部のこめかみに潜り、その脳漿を抉り抜いた。

 手首を返して、ごっそりと夜目にも白い肉塊を引きずり出した。ハヌマンは白目を剥き、地鳴りと立てて床に倒れこんだ。その身体から幾つもの管が外れ、その先端から火花を散らして跳ね回った。微小な稲妻が網の目のように起こり、鬼火のように炸裂した。蒼白い光が間断なく飛び交い、その僧坊を明るくした。

 ハヌマンが死の痙攣に踊っているとき、私を緊縛していたあの白蛇もその肉に惹かれて喰いついていた。その後頭部を食い破った。頭から潰す狙いがあった。理性を失えばそれでよい。冷血な肉体は、跳躍を続ける管のなかで、一際大きく跳ね回った。

 火のアグニがその稲妻に光臨しているのだ。

 この僧坊は焦げ臭い臭いが充満していた。

 ハヌマンの肉は、既に焙あぶられて脂が浮いてきていた。アーリア将官の誇りが汚辱にまみれるよりも、ずっといい。

 無に帰すがいい。

 それが私の手向けだ。

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