探索者隊

 案内屋との取引が済めば探索者隊は直ちに出発の為に動き出す。彼等は元々ガイドを引き取り次第町を離れるつもりだったらしく、これは予定通りの行動なのだろう。

 一方ジャコにとっては行きがかり上に出くわした突発的な事態である。当然なんの準備もしていないわけだが、そもそも着の身着のままのような生活で整理するほどの所持品もなければ精算すべき事柄もない。

 従って早々に探索者隊と合流し、長年過ごしたこの町掃き溜めをあっさりと後にした。



 2台の馬車を伴った探索者の一団が、乾いた土埃を巻き上げながら町を囲う石壁の間を荒々しく駆け抜けて行く。予定通りとはいえ、これから『星の井戸』を目指すという長くなるであろう旅路の一歩としては随分と慌ただしいものだった。

 揺れる荷台にしがみつきながら少しずつ小さくなっていく町を眺めそんなことを思うジャコだが、しかしこれには理由があることを理解している。


「旦那ぁ、随分と忙しないですねぇ! 先は長いんですし、もう少しのんびり構えねぇとへばっちまいますよ!」


 そう漏らしたのは馬車の一台を操る御者の男だ。探索者隊のリーダーであるアガドスに対し声を上げる。


「そうしたいのは山々だがそうもいかねぇ」


 他の探索者たちは御者の言葉に同意するような仕草を見せていたが、アガドスははっきりと首を横に振る。

 リーダーの思わぬ言葉に、一体何があるんだと顔を見合わせる一同。アガドスはそんな隊員らの表情をぐるりと見渡したあと、その視線をぴたりと一点で止める。


「ジャコ、説明してやりな」


 アガドスの視線が止まった先はジャコだ。真っ直ぐ射貫くように注がれる視線には一分の緩みもない。

 ……試されている。ジャコはアガドスの意図を察し、言葉を選びながら他の隊員たちへと声を向ける。


「もうすぐ蟲の刻だ。あと一、いや半刻もすりゃこの辺は蟲渡りの通り道になる。その前にこのエリアを抜ける必要がある」

「蟲渡りぃ? だったら無理に急がねぇでそいつらが通り過ぎた後に悠々越えりゃいいだろう?」


 ジャコの言葉にすぐさま異論が被せられる。

 蟲渡り――最果ての町でそう呼ばれるのは、この荒野に生息する数少ない生物でもある飛蟲のその大群が餌場を移動する周回軌道の事である。蟲といってもその大きさは大人の手の平ほどあり、それが数百数千と連なる様は遠目で見れば圧巻とも言えるが、運悪く鉢合わせにでもなればその圧倒的な数になす術もなく蹂躙されるだろう。

 回避は絶対だ。従って先の異論は尤もにも思えるが、そうもいかないのが『最果て』というやつなのだ。


「それだと日没までにクシソ丘陵まで辿り着けない」


 この辺りは吹きっ曝しのだだっ広い平野が続き、身を隠すものが何もない。乾いた風は体力を否応なく削り、少ないとはいえ日が落ちれば魔獣の類との遭遇の危険もある。

 それらから身を守るために必要となるのがクシソ丘陵となる。丘とは言うが実際にはほど小さな崖であり、野営するには最適な場所だ。

 一定の間隔で平野を横切る何本もの崖。

『星の井戸』を目指す道程はこのクシソ丘陵を中継点としながら進むのが基本となるのだ。

 ジャコがそこまで説明を終えると眉に皺を寄せていた男たちも納得した様子で表情を引き締め、最初に苦言を呈した御者も速度を落とさぬよう馬車を懸命に操る。


「案内屋がきっちり仕事してりゃ、もっと余裕があったんだがなあ」


 ぴりりと生まれたまれた緊張感の中、相反して響くのは砕けたアガドスの声だ。ジャコを見る目には既に厳しさは感じられない。

 とりあえずガイドとしての初仕事は及第点だったようだ。ジャコは内心で胸を撫で下ろし目指すべき方向へと顔を向ける。

 もう後ろを振り返る必要はない。

 この先もガイドの知識がなければあっさりと命を落としかねない状況にはいくらでも遭遇するだろう。

 己の為すべきことが明確になり、燻っていたその瞳の奥に光が宿るのだった。


 そんなジャコの背を冷たく捉えるのは虚無に染まった虚ろな視線――もう一人のガイドの男だ。沸々と滾る仄暗い感情を押し込めながら、やつれた体で揺れる馬車に必死にしがみついている。

