第3話

 物見に立てた軽騎兵が砂丘の陰から駆けてくる。

 兵がまたがっている獣騎じゅうきの蹄から、砂を蹴立てて、等間隔に小さな砂煙が上がっている。

 革の手甲と胴衣だけの兵であった。兵装としては弓と短剣に限られる。軽装備で、機動力の高い兵種である。軽騎兵に支給されるのは、馬ではない。

 獣騎じゅうきと呼ばれる人獣である。

 捕虜としたドラヴィダ兵士に、特殊なソーマ酒を与える。その酒はランカより伝わった技と聞いている。

 その酒で酩酊させた状態を幾日も続ける。このソーマ酒はシャリーラの呪がかけられているのだ。

 この呪をかけられて数ヶ月もすれば、おおむねの兵士は言葉を失い、やがて意思の力を持たなくなる。シャリーラが書き換えられ、全身の筋肉は活性化し、獣毛におおわれた背骨は大きく曲がり、騎乗が可能となる。

 獣騎は寿命が極端に短い。

 ひととして与えられた生命力を、騎馬として浪費するからなのか、丁重に扱ってもほぼ数年で死ぬ。正規の騎馬部隊の前には無力で、ただの一撃で算を乱す。

 しかし戦場において捕虜は確保が容易で、成獣まで飼育する期間がないという利点がある。そのために斥侯や糧秣りょうまつの運搬などにひろくつかわれている。

 斥候に出した兵であった。

 その軽騎兵は馬上から強弓に矢をつがえ、空に放った。

 化鳥が啼き叫ぶような音が迫ってくる。鳴き矢であった。私は指揮棒をあげ、かねを叩かせた。

 ハヌマンが号令をかける。

 たちまち砂漠のなかから一軍が甦る。

 それは静かな海面に、突如として高波が現れたかのような迅速さであった。私自身が鍛えた騎兵五百である。この機を待っていたのだ。

 標的はもう定めてある。

 敵にとって痛撃を狙う。

 城門の裏に潜り門があり、夜半より少しずつ敵兵が抜け出しているのを私は気づいていた。それらの兵は城壁沿いの堀のなかで身を隠し、埋伏まいふくの兵となっていた。つまり守備隊の中核となる敵主力となる。

 その歩兵は約二千もない。

 それだけの兵が城から湧き出しているのを、焦燥とともに待ち続けた。何度もくる、早合点な伝令にも言い含めた。

 敵は賭けに出ていた。

 城内に残る守備兵はいくらもいない。満足に闘えるもので残りは一千五百か。それは東西南北の四門を確保するのも手いっぱいの兵数だ。城外の敵主力が血風に散れば、おのずと城門は、開くだろう。誇りを砕かれた女と同じだ。

 その敵兵が陣立てを企てる瞬間を、先の軽騎兵が知らせてきた。

 五百の騎兵で敵兵を突かせる。

 それで壊滅するはずだ。騎兵のみの強襲を予想はしていまい。城内の放った間者からの情報が、正確と信ずるのも賭けである。

 黒革の鎧をつけた一軍が、旋風のように駆けた。

 馬の脚を狙われないように長槍を装備させている。

 寸分の乱れもなく縦列で疾走する黒騎兵の、並んだ槍の穂先が、魚群の腹のように一斉に光を照り返した。そして次の瞬間には、堀底から轟轟たる悲鳴と血潮が噴出する。

 黒騎兵の縦隊がさらに反転し、容赦のない一撃を加えている。

 私は次の鳴き矢を放たせた。

 どよめきに続き、遠くで喚声がわきあがった。

 金属と金属が交差する、硬い音が響いてくる。

 反対側にあたる南門に、私は別動隊を伏せていたのだ。

 兵力は四千。

 実はその別動隊が主力であった。

 攻城戦においては、寄せ手は攻め場所に自由に兵力を集中できる。

 危険で奇矯な賭けに出ていたのはこちらも同様だ。

 見破られるか、見破るか。

 私の苛立ちが遂にほぐれた。

 この陣地にいたのは私の直属の部隊五百と、黒騎兵五百だけであった。その僅かな兵数であたかも主力が存在するような布陣を装っていたのだ。

 勝敗を分かつものは、あたかも薄絹の如く僅差である。

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