第43話 キモジークにブチキレる レギーネ視点

【レギーネ視点】


 ガタンガタン……っ!


 あたしはリーセリアと一緒に、馬車に乗っていた。

 目的地は、迷宮都市ロンダルディア――

 クズフォンスたちがいる場所だ。


「ありがとう。レギーネも一緒に来てもらって……」

「ううん。リーセリアのためだもの。それに、あたしもリーセリアと一緒に旅してみたかったから!」


 あたしは微笑みを浮かべる。


 (ふふふ……これから起こることも知らずに……)


 あたしとリーセリアは、セプテリオン学園に休暇届を出した。

 理由は……「領地の仕事があるため」と書いた。

 もちろん、嘘の理由だ。

 まさか学園に夜這いをかけるために休暇を取る……なんて言えないわけで。

 あたしも一緒に休暇を取ると言って、リーセリアの旅に同行したのだ。


「…………」


 クリスティアは、リーセリアの隣で黙っていた。


 (あたしと一緒だと気まずいのかしら……?)


「クリスティア、どうしたの? 気分でも悪いの?」


 リーセリアがクリスティアを気遣うが、


「リーセリアお嬢様……大丈夫。少し馬車に酔ってしまったみたいで」

「そう……なら、休憩しようかしら」

「いえ……本当に大丈夫です。リーセリアお嬢様……」


 ずっと自分がリーセリアを裏切った重圧に、耐えられないのだろう。


 (まあ、どうせ捨てられるのだけど……w)


 あたしのやったことは、全部、クリスティアに罪をなすりつければいい。

 世間は平民のメイドが言うことより、侯爵令嬢のあたしの言うことを信じる。

 貴族と平民は、同じ人間ではないのだ。

 貴族が「白」を「黒」と言えば、平民はただ従うしかない。


「レギーネ……どうしたの? ひとりで笑ってるけど……?」

「あ……っ! ごめんごめん。ついつい、旅が楽しくって!」

「……?」


 (ヤバかったわ……)


 ついつい、華麗にリーセリアを嵌められて嬉しくなってしまった。

 気をつけないといけない。

 少しの油断が、すべての崩壊へ繋がってしまうから。


「そう言えば……セリスはどうしたの? 一緒に来ると思っていたけど……?」

「ああ……セリスね。セリスは……クビになったわ」

「え……っ! セリスがクビ?! どうして……?」


 思わぬことに、リーセリアはめちゃくちゃ驚いているようだ。


「あたしもショックなのよ……ううう……っ!」


 あたしはいかにも悲しそうな顔をする。


「大丈夫……? よっぽど酷いことがあったのね……」

「うん……」

「あたしはレギーネの親友よ。何でも話して」

 リーセリアは、あたしの肩を抱く。


「ううう……うわああああああああああああああんっ!」


 あたしはリーセリアの肩で泣いた。

 もちろん「ウソ泣き」だけどね。


「セリスを失って悲しいのね。泣いていいよ。あたしはレギーネの味方だから」

「あ、ありがとう……っ!」

「それで、何があったの? もしよかったら話して?」

「…………実は、この前、お母さまがあたしの部屋に遊びに来たの。その時、セリスがあたしのネックレスを盗んでいたことがわかって……。お母さまがクビにしようとして」


 この話は予め、でっち上げた話。


 どうせリーセリアにセリスのことは聞かれるだろうから、事前に準備しておいたのだ。


 (あたしって、頭いい~~っ!)


「あたしは反対したの……。セリスとはずっと一緒で、普段はすごくいい子だから許してあげて言ったんだけど……お母さまはダメだって……ううう」


 (長年、仕えていたメイドを庇うあたし――すごくいい人じゃんwww)


「本当につらかったね。かわいそうなレギーネ……」


 よしよしと、リーセリアはあたしの頭を撫でる。


「うわああああん……っ! リーセリアぁ!」

「大丈夫……レギーネには、あたしがいるからね……」


 ぎゅっと、あたしを抱きしめるリーセリア。

 無駄にデカすぎる胸に、あたしは顔を埋める。


 (まったくバカなヤツね。こんなバカにクズフォンスを奪われてたまるもんですか!)

