第10話

 半裸というには理由がある。

 彼の下半身は白馬であった。ちょうど臍へそのあたりからが、白馬の体毛が密集していた。悍馬かんばの下半身を持つハヌマンの口からも、恍惚とした唾液がまろび出ていた。

 シャリーラの奥義がそこに現存していた。

 なんと皮肉な融合であることか。

 彼の背後から様々な管が伸びてきている。

 首と肘、脇腹と腰に結合された管はなかでも太いものであった。そしてその管からは青黒い液体が全身に注入されているものと視た。

 その管は金属と硝子が交互に組み合わされてできた、貯水壷のごとき機械に繋がっている。

 ランカの技術とおぼしき光景であった。

 

 かつて太古のクリタ紀(約1万2千年前)には、神々が新生物をも次々と生み出し給うたと聞く。神々の遺した知識は、バラモンの口伝によって密やかにランカに伝授されてきた。

 その他にも獣皮の刑というものがあった。

 私の知る限りこんな実例がある。別部隊に、姦通を行なったアーリア女と、その姦通を密告しなかった同家の奴婢がいた。

 奴婢の端正な顔立ちには象の鼻が移植された。

 奴婢はたとえ主人の姦通を密告しても、同様の刑が処せられただろう。しかしながら主人の貞節の一部は守られた。

 誇り高きアーリア女には、野犬の皮が移植され、会陰と肛門を白日に晒しながら四足で歩く運命が下された。

 皮膚がシャリーラの変異により、それらの獣に奇形化したのである。それは奇形を誘発するに留まり、奴婢はその鼻を自在に操ることはできない。ただ長大な鼻を垂れ下げているのみだ。

 獣皮の刑は、人としての意識を失わない。

 しかしアーリアの由緒正しい血統を持とうと、その尊厳の全てが屈辱に満ちる。嘲笑のなかを転げ回る、懲罰に等しい刑であった。その姿で何年かすると自然治癒した例もあると聞く。しかしやはり発狂するか、自死に赴く事例が遥かに多い。

 罪人に獣の柄の刺青を施すのは、この技術の稚拙な模倣である。 


 ランカに依るシャリーラの技は、まだある。

 ソーマ酒による獣騎がそのひとつだ。シャリーラの呪がかけられた酒で、捕虜に呑ませて獣の姿に変える酒だが、その製法は謎だった。城都を陥落させた後で、ただ在処を見つけるだけだ。

 しかしながらソーマ酒は、単体種での変化である。

 ハヌマンは二種の異なる生命体の完全なる融合である。

 我々に平伏したドラヴィダ人のバラモンは、様々な奇跡を行なった。だがそれもこのハヌマンの現状と比すれば、ただの知識の形骸にすぎないことを知った。

 ここまで別々の肉体は結合できるものか。

 私の脳裏にあのピトウルの姿が甦った。彼は植物の特性を得て、光と僅かな水分で七年を生き延びたではないか。

 ピトウルのように肉体にハヌマンの意識は宿っているものか。

 私は小声で彼の名前を囁いた。

 雌馬の首を抱えていた手がぴくりと動いた。

 表情に剛毅ごうきなものが芽生えた。気持ちの切り替えの早さに舌を巻く。体温も急激に冷めていくのが判った。彼の視線は針のような鋭さで、その僧坊の内壁を睨め回した。

 彼の獰猛な視線が私に刺さろうとした瞬間に、異変を悟った。

 冷たい肌が背後から私を絡みとろうとしていた。その身体は体温がなかった。だから知覚できなかったのである。

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