 探索者隊の旅路はまだまだ始まったばかりだ。


 ◇ ◇ ◇


「そんじゃ、メンツの顔合わせでもしとくかね」


 初日の目的地である最果ての町から一番近いクシソ丘陵まで問題なく辿り着き、休息となった所でアガドスがそう切り出す。

 奴隷同然の立ち位置であるガイドにわざわざ紹介? とジャコは無言のままに疑問を浮かべたが、どうやらこの隊の御者は探索者の雇いの人間らしく、彼等に対する説明でもあるらしい。

 焚火を囲む面々を端から指さし一人一人が雑に紹介されてゆく。曰く。

 御者は二人。トッド、マーコスというどちらも中年男だ。

 最果ての町に来る手前で馬車と共にアガドスが雇った二人は使用人といった立場のようだ。砂牛の扱いには慣れているが最果てまで来るのは初めてらしく、初日から道の悪さに苦戦を強いられている。程よく肉の付いた締まりのない体は戦闘向きではないな、とジャコは男たちを観察する。

 探索者は五人。リーダーであるアガドスに案内屋とやり合っていた短気な男ヴォーグ。並ぶバニス・ギーツも同じく猛々しい雰囲気を纏っており、探索者になる前には同じ傭兵団に所属していたと聞かされ納得する。残る一人は馬車の中で寝ているらしく一度も顔を見せていないが、馴染だというのだから似たような人種なのだろう。

 残るはガイドだ。

 一人目はジャコ。元々は最果ての町に居つくただの小童だが、持ち前の度胸がアガドスの目に敵い急遽ガイドとして同行することになった。

 そしてもう一人が案内屋から仕入れた本職のガイド、名をリアンデという青年。身を小さくし陰気さを纏う彼だが、アガドスに名を呼ばれた途端に弾けたように声を上げる。


「おっ、おれは! 案内屋から派遣された正式なガイドで……っ最果ての渡り方は、ちゃあんと熟知してる。そこの、ガキの薄っぺらい口先とは違うッ、や役に立つぜ! へへっ……」


 その言葉はあからさまにジャコを意識したものだ。こけた頬に浮かべる卑屈な笑みにジャコが目を向ければ途端に見下すような蔑みへと変わる。ジャコとしても慣れ合う気はさらさらなかったが、こうまで敵意を向けられては無視も出来ない。


(めんどくせぇ)


 ただでさえ過酷な環境での旅だというのに、労力を仲間割れに割く余裕なんてない。そのことをこの男は理解しているのだろうか? ジャコは目線だけでリアンデに問うが返されるのは一瞥のみだ。

 とは言えこの男の言う通りジャコが正式なガイドでないことも事実である。

 リアンデは奴隷同然の扱いだったとはいえ、案内屋からガイドとしてきっちり教育を施されている。教育という名の虐待のようなものではあるが知識自体は本物だろう。でなければ探索者相手の商売は成り立たない。

 だからこそ本来ならば表面上だけでも協力し合うべきなのだが、リアンデからすればそんな過酷な処遇を免れておいていけしゃあしゃあと自分と同位置に立つこの子供が許せない、そう言う事なのだろう。

 ジャコとしては最下層とはいえぎりぎり一般人だったのが奴隷落ちしたようなものなのだが、そんなことはお構いなしだ。リアンデにとってはすでにジャコは自分より下でなければ我慢ならない存在となっているようである。


(めんどくせぇ)


 もう一度内心で零し、深い溜息を吐く。

 と、被せるように大きなため息がもう一つ、ジャコの向かいから聞こえる。


「ま、この隊のリーダーは俺だ。俺の命令は絶対で口答えは許さねぇ」


 軽い口調でアガドスがそう割って入り、旅の一日目は終了した。

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