「…………」


 冷たい目で、クリスティアがあたしを見ている。


「クリスティアはセリスと仲良かったわよね? セリスが今どうしているか、何か知ってる?」


 リーセリアはクリスティアに尋ねた。


 (もし裏切ったら殺すわよ……)

 あたしは視線で、クリスティアに合図する。


「いいえ……何も知りません。セリスは突然いなくなったので」

「そうなのよ……お別れも言わずに出て行ってしまって。せっかくセリスのために、推薦状も書いてあげたのに……」


 使用人が退職する時は、主人が推薦状を書くのが普通だ。

 推薦状があれば、トラブルなく退職したことを証明できる。

 逆に言えば、推薦状がないなら退職時に主人と揉めたということ。

 つまり……推薦状がなければ、メイドは「再就職」できないわけだ。


 (当然、あんなクソメイドに推薦状なんて書かないけどね)


「お別れも言えなかったのね……レギーネ、かわいそう」

「う、う、うええええん……っ! リーセリア!」


 あたしはリーセリアの胸の中で泣いた。


 (相変わらず、牛みたいな乳でムカつくわ……)


 ★


「ふう……馬車に乗るもの疲れるわね」


 あたしは草の上で横になった。


「そうね……道が悪くてけっこう揺れたし」


 リーセリアが隣に座る。

 あたしたち(レギーネ、リーセリア、クリスティア)は、馬車を降りてランチにすることになった。

 クリスティアの作ったサンドイッチを食べる。

 白くて柔らかいパンに、ふわふわの卵と艶やかなハムが挟んである。


 (毒とか入ってないわよね……)


 クリスティアが裏切って、あたしを「毒殺」するつもりかも……!

 あたしはクリスティアをチラチラ見る。

 しかし、クリスティアは澄ました顔している。


 (あ、そうだっ! リーセリアに先に食べさせればいいんじゃ……!)


「リーセリア、先に食べなよ?」

「え……? どうして?」

「あ……えーと、べ、別に理由はないけど、リーセリアに先に食べてほしい!」

「そ、そうなの? 別にいいけど……」


 リーセリアはサンドイッチを口に運ぶ。

 その瞬間、あたしはクリスティアをチラリと見みるが、


 (焦ってはいないわね……)


「……おいしいっ!」


 リーセリアは笑顔になった。


 (毒は入ってないみたいね)


 クリスティアとリーセリアの様子を見た後、

 あたしもサンドイッチを食べてみる。


「お、おいしい……っ!」


 (犬の作ったサンドイッチのくせに……おいしいじゃない……っ!)


 悔しいけど、クリスティアの作ったサンドイッチはすごくおいしかった。

 クッソムカつくけど……


「クリスティア、とってもおいしいわ! ありがとう!」

「ありがとうございます。お嬢様……」

「大丈夫? 元気ないみたいだけど……?」


 リーセリアに褒められても、あまり嬉しそうではない。


「いえ。申し訳ありません。大丈夫です」

「そう? 無理しないでね……」


 相変わらず、リーセリアはクリスティアに優しい。

 その優しい姿に、あたしは苛立つ。


 (いい人すぎる感じが、なんかムカつくのよね)


 と、あたしはイライライライラしていたが、


「あれ……? レギーネ、右手の【それ】は何?」


 リーセリアは、あたしの右手の甲を指さした。

 キモジークにつけられた、六芒星の印を――


「えーと……これはね……」


 あたしはリーセリアに、キモジークの手紙のことを話した。

 キモジークの手紙に仕掛けてあった条件魔法のせいで、あたしの右手の甲に、緑色の六芒星が刻まれてしまったことを――


「そんなことあったんだ……。気持ち悪いね……」


 リーセリアは同情の眼差しで、あたしを見る。


「この手紙よ。マジでキモイから……」


 あたしはリーセリアに、キモジークの手紙を渡す。

 条件魔法は特定の人物が特定の行為をすることで発動する。

 だからリーセリアが手紙を読んでも、条件魔法は発動しない。


 (あたしだけを狙い撃ちにしてる感じが、マジでキモイわ……)


