第二部 道

最果ての町

 ジャコ。それは最果ての町に住む少年の名である。

 いつからこの地に居ついているのかは誰も知らない。それは誰もが彼に感心がないからで、だからといってジャコに問題があるわけではない。この町に身を寄せる人間は皆自分の事で精一杯で、他人に心を寄せる程の余裕がない。ただそれだけのことだ。

 

「おい、今日の配達は」

「ザコじゃねぇ、だ! とっくに終わったよ!」

「あん? テメーみてーな小僧ガキはザコで十分なんだよ! 済んでんならぼやっと突っ立ってねーでとっとと消えろ!」


 粗末なバラックの立ち並ぶ細い路地で怒声が飛び交うのはいつもの光景だ。

 厳つい風貌の中年男からジャコは僅かばかりの報酬を受け取ると、蹴り出されるようにその場を後にする。

 荷運び、修繕、ゴミ拾い。薄汚れた痩躯を酷使しながらあらゆる雑用をこなし、忙しなく息衝く町の隙間でジャコはその日その日を食いつないでいた。


『最果ての町。通称・掃き溜め』


 人々からそう表されるこの町は元はただの荒野だった。故に名前はない。

 地は痩せ植物はまともに育たず動物を見かけることも殆どない。昼は太陽が灼け付く程に照り、夜は極寒となる過酷な環境は人が居住するにはあまりにも適さない。

 そんな地ではあったが好んで足を踏み入れる一団が古くより存在した。地の果てに在ると目される『星の井戸』を目指す者たち、探索者シーカーだ。

 彼らはこの地に腰を据え力を蓄えた後、最後の発向に出る。そんな者たちが競うように集い、それらを相手にしようと商隊が加わるようになった結果、いつしか町と呼ばれる規模にまで膨らんだのだった。

 見渡す限りの荒野の中、山が崩れて出来た石壁にぐるりと囲まれた内には粗末な家が立ち並ぶ。吹きすさぶ風に晒され資源にも乏しいこの町での暮らしは過酷なものだ。それでも道行く人々の表情は明るい。

 いやこれは明るいと言えるのだろうか? ぎらぎらと瞳を光らせ不敵な笑みを浮かべる、富に魅せられ欲に塗れた姿は狂気ともいえる。

 それも当然か、探索者なんてものは大半が世の中のはみ出し者だ。身を落とし行き場を失くした者、あるいは法を犯し逃れる者らが最後の希望に縋るように流れ着いた先だ。

 この町はそんな人間たちの吹き溜まりなのである。



 翻ってジャコである。

 年若い彼は咎人の類でもなければ、そもそも探索者ですらない。だからといって商隊の一員というわけでもなく、ある時に運良くあるいは運悪くこの町へと流れ着く。

 とは言えはみ出し者であることに変わりはない。行き場のないままに、日々使いっ走りなどをこなしながら細々と生を繋いでいた。

 その日もなんとかありついた仕事を終えると寝床へと転がり込む。

 粗末なあばら家には家具と呼べるような代物もなく、くたびれた布を重ねただけの寝台があるのみだ。それでも雨風凌げる場があるだけで随分とマシだと言える。


「くそっ、しけてんな。あんだけこき使っといてこれっぽっちかよ」


 石造りの冷たく固い台に腰を下ろし少ない稼ぎに悪態を吐くが、文句を言ってもどうにもならないことは身に染みて理解している。たとえそれが正当な主張であっても返ってくるのは拳のみだからだ。この町に流れ着いたばかりの頃は散々痛い目に合ったものだ。

 この町の住人は皆粗野で強欲で傲慢であり、弱さを見せればたちまちに食い物にされる。弱肉強食こそが鉄則なのだ。


「腐ってやがる」


 ぽつりと漏れた言葉はこの町に対してか、周囲に染まりつつある己に対してか。

 燻る心に蓋をするようにジャコは布団をかぶり瞼を閉じる。それでも現実から逃れることはできない。脳裏に映しだされるのは幻想に心を奪われる醜い大人たちの姿だ。

 そのまま意識は闇に溶け、瞼を開けばまた同じ一日の繰り返しである。


(もうたくさんだ)


 重なり続ける日々に嫌気がさす。しかしどんなに不満を募らせようと状況が変わるわけでもない。

 ただ目先の欲に捕らわれている大人たちを侮蔑し、自らもその大人たちと同じ末路を辿っているという事実を呪うだけだ。

 そんなジャコがこの町を出ようと決意を固めることは当然の成り行きだと言える。……それがどんな選択であろうとも。

 その時は、程なくして訪れた。

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