探索者 1

「すげぇ柔らかかった……いい匂いもした……」


 ベッドの上で目覚めたジャコの口から漏れた言葉は、昨日の出来事に対する感想である。

 一時休んだおかげで思考は明瞭だ。改めて思い返し、指をわきわきと動かし余韻を楽しんでいるところに不意に声がかかる。


「起きたか」

「うおわっ!」


 聞き覚えのある声に跳ね起き身構えれば、視線の先には予想通りに星守りが立っている。


「おはよう、といったか。朝の挨拶は」

「お、おう。おはよう」


 返してみるも、ジャコには今が朝なのかどうかはさっぱり分からないのだが。

 一先ずなぜここに星守りがいるのかを問い質してみれば、「私はジャコの案内係だからな」とさも当然のように答える。案内は助かるが、個室だろうが構わず立ち入ってくるのはいかがなものか。


「俺にだってプライバシーってもんがある」

「そういうものか。気を付けよう」


 不満を訴えればそんな言葉を返される。毎度の感情の乗らない生返事である。当然信用できるはずがない。

 絶対に見られてはいけない致命的な場面を目撃されなかっただけマシとしよう。

 半ば諦めと今後への戒めを胸に刻み、改めてベッドへと腰かけた。



 キャクマと星守りが呼ぶこの部屋は客間なのだろう。

 チュウボウからさらに二つ下った第六階層になるらしい。この層には大小さまざまな個室がぐるりと並び、その中の一室をあてがわれたようだ。

 上層階とは趣が変わり、壁や床は木材のようなもので構成されている。窓はなく――地下なのだから当然だが、ベッドやテーブルなどの最低限の家具が置かれた非常に簡素な造りの部屋だ。例によって光る鉱石が照明のように配置され、視界は確保されている。寝るときに暗く出来ないのは難点かもしれない。

 星守りによると、これらの家具を設えたのはやはり過去にここを訪れた人間らしい。元々はただの空洞だった場所を過ごしやすいようにと、幾人もの来訪者が少しずつ手が加え今の形になったとか。

 なるほど、言われて観察すればテーブルや椅子の仕立てが個々でまちまちである。


「ジャコも好きに改造すればいい」

「別にいいよ俺は」


 元よりここに長居するつもりはない。そんな思いで星守りの言葉を軽く流す。


「人間てよく来るのか? どんな奴らだ?」


 変わりにと昨日の質問の続きを投げかける。

 そもそも『星の井戸』は御伽噺だと思われているものだ。今まで辿り着いた者はおらず実在も定かではない。それなのに、星守りの話を聞くと随分と多くの人間がこの場所を訪れているように思える。これはどういうことなのか。


「そうだな、来訪者はおよそ10年に1組程度といったところか。数は1~多くても5人程度、年齢も性別もバラバラだ」


 思っていたより多い……のか? その割に星の井戸からの帰還者がいたなんて話は聞いたことがない。

 思案顔のジャコを気に留める様子もなく星守りは話を続ける。


「揃いも揃ってジャコのように廃棄物じみた出で立ちでな、ヒトの子らの趣味というのは理解しがたいものだ」

「誰が廃棄物だ誰が」


 確かにボロではあるが! そこまで言われる筋合いは……いや昨日は異臭もしてたし案外否定できないぞ?

 反論したいが言葉が出てこず、まんじりと続きに耳を傾けていれば遠慮の欠片もなしに、出るわ出るわ罵詈雑言が。粗野だの粗暴だのと、それはジャコに向けてのものではなく過去の来訪者たちも同様だといい――それで確信した。

 星守りの言う訪問者とは。


探索者シーカー、か」


 それはジャコのよく知る者たちだ。

 星守りにかいつまんで説明をする。最果ての町に集い星の井戸を目指す者たちをそう呼ぶのだと。

 世界中から群がり、己の夢と希望と欲望を満たすために最果てを駆ける者たち。……ジャコが心底嫌う人種でもある。


(まあ星の井戸こんなところに来る馬鹿なんて探索者くらいしかいないだろうし当然っちゃ当然だな)


 想定はしていたがあまり気分のいい話ではない。何せソイツらがこの地に辿り着いていたという事実を目の当たりにしたという事なのだから。


「確かにそんな話を聞いた覚えがあるな。ジャコもそのとやらなわけか」

「俺は違う!」


 星守りの何気ない言葉に思わず語気が強くなる。しまった、と目を向ければ無垢な瞳がジャコを窺うように見つめている。

 あんな奴らと一緒にすんな。そうはっきりと言いたかったがうまく口から出てこない。堪らずすいと目を逸らした所で星守りが言葉を続ける。


「そうか、確かに違うな。前に来たヒトの子らは皆一様に目をぎらつかせ、まるで獣のようだと思ったものだが、ジャコは――」


 星守りの言葉にジャコの心臓がどきりと跳ねる。

 あいつらとは違う、何が? 星守りの瞳に自分が一体どう映っているのか。その言葉の続きに期待と恐怖がよぎる。


「愛嬌がある」

「ねぇよ! んなもん、あってたまるかっ!」


 返せ。俺の緊張と縮んだ寿命を。真面目に聞こうとしたこの無駄な時間を。

 けらけらと上っ面だけ笑うそぶりを見せる星守りに改めて思い知らされる。そうだ。コイツはこういうやつだった。

 どっと疲れが押し寄せたところでこの話を切り上げた。



 朝食として昨日確保していた肉を腹に収めた後、探索の為の身支度を整えることにする。

 井戸そのものであると主張する星守りには当然の如く食事の必要はないらしいが、なぜだか当たり前のように朝食を貪ることについては触れないでおこう。

 ちなみに現在星の井戸に滞在している人間はジャコだけのようだった。およそ20年ぶりの来訪者だとか。久しぶりの客人とあって少々浮かれているのだと星守りは言うが、あの傍若無人さは素であるとジャコは確信している。

 それにしても星守りは何年くらい生きているのだろうか……考えるだけ無駄な気がするな。

 そして辿り着いた探索者たちはどこへ行ったのか。

 謎は尽きることがない。


(まあいいさ。俺がこの井戸の謎を解き明かす最初の人間になるまでだ)


 決意を固め、未知なる領域を目指すべく立ち上がった。

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