 その事実を考えると、キモジークの手紙に改めてゾッとする。


「…………」


 リーセリアはじっくり手紙を読んだ。

 みるみるうちに、リーセリアの顔色が悪くなっていく。


「…………本当に、本当に、気持ち悪いね……。ごめん。吐きそう」


 リーセリアの顔は真っ青になる。

 せっかくおいしいサンドイッチを食べたのに、台無しになってしまった。


「でも……マインドさんにお返事書かないといけないんでしょ? お返事書かないと手の印は消えないから」

「返事なんて書けないわよ。キモすぎて」

「……あ! これってもしかして……?」


 リーセリアが何かに気づく。

 顔色がさらに悪くなって……

 ものすごく恐ろしい事実を、知ってしまったかのような。


「ど、どうしたの……? リーセリア……?」


 あたしは震えながら、おそるおそる尋ねる。


「…………この手紙、監視魔法も付与されているわ」

「か、監視魔法って……?」


 監視魔法――名前からして嫌な予感しかしない……


「刻印のついた対象者の行動を、水晶玉を通して監視できる魔法よ。だから今、マインドさんはあたしたちの行動を――」

「ウソ、でしょ……」


 リーセリアの言葉を、あたしは最後まで聞けなかった。

 あまりにもキモすぎて――いや、怖すぎて……


 (あ、あり得ないでしょ……っ!)


「ごめん。レギーネ、本当よ。この刻印は、監視魔法のもの」


 リーセリアも顔が引きつっている。


「リーセリア……これって、音声も相手に伝わるの?」

「そうねえ……」


 リーセリアは、あたしの右手をじっくりと見る。


 (神さま、お願い……! 音声は伝わらないで……!)


「…………音声も伝わるタイプの監視魔法ね」

「そ、そんな……っ! じゃあ、今のあたしたちの会話も全部……キモジークに?」

「うん……そうね。確実にキモ……じゃなかった、マインドさんに聞かれてると思う」

「…………ウソ、ウソ、ウソ、信じられない――っ!」


 あたしは全身が凍りついた。


 「身も毛もよだつ」とは、まさにこういう体験を言うのだろう。


 (怖い、怖い、怖い、怖い、怖い……っ!)


 あたしはブルブル震えて、リーセリアに抱きつく。

 陥れようとしていた親友だけど、キモジークが怖すぎて縋ってしまった。


「大丈夫……リアルタイムで見ているかどうかはわからないから。マインドさんの水晶玉に記録はされているから、いつか見ることになるだろうけど……」

「そっか……なら、まだ見てないかもしれないのね」

「うん。そうね……」


 リーセリアの家――ベンツ伯爵家は、もともと聖女の家系だ。

 治癒魔法や結界魔法には詳しい。

 あと、呪いについても。

 呪いの解除は、聖女の仕事だからだ。

 そんなベンツ伯爵家のリーセリアが言うのだから、正しいはず。


「もしマインドさんがさっきの話を聞いたら……どうしよう……?」


 あたしは泣きそうになる。

 あたしもリーセリアも、散々ジーク・マインドのことを「キモい」「キモい」と言いまくった。

 あんな気持ち悪い手紙を書いてくる、超ヤバい男だ。

 もしあたしたちが貶しまくったことを知れば……何をしてくるかわからない。


「レギーネ……こうしたらどうかな? まず、手紙で丁寧にお誘いを断る。次に、あたしたちが酷いこと言ったことは謝る。ちゃんと謝れば、マインドさんもきっと許してくれるよ……」

「あ、あたしが謝る……?」


 (なんであたしがあんなクソキモ平民に謝らないといけないのよ……っ!)


 平民のくせに、侯爵令嬢のあたしを狙うアイツが悪い。

 絶対に謝りたくない。

 あたしはブチキレた――


「…………いやよ」

「えっ?」

「リーセリアがキモジークに謝るのは勝手よ。でも、あたしは謝らない」

「でも……マインドさんのこと【キモい】とか言ってたし……」


 リーセリアが呆れた調子で言う。

 ……あたしは悪くない。

 あたしは何ひとつ、悪くないのだ。

 だから絶対に謝らない。あんなキモいヤツに。


 (どうせ聞いてるんだったら、クソ平民にわからせてやるわ)


「……はいはい。聞いてますか? ジーク・マインドさん。あたしはあんたみたいなキモ平民と付き合う気はありません。アンタに比べたら、クズフォンスのほうがずっとカッコイイから! バーカ! バーカ!」


 あたしはでっかい声で叫んだ。

 リーセリアが目を丸くする。


「…………レギーネ。たしかに、マインドさんは(ちょっと)気持ち悪いかもしれないけど、今のはさすがに言い過ぎだと思う」

「いいのよ。この際、わかってないヤツにはガツンと言わなきゃダメなのよ……っ!」


 (はー! キモジークに全部ぶちまけてスッキリした!)


 もし何かあれば、クズフォンスに守ってもらえばいい。

 だって、あたしの「婚約者」だからね。



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