第4話

 小勢で敵のおとりに立つのも、賭けであった。

「上将!あれを」

 ハヌマンが指差した。

 城門が開かれて、獣騎の群れがこちらへ駆けてきていた。

 身体に脂を塗られ、火を打たれたらしく狂騒状態となっていた。

 群れがごうごうと咆え、狂おしく身悶えしながら、凄まじい形相で襲ってくる。陰茎が興奮に屹立しているのがおぞましかった。

「アーリア人だ」

 狂おしく身体を砂に押し付けて、火を消そうとするその肌は、かつて白肌であったろう。焦げてゆくその髪は黄金のようであったろう。

 そしてあのなかには私の兵も、そして友でさえも、混じっているはずだ。

 もともとソーマ酒で獣駒に化身アーヴァタールさせるのは、ドラヴィダの技術だ。だが、それしきのことで我らの戦意を撹乱できると図ったか。

「ハヌマン!」

 馬腹を蹴った。

 漆黒の馬であった。

 すぐ後ろにハヌマンの息遣いが聞こえる。

「これを」

 手渡されたナリカ・アストラをとった。

 ずっしりとした重みが伝わってくる。金属の矢筒から、黒色火薬の力によって銃弾を発射する武器であった。これもドラヴィダから鹵獲ろかくした武器であった。指揮権を持つ将のみに支給されたものだ。

 馬上でそれを構え、引き金をひいた。

 轟音と軽い反動とともに、アーリア獣駒を追い立てている敵兵が倒れた。

 ぱっと花弁のような赤い破片となって宙に散って、肉体は四散している。あと十弾を撃つことができた。

 甘いわ、口にだそうとした。戦力の分断はしない。獣騎となれ果てたのならば、友であろうと私はその肉さえ喰うことができる。

 私を狙っての長矢が降ってきた。

 唸りをあげて耳元を掠めさった。

 ハヌマンが長剣で矢を叩き落してくれたのだ。

 四散する獣駒を幻惑に使い、城門前に弓兵が居並んでいる。馬腹を両足で抱え、その弓矢隊へ向けて全弾を速射した。

 撃ち尽くすとナリカ・アストラを捨て、剣を抜いた。すでに弓矢隊は腰を浮かせていた。半数は銃撃で人間の姿を失っていた。

 流れ矢を剣で払い、私は吼えた。我が意が伝わった愛馬も棹立さおだちになり、主人を讃えるようにいなないた。

 いざ、と長槍を構えた側近の騎兵が周囲を固めた。三十騎ほどで一団となり、城門を潜った。

「往くぞ」

 やっとこの城を確保できる。

 しかしそう思った瞬間に、私は敗北を悟った。

 最初は、一陣の風が沸き立っただけであった。

 その刹那、砂塵の彼方から竜神が襲ってきた。

 コト・ディジの街路を横断して、城壁を破壊しながらここへくる。

 轟々と強風をまとう竜神は、気炎を上げながら全てを飲み込む。人智を超えた暴風の神である。

 生命と蓄えた財貨の全てを空中に巻き上げては、全てを粉砕して踊り狂う。人間から家畜まで、黄金から日干し煉瓦まで、ただ等しくその破壊を受けるのだ。

 竜の爪に裂かれたか、血煙がその渦のなかに乱れている。全てを根こそぎ収奪する、荒ぶる神の所業である。

 それは都市といわず、私の軍も等しく、その生贄いけにえと化すのだ。

 おお。竜のはやさたるや、強矢にも等しいものよ。

 泣き矢では、指揮官の意思を伝えることができぬ。あの渦に飲み込まれるだけだ。信号弾であるならば、と私は馬首を返した。

 信号弾は腰帯にまだ残っていた。

 私はナリカ・アストラを捨てたことを悔いた。手綱をいっぱいに伸ばし、黒光りするその銃身を拾い上げようとした。その瞬間に竜の牙が私の背を打ち据えた。

 騎馬ごと足元をすくわれ、宙に巻き上げられた。砂の瀑布のなかで喘いだ。口や耳、鼻という体腔の全てに砂が押し込まれた。眼を硬く食いしばり、その重圧に耐えた。

 兵に転進を。

 それが私の最後の意識であった。

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